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幼く純粋な子供達は何一つ疑うことなく、旅人と名乗ったずぶ濡れの二人を家に招き入れた。
天気雨となって降り続く雨は、しかし既に、窓を通せばほとんど視認できないくらいにまで勢いをなくしていた。
テーブルの上には、新鮮な水をなみなみと注がれたコップが二つ、突然の客二人それぞれの前に置かれている。
幼い兄妹の住む家は、見た目にも小さな木の家だった。
高い場所に埃がちらついているのが見える。親はなく、二人で暮らしているのが見てとれた。
二人の客は、とはいえ重装備なのは背の高い男の方だけだったが、マントを外し、荷物と一緒に部屋の片隅に放りだしていた。
何気なく背の高い男が、自分の荷物、そこから突き出している、布が巻かれた棒のようなものに視線を向け――その時小さな女の子が荷物のすぐ横を通り、タオルを床に引きずらせながらも運んでくる。
「あぁっ、こらフォーラ! 床にひきずったのなんか、お客さんに渡せるもんか」
「えー……フォーラ、頑張って持ってきたのに。もっかいとってくるっ」
一瞬でぞうきんと化したタオルを再び引きずりながら、フォーラと呼ばれた女の子は再び駆け足で奥の部屋へと引っ込む。
フォーラを叱った男の子は、そんな妹の背中を見送りながら、突然やってきた二人の客の方へと向き直る。
「ごめんなさい。フォーラ、まだ小さいし。ひきずってても、たまに気づかなくってさ」
「ははっ、別に構わないのに。せっかく持ってきてくれたんだからさ」
ね、ロゼルグさん? と、アルゼは隣で相変わらず気持ち悪い笑みを張り付けている男を見上げた。
「あぁ? ふざけろ、なんでこの俺がぞうきんなんかで体拭かなくちゃならな――ッ!!?」
――ガッ!!
「ねっ、ロゼルグさん!?」
ロゼルグの足を、テーブルの下で思い切り踏みつけてやる。
小さな子どもたちの恐怖を煽ることを許すまじ、と、アルゼは思い切り気合いを入れて踏みつけていた。ついでとばかりに出会い頭に脅された恨み、盗みの片棒を担がされた怨み、ひきずって旅に強制的に連れ出されたその辺の怒りなんかも全部込めておく。
「ぁがっ、テメ、こいつ……ッ!!」
いくらなんでも詰め込み過ぎだろう、という抗議を込めて一瞬アルゼを睨み、ロゼルグは改めて笑顔を作り直す。
この際、少々笑顔が歪んでしまったのは、隣で舌を出している小生意気な連れのせいだ。
「そうだぜ、お兄ちゃん。こんな薄汚れたのに気を使うこたぁねーぜ」
しっかりとアルゼを指差して、ロゼルグはそんな言葉を吐いた。
「そういうわけにゃいかねーぜ! 人にはやさしくしろって、母さん言ってた」
ロゼルグの向かいに座る男の子は、”お兄ちゃん”という言葉に弱いらしい。照れたように少しだけ頬を染め、ぷいと横を向く。
「ったく、お兄ちゃんとか照れるっての! おれ、ジスだから」
「そっか、ありがとうジス! こんなおっさんにも優しくしてくれて! ――ぶっは!? あっははははは!!」
アルゼはお返しとばかりに、ロゼルグを指差してやる。それだけでなんとなく優越感を覚えたような気がして、思わず笑いが込み上げてきた。
「お兄さん、おじさん、タオルどーぞ!」
そこに戻ってきた女の子が、一言。アルゼの味方をしてしまったことにも気付かず、笑顔で旅の二人にタオルを差し出した。
「おじ……ッ」
――ガッ!!
殺す、ぜってぇ殺すからなオマエ……ッ!!
