偵察
「では、偵察に行こうか?」
「へ? ていさつ……ですか?」
「表に出て調査に行こうかと思うんだ」
「だ、だめです! そんな恰好で出歩くと目立つじゃないですか!」
「吾輩の恰好のどこが目立つのだ?」
「全部です!」
フェルは今でも目の前にいるサナトスのVネックから覗く鎖骨が気になって仕方ない。困ったように眉を寄せ長めの前髪を書き上げるしぐさも男の色気が漂いすぎている。この姿を見ただけで何人もの女性がその色香に倒れ込むのではと心配してしまう。
「サナトスさんは自分の姿をきちんと認識するべきです……」
「ふふ。フェル。外では師匠と呼んでくれないか。名前を知られると呪いをかけられることがある。君のことも助手君と呼ぶことにしよう」
「……呪い? 普通に名乗るのも危ないってことなんですか?」
「相手がどんな手の内かがわかっていないからね」
「なんて厄介なのだ……気を付けますね」
この世界には魔法が介在する。神殿にいるものは光属性の魔法が使える。同じように王宮の王族も騎士も貴族階級の者達はそれぞれ属性の魔法が使えるというのだ。一定の年齢になれば皆神殿に行き、属性の判定をする。属性の能力が高ければ、たとえ平民でも騎士や魔術師などの家系に養子に出されることもある。
「……魔法か。そういえばあの神官の部屋が突然燃えたのは炎属性の者の仕業かも」
そう考えると辻褄が合う。フェルが調べることが出来たのは目当ての神官の事だけで、周りの人員や、あの時賄賂を受け取っていた側の貴族の事は皆無だった。フェルが計画を立てて忍び込んだと思っていた事も、結局は相手のに利用されただけだったのだろう。フェルにもわかるようにわざと一部の情報を流していたのかもしれない。
「君は闇属性なんじゃないかな」
「ええ。そのような事を言われた事はありますが魔力判定は低かったので……え?」
いつの間にかサナトスは襟の詰まったリネンのシャツに黒のズボン姿に着替えていた。その上から、裾にルーン文字の刺繍があるマントを羽織る。これなら薬師か錬金術師に見えるだろう。
「し……師匠、着替えるの早いですね」
「まあね。ところで今の話なら君は潜在的に闇属性ではあるが、使えるだけの魔力が少ないということか?」
「多分そういうことなのでしょう。私には魔法のことはよくわからなくて」
「魔力量は訓練次第で増やせる。吾輩が訓練してやろう」
「本当ですか? 私でも魔法とやらが使えるのですか!」
ぱあっとフェルの顔が輝く。魔法なんてものは自分には関係ないと思っていたからなおさらだ。使えるようになるなら使ってみたい。
「ははは。やっと興味が持てる事がみつかったようだな」
「はい!」
外を出ると朝のせいか、昨夜よりも街は明るかった。光から逃れるように物陰の奥に身を丸くして隠れる者や、不穏な気配は相変わらずだが、それでも昨夜よりはここが住みやすく感じる。
「住めば都か……」
「行くぞフェル。掴まれ」
「はい、師匠!」
フェルがサナトスに掴まると景色がぐるりと回る。軽い眩暈がし、目を開けていられなくなった。
「もう着いたぞ。目を開けて大丈夫だ」
サナトスの声に目を開けると、そこは表通りで、人々が賑やかに往来していた。
「……え? あの……」
「転移したのさ」
内緒話をするように、サナトスの低音の声が耳元で響く。フェルの背筋がぞわぞわっとして心臓がどきどきしたのはあまりにいい声だったからだ。見上げるフェルに口の端だけをあげるとサナトスは何もなかったように歩き出した。
「助手くん、置いて行ってしまうよ。早くおいで」
「揶揄わないでください。もぉ待ってくださいよ!」
はははと笑いながらサナトスが、手にしたステッキをくるりと回すと何かがササッと走っていたような気配がした。
「師匠……今のはなんでしょうか?」
「使役を探りに行かせた。吾輩たちは茶でも飲んでいよう」
「…………使役ですか?」
魔法のひとつなのだろうかとフェルは地面を見ていたが、どんどんとサナトスが歩いて行ってしまうのに気づき、慌てて後を追っていく。
