2-3
いつまでも続いている沈黙が、息苦しくてたまらない。勇気の足りないアルゼには質問こそ無理だったが、大きな声で独り言くらいは許されるだろう、と、ものは試しとばかりに大声をあげてみる。
「あー、雨、止んできたなぁ」
ちらりとロゼルグを見やる。彼は変わらぬペースで前に進んでいた。
独り言を咎められないことに気を良くしたアルゼは、ロゼルグに話しかけてみることにする。
「止んできたら、ちょっと暑くなってきません?」
太陽の熱が届き始めた地面から雨水が蒸発し始め、むっとするような蒸し暑さを作り出していた。
アルゼは着ているシャツの襟元をバタつかせながら、独り言を続ける。
「マントなんて、暑いんじゃないですかー?」
沈黙。
「ほら、風が吹くと気持ちいいですよ」
沈黙。
「ロゼルグさんってば」
「うるせぇな、俺は別に暑くねぇ! 考え中だ、それくらい察しろこの脳みそ一ミリグラム!!」
話しかける度に、悪口を返されている気がした。そしてそれはきっと気のせいではないと、アルゼは確信する。
「い、いくらバカでもそんな軽いわけないだろ!」
しかしロゼルグはそれだけ言うと、再び黙りこんでしまった。アルゼの反論など聞いてもいない。
小雨から天気雨へと移行しつつある天候は、もうすぐ快晴になることが期待できそうだ。泥の汚れは落ちなくても、服が張り付いたべたべたの肌触りを感じずに済むようになるのは、大歓迎だ。
雲の切れ間から差し込む陽の光を、アルゼは眩しそうに見上げた。
「快晴の空、見てーなぁ」
早く晴れろ、そう思った。気持ち良いくらいクリアな色になって、全てを包み込んで。できれば、まだ少しのわだかまりが残るこの心ごと、突き抜けるような晴れやかさになって欲しいと、思う。
中々晴れとは言えない空だったが、アルゼはその時、空の代わりのように突き抜ける声を聞きつけた。
「お兄ちゃん! オレンジ、せいちょうしてる! とってよ!」
小さな女の子特有の甲高い、はしゃいだ声が。すぐ近くから。
「待てって、まだ雨止んでないじゃんか。どうせだれもとらないんだから、待ってろって」
「いやだよ、ずっとまえから見てたの! 今日はぜったい、とるの!」
小さな男の子の声も聞こえる。きっと幼い兄妹が、高い木の上になるオレンジを見上げているのだろう。
そしてそれに答える女の子の声は、嬉しそうに弾む。こちらの気分までぐいぐいと引き上げられるようだ。
「あははっ、楽しそうな声! ね、ロゼルグさん!」
「…………」
その晴れやかな声を聞いた途端、アルゼは現状も忘れたかのように罪悪感がすうっと消えるような心地を味わった。
晴れた心のままに、ロゼルグに話しかける。
しかしロゼルグは黙っている。やはりまともに返事はしてくれないのかと、アルゼが諦めた時。
アルゼの頭一つ分上方にあるその口元が、面白そうに吊り上がった。
「コイツはいい、こんな所に幼い兄妹とはな。まだ森も深い、気付かれないだろうしな。手始めとして、こんなに都合の良いことはない!」
滲む嬉しさを隠しきれないように、ロゼルグは幼い声の方へ向かい、今まで歩いてきた、かろうじて道のようになっている所からどんどん外れて行った。
「え、ちょっとロゼルグさん? 何、どこ行くんですか!?」
慌ててアルゼも、その後を追う。
「喜べ! 決まったぞ、お前の最初の課題がな! おーい、すまんがちょいと道を教えてくれないか!」
「課題……って? っていうか、迷ってたんだ!? ちょ、待ってよロゼルグさん!」
アルゼは、いきなり声のトーンを変えて、恐らく声の聞こえた幼い兄妹に向かってだろう、話しかけ始めたロゼルグの背を追おうとしてふと動きを止めた。
しばらく迷ってから墨色の腕はシャツの中に突っ込み、緑の中に飛び込んだ。
「……? だぁれ?」
「ん、あぁ、俺はだな……」
葉を掻き分けた向こうに、満面の作り笑いで幼い兄妹と話すロゼルグが見えた。




