声
カフェを出るとザザッと影のような物がサナトスの足元で蠢いたようだった。
「ふむ。もう少し餌が必要かな?」
「師匠、私にもわかるようにして下さい。先程の使役とやらが戻ってきたのでしょ?」
「くく。吾輩の助手は目が良いな。この感覚は懐かしい」
この使役は声を伝達する役目を持つ使い魔のようなものだという。あちこちに噂をばら撒いて、それに対する声を拾ってくるらしい。
「どれ聞かせてやろう」
そういうとサナトスは木陰のベンチに座る。手招きされるままその隣に座ると、ステッキを地面にトンッと叩いた。魔法陣が浮かぶと大きくなり消える。二人を囲むように見えない層が出来たようだった。
「防音の術を用いたから、他の者には聞こえないからね、いくらでも内緒話ができるよ」
悪戯っぽくサナトスが囁くと、次々に声が聞こえだす。
(まあ、あの騒ぎは火事だったのね。何人かが逃げ出せなかったと聞いたわよ)
(それで神殿の周りの警備が多かったのかしら)
(なんでも大事な書類も焼けちゃったらしいわ)
(神官のくせに悪事を働いてたのだな、不祥事の事故だと聞いていたが)
(どうなっているんだ。あの少女はまだ見つからないのか!)
「それだ!」
(少年だと? 10~12才ぐらいの少女ではなかったのか?)
「よし、それもだ」
【かしこまりました。ひとつは王宮の騎士塔から、もう一つは詰所からでゴサイマス】
「となると警護の騎士あたりが怪しいか」
「許せない!」
「ああ、騎士たるものとは思えぬ行動だな」
「私はもう15才です! そんなに幼くないのです」
「おや、そっちに怒っていたのか」
サナトスが苦笑する。この国の成人は16才だ。ということはフェルはまだ未成年ということになる。
「未成年になるのか……?」
「そんな顔しないで下さい。見習いは15才からなので、私を助手にしても大丈夫ですからね」
「そうだったのかい。なら安心だな」
「私、地図を持っています」
「ほぉ、用意がいいな」
「はい。有能な助手を目指しているので」
得意気にフェルが地図を取り出すのをサナトスが微笑ましく見ていた。頭を撫でてやるとフェルが嬉しそうにする。幼さが残るのは人に褒められることに慣れていないせいなのかもしれない。
「聞こえて来た声を何処かで聞いた気がします」
「もう一度聞けば思い出すか? どっちだ?」
「後のほうです」
「ふむ、今いる場所からは兵士達がいる詰所のほうが近いな。ではそちらにするか」
人ごみの中で転移を繰り返すのは魔法残痕を辿って来られる危険が高い。どこに相手の仲間が紛れているかわからないからだ。サナトス一人ならどうとでもできるが、今回はあえて人間であるフェルを同行している。近場なら徒歩で移動した方が無難だ。
「師匠、兵士と騎士の違いはなんなのですか?」
「兵士は主に平民だな。騎士は貴族が多い。この国では兵士は騎士の雑用係みたいだな」
サナトスが言うには騎士は貴族や王宮を守り、馬を保有している。炎魔法を使うなら貴族の可能性が高い。だが、その貴族が直接人探しなどをするわけもなく、配下の者たちに探させるはずだというのだ。
「今の君は以前と容姿が違うから、君を知っていた者からは見つけられにくいが、特徴だけを聞かされている者には目を付けられるかもしれない。くれぐれも言動には注意をしてくれ」
「はい。わかっています。迂闊に逃げられてはいけませんものね」
「…………過激なほうに考えたな」
サナトスにしたらフェルが危険な目にあわぬようにと忠告をしたつもりだったが、彼女の思考は敵を捕まえる事に集中していた。二度目の苦笑をしながらも、面白そうだからとサナトスも訂正はしなかった。
地図を片手に雑談しながら、売店で買い食いをする。フェルにとってはなんて贅沢なのだろうと思わずにはいられなかった。
「師匠、このクレープも美味しいのですが、先ほどから買いすぎではありませんか? もう食べられませんよ」
「そうかな? 人とこうして買い物をしたりしたことがないので、つい嬉しくて買いすぎたか?」
「…………師匠、友達いないんですね」
「吾輩は連れ立って歩くのはあまり好まなかったからね」
「仕方ありません。私が友達になりましょう。助手兼友人です」
斜め上の発言をされタナトスは目を見張るが、フェルとしては雇用主の孤独を慰めようと至って大真面目だ。
「くくく。君という人間は本当に面白い。この吾輩の友人か。いいね」