「師匠。待ってください。どこに行くんですか!」
「あの大通りのカフェだ。前から気になっていたのだが、独りではなかなか入りづらくてな」
王宮前の大広場へと続く大通りには洒落たカフェが立ち並んでいた。ガラス張りの店頭やテーブルにはたくさんのスイーツやデザートが華やかに並んでいるのが見える。
「へ? かふぇですか? 甘味処ですよね?」
「ちょこれいとという物を食べてみたいのじゃ」
「でも、私お金が……」
「吾輩の奢りじゃよ」
「それならば是非!」
(食べたぶんだけ働いて返せばいいんだ)
その中の一角にカフェ「月の雫」がある。看板名物のムーンドロップスという月の雫のシロップが有名で、そのシロップを使った菓子が評判の店だ。外壁は温かみのある生成り色の漆喰仕上げで、あちこちに小さな苔やアイビーの蔦が絡まっている二階建てのカフェである。二階の小さな出窓にはアーチ状のステンドグラスが嵌め込まれて洒落た雰囲気を醸し出していた。
「席が空いていてよかったですね」
「……ああ……」
サナトスはメニューとにらめっこ中で上の空だ。ときおり、ちらちらと女性たちがこちらを盗み見しているのがわかる。サナトスが悩まし気にメニューを見る姿に、皆溜息をついていた。
「いらっしゃいませ。メニューはお決まりでしょうか?」
白襟にベスト姿の給仕が注文を取りに来た。
「こほん。吾輩はこのチョコレイトパフェと珈琲を」
「私はアイスクリームソーダで」
「かしこまりました」
「助手君はチョコは頼まなかったのか?」
「甘すぎたら後で喉が渇いちゃうでしょ? 今日は調べたいことが多いから、水を飲みすぎてあまりトイレに行きたくないんです」
「……そうか。人間はそういう事にも気を付けないといけなのか」
なるほどなるほどとサナトスは一人で頷いている。もうフェルはこれは一種の癖のようなものだなと思う事にした。変人であるサナトスは、日常的な事がわからないのだろう。ならばそれを自分が答えてやればこの爺さんの好奇心を満たせてあげれるかもしれない。それが給金に反映したらいいなと思う事にする。
「……そういえば数日前に神官が亡くなられたでしょ」
「放火だったらしいわよ」
店の隅で女性達の噂話が聞こえてきて、フェルはぎくりとした。気になったせいかやけにその声が大きく聞こえてくる。
「まあ、怖いわね。犯人は捕まったのかしら」
「逃亡しているそうよ」
「少年だったって噂よ。恨むつらみじゃないかしら」
「あら、じゃあ、その神官が影で酷いことしてたのかもね」
くすくすと笑い声が聞こえてくると店の客たちが皆その話を聞いている気がした。
「助手君、アイスが解けてしまうよ」
サナトスに声をかけられてハッとする。いつの間にかテーブルにはフェルが注文したアイスクリームソーダが届いていた。アイスが少し溶けてしゅわしゅわとソーダが弾けている。
「うん。甘くて美味いな」
サナトスはチョコレートパフェを満足そうに食べていた。ただ食べているだけなのに仕草が洗練されていて、大人の余裕と危険な魅力を醸し出している。
「師匠……今……」
フェルが緊張気味にサナトスを見ると心配するなと笑い返してきた。
「……少し噂を流したのだ。犯人は少年という事にしてな」
内緒話をするようにフェルに体を寄せて小声でサナトスが話しかけてくる。その様子を見た女性達がきゃあと黄色い声をあげた。
「……っ! ……師匠がやったのですかっ」
「しっ。今日は偵察だと言ったじゃろ? 少し揺さぶりをかけないと隠れてる奴らは出てこないからな」
いつの間にそんな手配をしたのだろう。だが、この駆け引き自体を楽しそうにしているサナトスを見てフェルは肩の力を抜いた。サナトスがニヤリと笑うと、どうだとばかりにフェルにウィンクをする。またもや背後できゃあと女性の声が聞こえる。
「はあ。驚かさないください……もぉ。サンドイッチも追加していいですよね?」
ホッとしたせいか、お腹が減ったとフェルは食べ物もたかる事にした。




