04話 桃園美穂の場合3
「叶斗……?」
掴まれた手がびくともしない。
布越しに伝わってくる叶斗の体温に戸惑う。リアルだ。
違う、現実だ。
叶斗の胸元が、規則正しく上下する。
息をしている、温かい人間。そうだ、これはゲームをしているんじゃない。実際にこの世界に生きているんだった。
「俺、なんかした?」
美穂の瞳を覗き込む叶斗の顔は、悲しそうだった。
「いつもは怒っても理由を教えてくれるのに。ちゃんとごめんねって言わせてくれるチャンス、くれるのに」
美穂の手を握った叶斗の親指がすり、と美穂の手の甲を撫でる。
「高校に入学してから、様子おかしいよ? 俺のこと、嫌いになったの?」
まるで捨てられた子犬のような表情だった。叶斗からすれば、美穂の行動は急によそよそしくなったように見えただろう。ずっと仲良くしていた友達が、自分を避け始めたら不安になるのは当然だ。
「違うよ!」
美穂は力強く告げた。たとえ叶斗がヤンデレでも、こんな顔をさせたいわけではないのだ。
「ごめん、ちょっと事情があって」
全部は言えない。ここがゲームの世界だなんて言っても、信じてもらえないだろう。
「事情って、なに?
……好きな人でもできた?」
声が一段低くなった。
叶斗の表情が、消えていた。
「え、できてないよ?!」
攻略対象はすでに攻略済だったのだ。いるわけがない。
驚いて大きな声を上げると、叶斗も驚いた顔をしていた。
「あ、ごめん。大きな声出して」
「それは、いいけど。本当にいない?」
疑り深くて笑ってしまった。美穂が目指すのはノーマルエンドだ。そこまで考えて、あ、現実だったんだ。と考え直す。
「でも、そうか。好きな人かぁ……。彼氏、できるかな?」
「え」
叶斗の動きが止まった。美穂はそれに気づかず、現実なら、別に攻略対象でなくてもいいのだと考えていた。少し気持ちが楽になった。
ふと上を見たら、叶斗が変な顔をしていた。
「美穂ちゃんって、悪魔だよね……」
とても疲れたという声で言われて、美穂は首を傾げた。
※
毎日、叶斗と過ごす平和な日が続いた。
だんだんと叶斗以外の友達もできて、二人で過ごす時間が少なくなった。
登下校も友達が混ざったりして、にぎやかになった。高校生活、楽しい。
そして、あと一週間もすれば夏休みに入るという頃に、叶斗に声をかけられた。
「夏休み、海行こ」
久々に美穂はピシリと固まった。
叶斗が発したセリフはゲームでのデートのお誘いと一緒だった。
夏休みは海に行ったり、夏祭りに行ったりイベントが満載だ。現実だとは認識していても、ゲームの行動をなぞらえるのは、怖い。
美穂は優しい幼馴染がヤンデレになってしまうのは避けたかった。でも、お誘いを断って悲しい顔をさせるのも嫌だ。あと、海行きたい。
「いいね! じゃあみんな誘っていこうよ!」
ゲームの選択肢にはない返事をする。実際、大勢で海で遊ぶのは楽しそうだ。
「……そうだね。みんなで行こう」
少し間があったが、叶斗はにこにこと了承してくれた。
さっそく二人で友達に声をかけて回る。
男子と女子、それぞれ二人ずつ集まった。
「楽しみだね」
みんなと計画を立てながら、叶斗に話しかける。楽しくて、にやにやしてしまう。
「美穂ちゃんが楽しそうで、俺も嬉しい」
頭を撫でられた。叶斗はなにかとすぐに頭を撫でてくる。子供じゃないんだけど、とは思う。それでも、優しく撫でられるのは気持ちがいい。結局、叶斗が撫でるのを受け入れてしまうのだ。
美穂は叶斗を見ていたから気づかなかった。
——周りの友達がチベスナ顔で二人を見ていたことに。




