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04話 桃園美穂の場合3

「叶斗……?」


 掴まれた手がびくともしない。

 布越しに伝わってくる叶斗の体温に戸惑う。リアルだ。

 違う、現実だ。

 叶斗の胸元が、規則正しく上下する。

 息をしている、温かい人間。そうだ、これはゲームをしているんじゃない。実際にこの世界に生きているんだった。


「俺、なんかした?」


 美穂の瞳を覗き込む叶斗の顔は、悲しそうだった。


「いつもは怒っても理由を教えてくれるのに。ちゃんとごめんねって言わせてくれるチャンス、くれるのに」


 美穂の手を握った叶斗の親指がすり、と美穂の手の甲を撫でる。


「高校に入学してから、様子おかしいよ? 俺のこと、嫌いになったの?」


 まるで捨てられた子犬のような表情だった。叶斗からすれば、美穂の行動は急によそよそしくなったように見えただろう。ずっと仲良くしていた友達が、自分を避け始めたら不安になるのは当然だ。


「違うよ!」


 美穂は力強く告げた。たとえ叶斗がヤンデレでも、こんな顔をさせたいわけではないのだ。


「ごめん、ちょっと事情があって」


 全部は言えない。ここがゲームの世界だなんて言っても、信じてもらえないだろう。


「事情って、なに?

 ……好きな人でもできた?」


 声が一段低くなった。

 叶斗の表情が、消えていた。


「え、できてないよ?!」


 攻略対象はすでに攻略済だったのだ。いるわけがない。

 驚いて大きな声を上げると、叶斗も驚いた顔をしていた。


「あ、ごめん。大きな声出して」


「それは、いいけど。本当にいない?」


 疑り深くて笑ってしまった。美穂が目指すのはノーマルエンドだ。そこまで考えて、あ、現実だったんだ。と考え直す。


「でも、そうか。好きな人かぁ……。彼氏、できるかな?」


「え」


 叶斗の動きが止まった。美穂はそれに気づかず、現実なら、別に攻略対象でなくてもいいのだと考えていた。少し気持ちが楽になった。

 ふと上を見たら、叶斗が変な顔をしていた。


「美穂ちゃんって、悪魔だよね……」


 とても疲れたという声で言われて、美穂は首を傾げた。





 毎日、叶斗と過ごす平和な日が続いた。

 だんだんと叶斗以外の友達もできて、二人で過ごす時間が少なくなった。

 登下校も友達が混ざったりして、にぎやかになった。高校生活、楽しい。

 そして、あと一週間もすれば夏休みに入るという頃に、叶斗に声をかけられた。


「夏休み、海行こ」


 久々に美穂はピシリと固まった。

 叶斗が発したセリフはゲームでのデートのお誘いと一緒だった。

 夏休みは海に行ったり、夏祭りに行ったりイベントが満載だ。現実だとは認識していても、ゲームの行動をなぞらえるのは、怖い。

 美穂は優しい幼馴染がヤンデレになってしまうのは避けたかった。でも、お誘いを断って悲しい顔をさせるのも嫌だ。あと、海行きたい。


「いいね! じゃあみんな誘っていこうよ!」


 ゲームの選択肢にはない返事をする。実際、大勢で海で遊ぶのは楽しそうだ。


「……そうだね。みんなで行こう」


 少し間があったが、叶斗はにこにこと了承してくれた。

 さっそく二人で友達に声をかけて回る。

 男子と女子、それぞれ二人ずつ集まった。


「楽しみだね」


 みんなと計画を立てながら、叶斗に話しかける。楽しくて、にやにやしてしまう。


「美穂ちゃんが楽しそうで、俺も嬉しい」


 頭を撫でられた。叶斗はなにかとすぐに頭を撫でてくる。子供じゃないんだけど、とは思う。それでも、優しく撫でられるのは気持ちがいい。結局、叶斗が撫でるのを受け入れてしまうのだ。

 美穂は叶斗を見ていたから気づかなかった。


 ——周りの友達がチベスナ顔で二人を見ていたことに。


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