07話 桃園美穂の場合6
二学期が始まった。
叶斗の部屋のクーラーは、あの日から一週間後にちゃんと直った。
そして、あの日以降美穂は怖がることをやめた。
正確に言うと、まだ怯える時もある。けれど、怖いと思った時にこそ、叶斗本人を見るように心がけた。
「美穂ちゃん、おはよう」
朝、家から出ると、叶斗が待っていた。
呼び鈴を鳴らせばいいのに、と言うと「待ってる時間も楽しいから」と返された。
「美穂ちゃん、これ好きだったよね」
昼休み、購買に行ったらしい叶斗から、美穂が好きなパンを手渡された。嬉しくて抱き着いたら、固まった。
「美穂ちゃん、帰ろう」
教室の外から叶斗が声をかけてきた。隣のクラスのほうが早く終わったらしい。
美穂のクラスが早く終われば、美穂も叶斗を待つ。ホームルームが終わって、叶斗に声をかけると本当に嬉しそうな顔をするのを見て、とても幸せな気持ちになった。
帰りはよく手を繋ぐ。この間、何もないところで転びそうになったからだ。
いくら大丈夫って言っても、「俺が心配だから」と折れてくれなかった。けれど、手を繋いでいる時は叶斗がよく笑うので、美穂も嬉しくなった。
相変わらず友達と過ごす時間も多い。叶斗は不安そうな顔は、しなくなった。
みんなで楽しい時間を過ごす。叶斗と二人の時間も大切にする。
このままゲームが終わる日まで過ごせれば、美穂は安心できると思っていた。
そんな呑気な考えが、後の自分を苦しめるとも知らずに。
※
「二年の火村夏希先輩って知ってる?」
実和に聞かれて、美穂は首を横に振った。
「最近、藤城くんに声かけてるのよく見るよ」
気をつけたほうがいいよ、と忠告された。
美穂は首を傾げた。叶斗の口からは聞いたことのない名前だった。ゲームでも聞いたことがない。
まあいいや、と思う。
叶斗に直接聞けば済むのだ。
美穂は先輩の名前を頭の隅に追いやって授業に集中することにした。
「美穂ちゃん、ごめん。今日は一緒に帰れない」
珍しく叶斗から一緒に帰れないと断られた。
「珍しいね。なんか用事? わたし、待つよ」
いつも美穂の用事がある時は叶斗は待っていてくれる。美穂も叶斗の用事があるのなら待ちたいと思った。
「いい! 先に帰ってて」
思いの外、強い拒絶の言葉だった。
驚いたのは、言った本人が傷ついた顔をしていたことだ。
「美穂ちゃん、ごめん」
そのまま目も合わさず立ち去ってしまう。
美穂はそれを見ているしかできなかった。
翌日、玄関を開けても叶斗が待っていなかった。
隣のインターホンを押すと、叶斗のお母さんが不思議そうな顔をして出てきた。
「あら、今日はもう出たわよ」
……何も聞いていない。
急いで学校に行き、隣の教室を覗いても叶斗はいなかった。
そこから、叶斗に避けられる日々が始まった。
同時に実和が言っていた火村先輩と一緒にいる姿をよく見かけるようになった。
二人はなんだか親密そうな距離感で、美穂は胸が痛くなった。
「実和ちゃん、どうしよう……」
一人で考えるのに耐えかねて、美穂は実和と綾音に泣きついた。
「か、叶斗に避けられてる……。寂しい」
勝手に涙が溢れてくる。
美穂は自分が叶斗を避けていた時期のことを思い出した。こんなに、辛かったんだ。
どうしよう、今すぐ謝りたい。スライディング土下座で。五体投地でもいい。
「叶斗、わたしのこともうどうでもよくなっちゃったのかなぁ」
グズグズべそべそと泣く美穂の頭を二人が撫でてくれる。
けれど、叶斗の優しい手つきを思い出してしまい、さらに涙が溢れた。
「火村先輩、カップルクラッシャーなんだよね。思わせぶりな態度で彼氏側に近づいて、引っかき回すの」
実和がため息をついた。部活の先輩がそれで破局したのだと教えてくれる。
「でも、わたし叶斗と付き合ってないよ……?」
「「は?」」
二人から胡乱な目で見られた。
こそこそ話をしている。「あれで付き合ってなかったとか……」「藤城くんの忍耐力ギネス並み」とか聞こえてくる。
どういうことだろう。
「んんっ、美穂はどうしたい?」
綾音が美穂に尋ねた。
「もし、藤城くんに彼女ができたら、今みたいな関係は続けられないよ?」
「え、なんで?!」
反射的に答えた。綾音は真剣な顔で、慎重に言葉を選んだ。
「逆に聞くけど、幼馴染のまま藤城くんの隣にいて、美穂にするのと同じように、藤城くんが誰かに接してもいいの?」
「やだ!」
叶斗の一番近くにいるのは、わたしがいい。
頭を撫でられるのも。
一緒に登下校するのも。
叶斗が嬉しそうに笑うのを見るのも、わたしが。
——わたしだけが、いい。
そこまで考えて、美穂は自分の考えが独占欲だと気づいた。
叶斗を独り占めしたい。知らない誰かが叶斗の隣に立つのなんて嫌だ。
それならいっそ……。
「あ……」
「理解できた?」
綾音の言葉に頷いた。
美穂も叶斗と同じだと思った。彼が一番大切で、彼の一番は自分じゃないと耐えられない。
そうでないなら、いっそ閉じ込めてしまいたい。そう思った。
……ん? これ、ヤンデレ発想だな?
ともかく、叶斗のことをヤンデレだって恐れていた。でも、それ以上に、美穂のことをとても好きでいてくれていたのだ。
それなのに、ゲームでの主人公は常に受け身だった。
仕様なら仕方ないのかもしれない。選択肢以外は選べないのだから。
でも、正解はそれじゃなかった。
叶斗に、会いたい。
今すぐ、気持ちを伝えなければ。
叶斗のことが好きならば、彼に伝え続けなければならないのだ。
「わたし、行かなきゃ」
乱暴に涙を拭き取って、実和と綾音に告げた。
美穂の顔を見て、二人は何かを察したように頷いた。
「この時間なら、体育館裏にいるはず」
「美穂ちん、頑張って」
二人が応援してくれる。
美穂は教えてもらった場所へ走り出した。




