魔文具店「猫の鍵しっぽ」
「さて、昼までまだ時間がある。先に買い物に行こうか? なにが足りないんだい?」
「あの、給金の前借りをお願いしても良いでしょうか?」
「自分で買いたいのもわかるが、それは次からにしよう。吾輩には女性が必要なものがわからないのだよ。常備品として準備させてもらおう」
「あ、ありがとうございます!」
なんて良い職場なんだろうとフェルは喜んだ。
ここ数日でわかった事だが、サナトスは人目を引く華やかな色や個性的なデザインを愛し、自分らしい着こなしを楽しむ洒落者だ。そしてどんな服でも自分のモノにしてしまう。悔しいくらいに何を着ても似合うのだ。今日の外出時の装いは、つばのある白い帽子に、赤紫のスリースーツ。足元は黒のショートブーツだが、靴裏は紅色だった。同伴するフェルは薄水色のワンピースで、清楚なイメージだ。
「まず何が欲しいんだ」
「はい。早く師匠の仕事を覚えたいのでメモ書きできるものです」
「くく。いや吾輩はいい助手を得たなあ。では文具店に行こう」
連れてこられたのは『猫の鍵しっぽ』という店で、店内は沢山の珍しい文具品でいっぱいだった。
「ここは吾輩の行きつけの魔文具店なのだよ」
「わあ、すごい」
沢山のインクやペン。可愛い柄のポストカード。便箋にノートに、どれも今までフェルが手に入れた事がないものばかりで、ここなら一日中いてもかまわないとさえ思える場所だった。フェルは嬉しさが先に立ってサナトスが言った《《魔》》文具店という言葉を聞き逃していた。
「この店が気に入ったんだね?」
「はい! どれも可愛くて素敵で目移りしてしまいます!」
「いらっしゃいませ。何か気になる品はございますか?」
黒髪オールバックの、上品なベスト姿の店主が声をかけてきた。
「あ、すみません。今日は資料を書き留めるための品を買いに来たのです」
「かしこまりました。ではペンとインクはこちらの棚です。初めてお使いになるのならこの辺りがいかがでしょう。インクの色はどうなさりますか?」
「無難な黒が良いです」
「では、『闇夜の濡れ烏』こちらは濡れた艶のある黒。『黒真珠の光沢』これは光沢のある黒。『星なき夜の黒』こちらは艶消しの黒です」
「く、黒だけでもいろいろあるのですね……」
「3つとも買えばよいではないか」
「だ、だめです。無駄遣いはしてはいけません。今日は一つだけで。残りはお給料をもらってから選びにきます!」
「これはこれは。また来ていただけるのですね」
店主がにこにこと良い笑顔でサナトスを見る。苦笑しながらサナトスも頷いてくれる。
「次に羽ペンですが、これも種類が多いですが……」
「さきほどの黒と相性のいいのはどれですか?」
「さすれば、『闇烏の羽根』漆黒の羽根で小さめですが、細かい図案や魔法陣を書くには適しています。後は『森の賢者』フクロウの羽でして、やわらかくしなやかで誰にでも使いやすいです」
「では、『星なき夜の黒』のインクと『森の賢者』の羽ペンをお願いします」
「かしこまりました」
「あとはノートより手帳でしょうか?」
「手帳! どんなのがありますか?」
フェルは手帳を持ったことがない。使っている人を見たことはあるが、かっこいいなと羨ましく思っていただけでまさか自分が持てる事になるとは思わなかったのだ。
「どのようなお仕事を記録されるのでしょうか?」
「そうだな、薬の素材などが書きたいのだと思うよ」
「さようでしたか。ちなみに絵は描かれますか?」
フェルは店主に言われた意味をすぐに把握できなかった。
「絵ですか? それってどういう……」
「薬草でしたら、葉の形や、根など。また何に効くとか描き分けたりされますか?」
「し、したいです。絵も描きたいです!」
「では、これなどどうでしょう。片面は絵が描ける欄があり、片面には詳細が書ける罫線が引かれております」
「わあ、なんだか自分だけの薬草図鑑が作れそうです!」
(そうよ。こういうのが欲しかったのよ!)
「ふふ。そう言ってくださると店主冥利につきます。うちの店の商品を気に入ってくださったお礼に、特別におまけを一つお付けいたしましょう」
「え? 本当ですか!」
「はい。重要な場所に印がつけられるように、目立つ色のインクをひとつプレゼントいたしますよ」
「わわわ。プレゼント……」
「こちらの『茜色の夕焼け』はいかがですか?」
「奇麗です! 晴れた日の夕焼けのようにきれいな赤。とっても気に入りました!ありがとうございます!」
フェルは嬉しくなり、その場でぴょんぴょん跳ねだした。
「ふむ、人間の女の子は嬉しくなると跳ねるのだな」
サナトスはまた人間の不思議を知ったのである。