そんな声が隣から聞こえた気がした。それを幻聴だと自分に言い聞かせ、アルゼは思い切り踏みつけた足の上から自分のそれを退けた。最初から何もしていなかったかのように、行儀よく足を揃える。
「ありがとう、えっと、フォーラ?」
それからタオルを受け取りつつ、女の子に微笑みを向ける。
「わぁ、お兄さん、フォーラのお名前、おぼえてくれたんだね!」
ぱぁっと、一輪の花が咲いた。
そんな表現が似つかわしい、満面の笑みが返ってきた。
タオルを器用に片手で首にかけると、アルゼは手を伸ばし、薄い金色をした髪を軽くなでてやる。なでる手の動きに合わせて髪が少しだけ乱れ、窓から入ってきた陽を反射した。
「あ、雨やっとあがったんだ!」
陽の光を綺麗に反射した髪に目を細め、窓を振り返る。
「ほんとうだ! ねぇおにいさん、晴れるかな?」
「あぁ、きっと雲一つない綺麗な空が、見られるよ」
目の前ではしゃぐ小さな女の子よりもずっと快晴の空が見たいのは、アルゼ自身。
どこまで晴れ渡った空の下、輝く太陽に焼かれていれば。
逃げ続けなければならない先のことも。初めて一言も話さずに一日を過ごしたエリエファのことも。たとえ束の間であったとしても、考えずに済むかもしれない。そう思っていた。
「ところで、ローラちゃん?」
「ひ、人が灌漑にふけってる時に! よりにもよってフォーラの名前間違えんなよロゼルグさんっ」
ずっと笑顔で黙っていたロゼルグが口を開いた。が、それはアルゼの思考を中断したに留まらず、小さな女の子の名を少しずれた発音で呼んでいた。
アルゼが思わず突っ込んでやれば、ロゼルグは意外そうな顔でしれっとする。
「俺は今、フォーラって言ったぞ」
「いやいや!! 絶対にローラって言ったね!」
「言ってねぇよ」
「言ったって」
「…………っ、」
「ロゼルグさん?」
ロゼルグは言い合いをやめると、何かを堪えるように目を閉じ、拳に力を入れた。
イラつきにカタカタと震える右手を、左手で押さえつける。
しまった、と。
わかりやすい程に張り付けている笑顔だったのに。アルゼはつい、いつもの町でのやりとりのように言い返してしまった。
何の確証もないのに、言い合った末に笑い合えると信じ込んで。
この男は、町から自分を連れ出す際、何と言ったか。思い出し、意味を噛みしめ、自分の失敗を悔いる。
目の前の男は崩れかかった笑みを俯き隠そうとしていた。
どうすれば。何か、この男の気を反らせる何かを――。
子供の純粋さゆえか、救いの声がアルゼの下方から聞こえる。
「あっ、おにいちゃん! オレンジ! オレンジは!?」
フォーラは自分の兄に笑顔を向け、袖をひき、自分たちが外へ出ていた本来の目的を告げた。
「あ、そういえばそうだった。外も晴れたし、とりに行こう。あ、お兄さんたちも来る? って言っても、家の目の前なんだけどさ。ついでにお兄さんの服、洗う?」
「おにいさん、どろんこー!」
幼い二人に言われてアルゼは思い出したように自分の服を見下ろす。
「あ……、うわぁ……確かに、これは酷い、かも」
ロゼルグの様子を伺いながら、少しだけぎくしゃくと言葉を紡ぐ。
「じゃあ俺もオレンジの収穫、参加させてもらおうかな。……ロゼルグさん、は、えと、ちょっと気分、悪いみたいだ。ジス、ここで休ませてもらってもいいかな?」
「あぁ、いいよ。しょーがねぇなっ」
「あ、はは……ありがと。じゃ、三人で行っちゃおうぜ!」
一刻も早く、ロゼルグの傍からこの二人を離さなければ。
アルゼは焦った。二人の背を半ば無理やりに押し、家を出る。
心待ちにしていた太陽の光は、しかし、アルゼの胸の暗雲を増やしただけだった。




