どなたですか
胸元で光る碧い石は、側窓から斜めに入り込む淡い光にあてるときらきらと光った。そっと手で触るとひんやりとした冷たい感触が残る。自然とフェルの口元があがっていた。実のところ、とても気に入っている。
少し離れたソファーに座っているサナトスが、その様子を本ごしに眺めて観察していた。こちらも目を細めている。自分が渡した品を大事そうにしているフェルが可愛くて仕方がないようだ。
「おや……? フェル。吾輩はちょっと上を見てくるが、夕飯まで時間があるから好きなだけ読んでいていいからね」
「はい。師匠が戻ってくるまでここで本を読んでいますね」
「うん。いい子だ。待っていておくれ」
フェルの頭を撫でてからサナトスは螺旋階段を上がっていった。上にもたくさんの本があるのだろう。何か調べ物があるのかもしれない。
フェルが気になる魔草のスケッチを何枚か描くと、次の資料を探そうと立ち上がった。
「確かここら辺が魔草関連だったはず……」
魔草の種類、魔草の産地、魔の植物、魔草図鑑……。
「図鑑があるのだわ!」
少し高い位置にその図鑑はあった。フェルの身長では少しばかり足りない。
(背伸びをすれば届くかも……)
ぷるぷると足を震えさせてつま先立ちで手を伸ばすもあと少しのところで届かない。
「これが取りたいのか?」
ふいに後ろから手が伸び、目当ての本を誰かが取ってくれた。
「あ、ありがとうございます…………って誰ですか?」
振りむくとそこには見知らぬ男性が立っていた。
「さあ、誰でしょう?」
貼り付いたような笑顔は作り笑いだと一目でわかる。長身で黒髪オールバックで、深緑の上質な生地で仕立てられた外套を羽織り、胸元には金糸の精巧な刺繍がされている。襟元には白のクラバット。ボトムスは黒のトラウザー。まるでお伽話の舞踏会から抜け出してきたような男性がそこに居た。
「…………迷子さんですか?」
「…………ぷっ! あはははは……君、面白いなぁ」
「はあ? 私は面白がられることを言ったのでしょうか?」
「反応が面白いよ」
再度、フェルは男の姿を見た。いつの間に現れたのだろう。元からこの階にいたのだろうか? これだけ広い図書室だから、どこか棚の陰で見えなかったのかもしれない。しかしやはり場違いな衣装が気になる。
「…………劇団の俳優さんでしょうか?」
「…………あーっははははははは!」
「……本を渡してください」
フェルは男に両手を伸ばして渡すように催促した。男は笑いが止まらないようで肩でひぃひぃと息をしている。
「ははは……。ああ、苦しい。久しぶりに笑った」
「それは良かったです。では本を……あ! 渡したまえ!」
男は本を取れるものならどうぞと高く上げて見せる。フェルは地団太を踏んだ。
「いやぁ、楽しい。あいつが気になったのも分かる気がするなぁ」
フェルは本を取ろうと、その場でぴょんぴょんと跳ねた。
「くくく。ほうらもう少しだ。取ってみな」
「……フェル。そんなに嬉しいのかい?」
背後からサナトスの不機嫌そうな声が聞こえてきた。彼は人間がぴょんぴょん跳ねるのは喜んでいるのだと思い込んでいる。自分以外の者にフェルが喜んでいるのが気に入らないようだ。
「師匠。私は嬉しいのではないのです。こやつめが本を渡してくれないのです」
「ふぅん……。だめだよ。本を遊び道具に使っては……」
(あ、これはダメだ。いきなり意思疎通ができなくなった。拗ねたみたい?)
一気に何か面倒なことになったとフェルは肩を落とした。




