8.
アルゼが二階へと続く階段の終わりを見上げると、そこには数人の真っ黒な服装をした男たちがいた。昨日の晩にアルゼを取り囲んだ者たちと全く同じ服装をしている。
男たちはアルゼを見下ろし、剣か何かが入っているのだろう、懐に手を入れて目つきを険しくさせた。
「え……と、暑い、ですよね、今日って……」
男たちと目線を合わせることなど当然出来ずに、アルゼは視線を泳がせながら答える。言っていることが頓珍漢であることは、自分でも感じていた。
だが、彼にはこの場を凌ぎきる程の思考力や行動力などは、備わっていなかったらしい。
それでも、無理やり笑顔を作って話を続ける以外にどうやってこの場を持たせるんだ、と開き直る。
「だから……寝苦しかったり、とか、しないかなって……はは」
適当な笑いを入れて誤魔化す。幾つもの修羅場を潜り抜けてきたであろう男たちを、その程度で誤魔化しきれるとは到底思えなかったが。
やっぱり無理だ。当たり前だ。なんであいつの言うことなんか聞こうとしたんだ、俺は。バカみたいだ。言うこと聞いてやる義理なんかないのに。そんなことしてるから、こんな目に遭うんだ。
アルゼは内心であの川原で出会った男に向かって毒づきながら、そろりと右足を一階の床につける。
「え、と……大丈夫なら、それで。じゃぁ俺はもう行くんで……あっははは」
乾いた笑いをして、アルゼが後ろを向いて走り出そうとした瞬間。
突然後ろから頭を鷲掴みにされ、走り出そうとつけた勢いがそのままアルゼに戻ってきた。
「うわっ!?」
アルゼはその衝撃でバランスを崩し、思わず階段に尻餅をついてしまう。段の角にぶつかった腰が、すぐにずきずきと鈍い痛みを発した。
一瞬、自分の身に起きたことをアルゼは理解できなかった。一瞬にして目の前の世界がくるりと向きを変えたのだから。
「はいはい、ご苦労さん。よく頑張りましたぁ! 偉ぇな」
がしがしと乱暴に髪を掻き撫でてくる手によって、相手を見上げることもできない。
「うわ、痛ぇ、ちょ、待て!?」
アルゼがやっとのことで頭上で動く手を止め、乱れてしまった髪の隙間から見たのは、朝方アルゼに盗みを命じてきたあの男だった。
男は何が可笑しいのか、相変わらずニヤついた笑みを浮かべてアルゼを見下ろしている。
「お前の所為だぞ! 何で俺がこんな……っ」
自分を見下ろしてくる男に対して、道々考え続けていた文句を猛然と文句を並べたてようとしたアルゼの口を、大きな手が塞いだ。
片手でアルゼの口を封じ、もう片方の手でわざとらしく自分の頭を掻きつつ、男は階段上の黒尽くめたちに人の好い笑みを浮かべる。
「いや、すいませんね。弟がご迷惑をお掛けしまして。後で私からちゃんと言っておきますから。それでは私たちはこれで失礼致します」
男は自分の言いたいことだけを全て言うと、アルゼの右腕を掴んで力任せに引っ張り、外へ連れ出した。
陽が沈んで数時間経った今でも、外の空気は生暖かく、温い風が吹く。吹くついでとばかりに、畑に撒かれた肥料の匂いもそれに乗っている。その空気の中、男は家からどんどん離れて行く。
「ちょっと待てよ! 誰がアンタなんかの弟だってんだよ!?」
アルゼは掴まれていた腕を思い切り動かし、男の手を振り払った。男が掴んでいた箇所が少しずつ痛みを増し、朱に染まっていく。
けれどもアルゼが抑えたいのは、今は右腕ではなかった。
「へぇ、開口一番がそれか? 何であそこにいたんだ、とかじゃなく? ハハッ! ったく、変なヤツだよなぁお前」
男はアルゼを振り返り、参ったというように手で顔を押さえた。男はその指の隙間から、目の前に突っ立っている少年の様子を伺う。
笑われたことに腹を立てたのか、アルゼは少しだけ男を睨むと視線を外した。
「とにかく、もう俺帰る。本当に信じられちゃたまんないし」
アルゼは男に背を向けると、もう大分離れてしまった家へ向かおうとする。
きっと母が、今頃は手伝いをさせるために自分を呼んでいるだろう。今日は何をしなきゃならないんだ。
しかしアルゼには、この妙な男とつるんでいるくらいなら、手伝いをこなす方が幾百倍も幾千倍もマシに思えた。
自然と溜息がでる。でもせめて肉体労働は止めて欲しいかもと、願った。
「は? 帰るだって? お前、んなに死にてぇの?」
しかし背後から聞こえた言葉に、アルゼは立ち止まってしまう。
"死"という単語は、聞くだけでもあまり心臓に良いものではない。アルゼはよくわからないまま、男の方に向き直った。
「どういう意味だよ」
辺りは闇で、男の姿をしっかりと見ることはできなかった。薄ぼんやりと浮かぶ、濃い黒の影を睨む。
「これ、俺が欲しかった棒な。お前が階段のとこで姫さんの護衛と睨みあってた時、俺がちょっと頂いておいた」
男はマントの下から細長いものを取り出すと、心持ちアルゼに突き出した。
「つまり、お前は盗みの片棒を担いだんだよ。お前が望む望まない、関係なしに」
男は軽く"棒"を手の上で弄びながら、アルゼを眺める。
面白そうに、彼の口が吊り上げられた。
さぁ、どんな反応を示すのだろう。この真っ白な布は、一度でどんな斑模様に染まるのか。
染まりきってくれるなよ。染まり難い布こそ、染め甲斐がある。楽しませろよ、俺を。
染めて、染めて染めて、真っ黒になった時。俺は。
全ての目的を果たす。
「そう、同罪だ。俺とお前はな。これはかなりのモンだぜ? 捕まったら確実に死刑だなぁ」
早く諦めろ。認めろ、自分は罪人だと。
まるで重心を失ったように、足がフラつくのを止められない。
アルゼは自分に何が起こっているのか理解できないまま、支えを求めて男に手を伸ばした。
「俺が……盗みを? 捕まったら、死刑? 何だ、それ。何だよ、何なんだ、一体!!」
男は伸ばされた手を容赦なく振り払う。体制を崩したアルゼが、男の足元に膝をつく。
アルゼは、自分の左腕が脈打つのが感じた。同時に、痛みが脈打つ度に大きくなってくることも。
「んだよッ、止めろ、やめろ!! 痛い、イタい……ッ!! う、ぁ、あぁぁ――ッ!!」




