母譲りの話し方
「こんにちは。神殿に何か御用でしょうか?」
神官が笑顔でやってくる。何度か会った事のあるフェルの知っている神官だった。
「最近火事があったと聞いてね。少しばかり寄付をしようかと思って」
「それはそれは。何と心が広い方でしょう。どうぞ奥へいらしてください」
フェルは一瞬躊躇したが、サナトスが手を繋いでくれたので、勇気を出してついて行った。一階はほとんど変わりなくいつものように神官たちが忙しそうにしている。崩れたのは焼けた二階部分らしい。
「この階は無事だったのですね」
「はい。ここは祭壇がありますからね。結界が張られていたのですよ」
「そうだったのですね。助かった方が居てよかったです」
「ええ。ここは聖女がいらした場所ですからね。護られていたのでしょう」
「聖女さまですか?」
「はい。今は大神殿にいらっしゃいます」
そういえば大神殿には奇跡をつかさどる聖女が居ると聞いたことがあった。他の少女たちが着飾って大神殿に招かれているのを横目で眺めていたのを思い出す。だがフェルは貧しい日々を送っていたので華やかな情報にはついていけなかった。
「そんな方がここに居たとは知りませんでした。知っていたとしても私にはかかわりのない事だったでしょう」
「おや、どこかでお会いしましたか?」
「どうしてそう思うのかい?」
フェルがぎくりとすると、サナトスがそっと杖を握りかえた。
「いえ。話し方が誰かに似ていたので……」
「話し方が?」
「ええ……あ、思い出しました。5年ほど前までよくこちらに来られていた騎士様の奥様の話し方に似ておられるのでした。どうも申し訳ございません」
「……騎士の奥様……」
「はい。お嬢様が体の弱い方でして、こちらで癒しの施術を受けてらっしゃったのです」
きっとそれはフェルの家族の事だ。あの頃は毎週のように神殿に通っていた。優しい母と頼もしい父と可愛い妹。懐かしくて今はもう手に入らない過去だ。
「そうそう聖女様がここにいらしたのと同じ時期でした」
「……同じ時期?」
「ええ。確か上のお嬢様が聖女様と同じ年ごろだったかと」
「……っ……」
フェルは自分の事も覚えていたのかとわずかに警戒する。
「もう少し聖女の話を詳しく聞けるかね?」
「……残念ながら、私はそのときはまだ見習いでして。担当だった騎士様の事しか覚えておりません。聖女様はどなたかの末裔だったようです。当時の事をよく知る聖女様の世話役だった神官は火事で亡くなってしまいまして……」
ふいにフェルは何かのピースが当てはまった気がした。
(あの神官が聖女の世話役だった?)
「そうだったのかい? 面白い話をありがとう。また話を聞かせてもらえるかな?」
「それが、ここの改修と共に人員も整理されるので、私は辺境地へと移動になるのです」
「そうなのかい?」
「はい。ですがそれでいいと思ってます。なんだかこの国には馴染めなくて」
「ああ。それなら良いだろう。無理に馴染む必要はないよ」
「はい。ありがとうございます」
サナトスは杖をしまうと、いくらか路銀がわりにと多めに寄付を渡していたようだ。しきりと神官は恐縮していたが、無理やり渡すとフェルと神殿を後にした。フェルはまだ思考に沈んでいた。
「今日はもう帰ろう……」
「……まだ大丈夫です」
「顔色が悪いよ。無理をしてはいけない」
「でも……」
泣きそうなフェルを宥めるようにサナトスが優しく問いかける。
「一日ですべてがうまくいくわけがない。君は今まで何年もかけていたのだろう?」
「……はい……」
「屋台で買った美味いものも保存してあるし、夜ご飯にセシルさんも招待しよう」
「……ええ。喜んでくれるでしょうね」
フェルは父親が亡くなった原因は賄賂だけではなかったようです。
次回は患者がやってきます。




