02話 桃園美穂の場合1
わたし、桃園美穂。今日から花咲高校一年生!
恋に勉強に、頑張っちゃうんだ!
目指せ! 花咲く高校生活!
ーーいや、ないわ。
そんなキャピキャピするようなお年頃は、とっくに過ぎてるの! 中身は二十代後半のOLなのよ!! ……恋愛経験は小学生以下だけど。
桃園美穂は心の中で思い出していたオープニングのセリフをなぞり、恥ずかしさに赤面した。
桃色の髪は可愛らしいけど、その土台である顔は、ザ・平凡。
十把一絡げな自覚がある。
そんな自分だが、高校の門をくぐった時、急に自分が乙女ゲーム『花咲く乙女』の主人公であると思い出した。
このゲームは、一般的な恋愛シミュレーションゲームでパラメーターを上げたり、選択肢を選んだりして、攻略対象の好感度を上げて攻略していく。
キャラクターのビジュアルも、シナリオもバッチリ好みで、ドハマリしてコンプリートした後も、何十回とプレイした。
特に美穂が好きだったのは、幼馴染の藤城叶斗。スパダリみたいな男の子で……ヤンデレ。
非現実なら愛の重すぎる男でもおいしいじゃない? 現実なら全力ダッシュで逃げるけど。
そう思ってプレイしたけど、なぜかたどり着くエンドはメリーバッドエンドだけだった。フィクションならメリバもおいし(略)。
トゥルーエンドが隠されているんじゃないかと、なんどもなんどもプレイしたけど、条件が難しすぎるのかは見たことがなかった。え、まさかメリーバッドエンドがまさかのハッピーエンド扱いなの? と悩んでいるうちに、交通事故で前世をリタイヤした。
そんなあれこれを入学式に思い出した美穂は、式そっちのけで考え続ける。
最推しは、ヤンデレ。
現実のヤンデレは、怖い。
重い愛はフィクションだからおいしいのだ。
よし、他のキャラを攻略しよう。そう結論づけるのは自然だった。
美穂は翌日から他のキャラクターを攻略すべく、校内を巡った。
——誰にも会えなかった。
おかしい。そう思って、よく調査してみたら。
攻略対象①:桜庭一博。
一年先輩の生徒会長。
……中学生のころから、お互い信頼しあっている様子の溺愛彼女がいた。
攻略対象②:梅田琉馬。
不良枠の同級生。
……グレてなかった上に、同い年だけど姉さん女房的な彼女がいた。
攻略対象③:梨本満。
来年入学予定の小悪魔系後輩。
……同い年の彼女がいる上に、頼れる彼氏になっていた。
なんとなく、彼女たちは転生者かなとは思ったけれど、攻略対象たちが幸せな顔をしていたから、追求することはやめておいた。そもそも美穂に略奪愛の趣味はない。
そうなると、美穂に残された選択肢は一つ。
「勉強しよう。あと運動も」
ノーマルエンドだけ。
ヤンデレには関わらない。学生の本分として勉強も運動も頑張ってただの優秀な生徒を目指すのだ。
問題は、ヤンデレが幼馴染ということだけど……。まあ、恋愛イベントを起こさなきゃ問題ないよね?
「美穂ちゃん、一緒に帰ろ?」
心地よいテノールの声が美穂を誘う。
しかし、美穂にはその美しい声が死刑宣告に聞こえた。ギギギ、と油の差していない機械のようにぎこちなく振り返る。
残念ながら予想した通り、美穂よりも頭二つ分ほど背の大きい美男子が立っていた。
藤の花のような淡い紫色の髪の毛がふわふわとカールしている。ダークグレーの少し垂れた目元が、妙に色っぽいのだとクラスの女子が話していた。
——藤城叶斗。
さっき関わらないと誓ったばかりのヤンデレが立っていた。
「ごめん、ちょっと用事が」「大丈夫、待つよ」
「うぐっ」
イケメンがイケメンオーラをぶつけてくる。笑顔で放たれたそれはもはや凶器だ。
しかもちょっと被せ気味に言われた。どういうことだ。実は入学式の帰りからすでに毎日一緒に帰っている……。
入学式はしょうがない。隣同士だし、親も一緒だったし。
次の日からは美穂が校舎内を色々歩き回っていても、なぜか見つかって一緒に帰ることになるのだ。
ゲームではまだ一緒に帰るほど好感度は上がっていない時期なのに。
「じゃあ図書室寄ってから帰ろ。予約本取りに行くから」
前世から本は好きだった。ゲームの世界に転生したけど、なぜか図書室の本は見知った作品ばかりだった。現実世界を模しているからだろうか? その割には頭と目の色はファンタジーだけど。
ともかく、前世で読み続けていた作家さんの本が読めるのは素直に嬉しい。
叶斗と一緒に図書室へ向かうことにした。
「はい、返却期限は二週間後です」
カウンターで予約していた本を受け取る。好きな作家さんの新刊だ。両手で思わず抱きかかえた。
「美穂ちゃん、その作家さん好きだね」
隣に立っていた叶斗が、美穂が抱きかかえた本を覗き込む。
「大好き! この作家さんはね、ヒーローがとってもかっこいいの。いつもヒロインのことを考えて、時には厳しいことを言うけどちゃんと愛が見える……キュンとしちゃうよねぇ」
今まで読んだ本の内容を思い出しながら答えた。美穂が話すのを、叶斗は笑顔で聞いている。笑顔が優しい。ヤンデレでなければ、もうこの場で告白しそうだ。
「本、重いでしょ。ほら、鞄ごと貸して」
借りた本をしまった鞄ごと取られてしまった。
いいよ、と言っても小五の時に、本が重くて転んだ話を持ち出されて返してくれなかった。そんな昔のことを持ち出すなんて!
そのまま叶斗が歩き出してしまったので、美穂も慌てて後を追う。
隣に並ぶと足が長い叶斗の歩幅が少し小さくなることに、美穂は気がついていた。見上げると、叶斗と視線が合う。嬉しそうに微笑まれて、顔が赤くなるのを自覚した。
本当に、困るのだ。




