過去の残影
───記憶の隅に追いやっていた場面が少しづつ蘇る──
~~~さようでございます。その代わりに今度の奉納式ではあの子を聖女として祀り上げてくださいますようお願いいたします。
わかっておるわ。しかしそれにはもう少し箔をつけねばなるまい~~
(私があの時見てしまったのは、ただの賄賂の受け渡し場面だけではなかったのだわ!)
フェルは神殿裏で見た事をどこまで父親に話してしまったのか全く覚えていなかった。ただ夢中で見たことを全部話してしまった気がする。父親は何かを感づいていたのかもしれない。それが本当の死因だったとしたら?
「……る……フェル」
「と……さま……?」
目を開くとそこにはサナトスがいた。心配そうにフェルの汗を拭いている。
「……し……しょう……?」
「気がついたかい? 魘されていたんだ。悪い夢をみていたのかい?」
「……あ……すみませんでした」
「いや、今朝は起きてくるのが遅いと思って心配で来てみてよかったよ」
もう朝だったのかとフェルは起き上がった。昨夜はセシルと一緒に三人で夕飯を食べて、疲れていたのか早くに寝てしまったはずなのに。精神的に参っていたのかもしれない。サナトスがなにか言いたげにフェルを見ていた。
「師匠?」
「君に負担をかけてしまったようですまない……」
「え? そんな。師匠が謝ることなんてないです」
「つい浮ついてしまったのだと思う。吾輩に君のような助手が出来て嬉しくってな」
そんなに近距離で悩まし気な溜息をつかないでほしいとフェルは思った。洗いざらしのシャツを羽織っただけなのに、そこはかとなく漂う色気が目に毒すぎる。いつもは無造作にまとめている銀髪もおろしたままでいて、余計に艶然とした魅力が放たれていた。
「……喜んでいただいて。ありがとうございます?」
助手ができた事がそんなに嬉しかったのだろうかとフェルは首をかしげる。
「今までは患者としてしか人に接してこなかったのだが、こうして衣食住を共にするとなると感慨深くてな」
「はあ、えっと……それはどういう? 私は住み込みの使用人ですけど?」
「いや、大事な私の助手だ!」
(使用人と助手の違いはなんなのだろう?)
「今日はゆっくりしていてくれてかまわない」
「いえいえ! 仕事をさせてください。師匠を働かせて助手が寝てるなんて!」
(昨日はあんなに飲み食いしたのに。その分働いて返さないと)
タダより怖いものはないとフェルは焦りだした。今まで人の好意に甘えて碌なことにあっていないのだ。稼いだお金をだまし取られたこともある。何かがあったときにあの時は助けてやったと恩着せがましく言われるかもしれない。そんな思いをするのはもう嫌だった。
「でも、顔色がよくない。君が疲れたのは吾輩が連れ歩いたせいなのだから、君のせいにして咎めたりしないよ」
「……何故私の考えがわかったのですか?」
「やっぱり、そんな風に考えてるのだろうなと思ったよ」
「…………う。見透かされていたのですね」
「ここ数日君といたからなんとなくね。君の考えそうな事がわかるようになった」
「では……師匠のお薬を飲ませてください。速攻に元気になるやつで」
「速攻の薬は副作用があるから、ゆっくりと元気になるやつにしようか」
「……はい。……副作用は嫌でしゅ……うぅ」
ちなみに副作用は次の日はしんどくなって起きれなくなるというものらしい。つまりは無理に元気になった反動が直接跳ね返ってくるという代物だった。
カチャカチャと瓶の中をかき回す音がする。フェルは薬を作っているサナトスを見ていた。
(真剣な眼差しで調合してる師匠はカッコイイわ)
「夜明けの薔薇のしずくと春闇イモリの尻尾と芍薬と……」
聞きなれない素材に嫌な予感を覚えつつ、フェルは早めに紙とペンを手に入れなきゃと、頭の中で必死に素材を復唱した。これらを覚えるには今までの常識では難しいかもしれない。きっと中にはサナトス独自の製法が混じっているだろう。
「はい。出来上がったよ」
綺麗な薄桃色の液体が瓶の中に入っていた。美味しそうだがフェルはじっと瓶を見つめている。
「……この中にイモリの尻尾が……」
「ありゃ、気になるのはそこかい? 滋養強壮にいい。元気になる材料だよ」
「飲みます!」
フェルは鼻をつまんでえいやっと勢いで飲み干した。
「……苦くない……甘くて美味しいです!」
「そうか。良かった。飲みやすいように改良したんだ」
「……ということはまた私を実験台にしましたね?」
「くく。美味しかったのだから良いじゃないか」
ふんわりとほほ笑まれると、まあいいかと思ってしまうから厄介だなとフェルは思う。段々とこのタナトスのペースに振り回されつつある。だけどそれは不思議と嫌ではないのだ。
フェルが思い出すのがつらくて記憶の奥に追いやっていた過去の場面に何かが……。