食べきれない分はどうするのかと心配するフェルに、サナトスは保存魔法をかけて異空間に収納するのだとパパッと目の前から消してしまった。魔法が使えるとこういう事も出来るのかとフェルは感心する。
大通りを少し離れた場所に二階建ての建物が現れた。一階部分の壁は、不揃いながらも頑丈な石で組まれ、二階から上は木造で、バルコニーからは大通りの様子が眺められる。入口には、「憲兵隊詰所」と古びた木の看板が掲げられ、その下にこの詰所を守る部隊の名が記されていた。
「宵闇の銀の狼? ……冴えない部隊名ですね」
「ぷはっ! ……君は結構辛辣だねぇ。でもまあ、そこが気に入っているのだが」
「この中に手がかりになる人が居るかもしれない……」
フェルは無意識に手を握り込んでいた。フェルが本当にたどり着きたい相手は父親を亡き者にした相手だ。それが自分を貶めていた相手と同じだとなお良い。
「妙にやる気になっているが、最初に言っただろう? 今日は偵察だけだ」
サナトスに頭を撫でられ、必要以上に力んでいたのだと気づく。はあっと息をつくとゆっくりと手を開く。
(そうだ。今この手にはナイフはない)
「吾輩に任せてくれるかい?」
「……はい、お任せします」
どうするのだろうかとフェルが思っていると、サナトスはそのまま正面から詰所に入っていく。
「は? ちょ、ちょっと師匠」
(正面突破なの?)
「何か御用ですか……?」
アッシュグレーの髪の男がすぐに声をかけてきた。右頬に傷がある。リネンのシャツに黒の膝まであるブーツをはいていた。戦い馴れた獣のような瞳でサナトスを見つめている。
「少し助けてもらいたくてね。この子が財布を落としたようなんだ」
フェルの肩を抱き、サナトスがにっこりとほほ笑む。フェルは呆れた。フェルには偵察だけだと言ったではないか。これでは接触しているのではないのか? フェルの困惑した表情がいかにも困っているように見えたのか、兵士の雰囲気がやわらいだ。
「……探し物ですか?」
「ああ。この子は吾輩の助手でね。買い物を頼んだのだが……」
「そうですか。俺はブレイドと言います。ここを管理してる者ですが貴方は?」
「吾輩は裏通りで薬師をやっている。名乗るほどのものじゃない」
「……裏通り……」
「団長、それってスリにあったんじゃねえっすか?」
横から団員らしい男が口をはさんできた。奥に居た団員たちもわらわらと様子を見に出てきた。
「なんだ? 女の子がスリにあったのか?」
「へえ……女の子? ちょっと見せてくれねえか」
咄嗟にフェルはサナトスの袖の端を掴んだ。先ほど聞いた声の主がいたからだ。
「ふふ…………」
サナトスがほほ笑むと手にした杖を少し動かす。フェルの目には何かが動いたように見えた。
「中に金が入ってるならもう見つからないと思うが、どんな財布だったのか特徴だけでも聞かせてもらおうか?」
「へ? えっと、あの……」
「手のひらの入る大きさで、これくらいの釜口がついている。中には銀貨が5枚。銅貨が3枚だ」
「それはちょっと。金だけでなく良い財布みてえだから無理かもな」
具体的な財布の形状をサナトスが言うとブレイドは難しい顔をする。
「神殿のある地域なのですが」
フェイは思い切って口を出してみた。その周囲を警備していたのなら何かを知っている者がいるかもしれない。
「神殿か、それならオルレ。お前今週は神殿周辺担当だっただろ?」
ブレイドに名を呼ばれた男こそがフェルが聞いた声の持ち主だ。
「ええ。ですが……」
オルレは面倒臭そうに眼をそらして、生半可な返事をする。その様子を見てサナトスが言葉を足す。
「ならば、少し探すのに付き合ってくれないか。その財布はこの子の親の形見なんだよ」
「なんだ、それを早く言えよ。オルレ、ついて行ってやれ」
「だ、団長……俺だって暇じゃないんですぜ」
ブレイドと違い、情に流されるタイプではなさそうだ。ならばと更にサナトスがもう一声付け足した。
「一緒に探してくれるなら少しばかりの礼もさせてもらうよ」
「それなら……いいぜ」
「オルレ……お前ってやつは……」
オルレの現金な態度にブレイドが額に手を当て、呆れた顔をする。
「ではブレイド団長。こちらの団員を借りるよ」
「ああ。見つかると良いな」
明日から朝7時 夕方6時に更新とします。
読みやすいように一話をもう少し短めにしますね。




