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06話 桃園美穂の場合5

 夏はイベントが満載だ。

 海に行った後にも、誰かの家で勉強会をしたり、夏祭りへ行ったりと忙しい。

 美穂はその全てに友達カップルを巻き込むことに成功していた。

 こうすれば、恋愛イベントにはならないはずだ。イベントにはならないのに、叶斗と一緒に楽しく過ごせる。美穂は満足だった。


「クーラーが壊れた?」


 もうすぐ夏休みが終わる頃、げっそりした叶斗が訪ねてきた。

 自室のクーラーが壊れて、夜はリビングで寝ているらしい。しかし、日中リビングにずっと居座るのも落ち着かず避難させてほしいという。


「しかも、修理が来るまで一週間かかるって……」


「ありゃりゃ」


 どうやら修理も混み合っているらしい。美穂は自分の部屋に叶斗を招き入れた。

 どうせお互いの部屋を頻繁に行き来しているのだ。一週間叶斗が部屋に通うくらい、なんのことはない。

 叶斗の部屋のクーラーが壊れるイベントもないから美穂は安心しきっていた。


「麦茶入れてくるね」


 叶斗に部屋に先に行ってもらい、麦茶を二人分、コップに注ぎ入れる。

 冷蔵庫の中のゼリーを発見し、スプーンと一緒にお盆に載せた。


「おまたせ〜」


 美穂の部屋のクーラーは快調で、涼しい風を送り続けている。叶斗が目を細めて冷風の恩恵を浴びていた。


「文明の利器……」


 家族とはいえ、頻繁に人が出入りするリビングが落ち着かなかったらしい。

 美穂の部屋も、美穂がいるから落ち着かないのではと言ったが「そうじゃない」と言われてしまった。


「わたし、今日は読書の日だから」


 二人でゼリーを食べたあと、美穂は宣言した。

 図書館で借りてきた本があと三日で返却期限なのに、まだ二冊あるのだ。

 他の友達だったら、諦めて読めないまま返却したかもしれないが、相手は叶斗だ。

 部屋で一緒にゲームしたりも楽しいが、別々のことをやっていてもそれはそれで落ち着く。

 叶斗も「じゃあ俺も本読んでる」と家から持ってきた本を取り出した。

 二人で隣り合ってラグの上に座り、本を読む。

 パラリ、パラリとページをめくる音が聞こえる以外は静かだった。

 しばらくして、本を読み終わった。表紙を閉じて、反芻する。いい話だった。

 横を見ると、ダークグレーの瞳が見ていた。

 叶斗が、じっと美穂を見つめていたのだ。


「叶斗、なに?」


 少し心臓が跳ねたのをごまかすように、叶斗に声をかけた。


「美穂ちゃん、夏休み楽しかったね」


 穏やかな声だった。美穂と同じように、叶斗も楽しんでくれたのだろうか。

 嬉しくなって、笑顔で頷こうとした。


「でも、俺と二人は嫌だった?」


 固まった。

 よく見たら、穏やかそうな笑顔を浮かべているのに、目が笑っていない。


「な、んで……」


「誘うたび、一生懸命みんなを誘うことを提案すれば、嫌でもわかるよ」


 万が一、恋愛イベントになるのが嫌でみんなを巻き込んだ。

 叶斗はいつもにこにこと「いいよ」と言ってくれていたから気づいているとは思わなかった。


「俺は、美穂ちゃんと二人でも遊びたかったな……」


 とん、と肩を押された。

 そんなに強い力で押されたつもりはないのに、バランスを崩した。気づいたら天井が見えた。

 その視界に、覗き込んでくる叶斗が入ってくる。


「美穂ちゃんは、俺のこと嫌い?」


 叶斗の人差し指が、美穂のあごの付け根に触れた。そのままつ、とゆっくり首筋をなぞる。ぞわりと肌が粟立った。

 指の動きに神経が集中して、じわじわ顔に熱が集まってくる。


「もうこのまま、二人でいられたらいいのに」


 ヤ、ヤンデレ……。

 ヤンデレ発言出た!!

 パニックに陥りそうになって、初めて叶斗の顔を見た。

 ダークグレーの瞳が水分で震えている。

 泣きそうだった。


「叶斗……」


 ぽたり。

 叶斗の綺麗な目から涙が降ってくる。


「俺、なにかした? お願いだから、教えて……直すから」


 美穂は、手を伸ばした。

 叶斗の首に腕を絡めて力を入れる。叶斗は容易く美穂の腕の中に収まってきた。


「ごめんね、叶斗傷つけてた。叶斗は、悪くないよ」


 ただ、自分がゲームの知識に怯えて逃げていただけだった。

 目の前の叶斗のことが見えていなかった。

 ゲームの知識なんて、もう意味がない。この優しくてちょっと怖い幼馴染は、美穂のことを大事に思ってくれてギリギリまで一人で悩んでいたのだ。

 一人で、思い詰めさせてしまった。


 いつも叶斗が美穂の頭を撫でるように、優しく叶斗の頭を撫でる。さらさらの髪の毛の感触が心地よかった。

 叶斗の身体から力が抜けていくのがわかる。少し重かったけど、身じろぎしたのがくすぐったくて、ふふと笑ってしまった。


「叶斗、大好きだよ」


 自然に言葉がこぼれた。

 腕の中で、叶斗の動きが止まるのが伝わってくる。


「叶斗を嫌いになんて、なるわけない」


 叶斗が美穂の腕をつかんで優しく外した。頬が紅潮している。


「美穂ちゃん、俺も」「大事な幼馴染だもん、ね?」


 うっかり叶斗の声に被せてしまった。

 それがショックだったのか、一度固まった後、なんか打ちひしがれてる。


「叶斗ごめん、さえぎっちゃった。なんて言おうとしたの?」


「いいよ、……うん。美穂ちゃんだもんね」


 よくわからないことを呟いていた。


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