03話 桃園美穂の場合2
翌朝、ふと気づいた。
叶斗と自然に登校していた。
『花咲く乙女』で攻略対象が朝のお迎えに来るのは、好感度もかなり高くなった状態で、さらにルートに入ってからのはずだ。
でも、よくよく考えてみれば幼稚園のころからずっと一緒に通っている。
ゲームの世界に転生したけど、現実世界のように過ごしているのだ。不自然ではないはず。きっと誤差だ。
「美穂ちゃん、今日一緒に勉強しよ」
待って。これイベント!
四月の終わり頃じゃ起きるはずのない、好感度高めの時の!
「え? えーっと、今日はお母さんからおつかい頼まれてるから……」
好感度が下がる選択肢を思い出して、口にした。嘘ではない。本当におつかいを頼まれている。
「あ、ならそれも付き合うよ。じゃあ、帰り迎えに行くからね」
選択肢ィ?!
お願い。選択肢、仕事して。これは予想してなかった。というかすでに決定事項として伝えられてる。ホントに待って。
「あ、ちょ」
「またね」
いつの間にか教室の前だった。
美穂が断るより早く、叶斗が去っていってしまう。
隣の教室に入っていく叶斗の背を見ながら、美穂の行き場をなくした手が、空を切った。
※
放課後。
当然のように叶斗は迎えに来たし、おつかいの荷物は叶斗の手にある。今度は中一の時にりんごを坂の上から転がすという、漫画でもそうそうないようなことをやらかした時のことを持ち出された。
「一回荷物置いたら、また来るね」
「うん、わかった」
さらりと頭を撫でて、叶斗が隣の家に入っていった。
……いや、なんでわかったとか返事しちゃってるの、わたし! 断れ!
叶斗といると、とても楽しい。うっかりヤンデレだということを忘れて過ごしてしまう。
記憶の中の叶斗はずっと優しくて、大好きな幼馴染なのだ。
ゲームの記憶が戻ったとはいえ、これまでの積み重ねをいきなり壊すのはためらわれた。
いきなり壊してヤンデレ化するのも怖いし。監禁コースはごめんこうむる。
美穂は撫でられた頭を触りながら、考えるのを放棄した。
「ねえ、勉強とかまだやることなくない?」
それからすぐに叶斗は美穂の家に来て、一緒に勉強をした。
しかし、教科書と参考書を広げてみたものの、予習はすぐに終わったし、お互いわからないところもなくて三十分もかからなかった。
「えー、じゃあゲームでもする?」
美穂のゲームを勝手に取り出しながら、叶斗が言う。……絶対本命はゲームだ。
「もう、やっぱりゲームが目的か! 今度はわたしが勝つ!」
「美穂ちゃんもやる気じゃん」
だってゲームは好きなのだ。乙女ゲームやり込んでたくらいなんだし。
シミュレーションゲームだけじゃなくて、パズルゲームやRPGも好き。……下手だけど。
「なに賭ける? お菓子?」
いつもパズルゲームをする時は、お菓子を賭けていた。チョコレート一粒とか、そんなささいなもの。
「俺、お菓子じゃなくて、質問がいいな」
「質問?」
「そ。俺が勝ったら、美穂ちゃんに何でも聞いていいの」
意味がわからない。
わざわざ賭けるようなことなのだろうか?
「いまさら、なにか聞きたいことあるの?」
首を傾げると、叶斗が笑った。理由は結局言わなかったけど。
「負けた!」
美穂の画面はパズルが天井まで積み上がっている。途中までは、いいところいってたと思うのに。美穂は本気で悔しがった。
「勝ったね」
対して、叶斗はにこにこしている。
二人の実力にあまり差はない。ほんの少し、叶斗が強いくらいだ。昔は叶斗が圧倒的に強かったけど、だんだん年齢が上がるにつれて、美穂の実力が追いついた。
「なに聞きたいの? 本当にお菓子じゃなくていいの?」
テーブルの上には、ちょっとお高めの美味しいチョコレートが置いてある。叶斗も好きなやつだ。
「うん、美穂ちゃん食べていいよ」
そう言われて、ちょっと喜んでしまった。お小遣いでは、たくさんは買えない、とっておきだったからだ。
だから、チョコレートに気を取られて反応が遅れたのは仕方がない。
「え」
手を握られていた。
ぐい、と叶斗の方に引っ張られる。
繋いでいない方の腕の中に閉じ込められた。
「ねえ、美穂ちゃん」
「ちょ」
思わず離れようとすると、腕の力が強くなる。
「なんで、俺のこと避けようとするの?」
叶斗を見上げる。
笑っていた。いつもの、優しい笑顔。
それなのに、ダークグレーの瞳だけは、笑っていなかった。
明日からは一日1話17:10更新になります。
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