25話 藤城叶斗の場合4
二学期が始まった。
「叶斗、おはよう!」
朝、玄関前で待つ叶斗の顔を見ると、嬉しそうに笑うようになった。
「叶斗、これ半分こしよ!」
昼休み、美穂が大好きなパンを半分差し出してくれた。中庭のベンチに座ると、当然のように隣に座る。腕が触れ合うほど近くて、美穂の顔を見つめると照れたように笑った。
「かーなと、帰ろ?」
美穂のクラスのホームルームが早く終わっても待ってくれるようになった。一学期は美穂のクラスが早く終わると、逃げるように帰ってしまっていたからとても嬉しい。叶斗の笑う顔を見て、美穂が楽しそうに目を細めるのが好きだった。
帰りは手を繋ぐようになった。この間、美穂が何もないところで転びそうになったから、これ幸いと口実にした。
美穂は恥ずかしがるけど、結局繋いだ手を握り返してくれるのだ。
叶斗はそれが嬉しくて笑顔になる。そうすると、美穂も一緒に笑ってくれるのだ。
たまによくわからないタイミングで固まることがあるけど、美穂は逃げなくなった。
※
「叶斗くん、ちょっといいかしら?」
ある日、見覚えのない女子が声をかけてきた。襟元につけられたリボンの色が違う。上級生のようだ。
初対面のはずなのに、名前を呼んでくる馴れ馴れしさにイラッとする。
「あなたの彼女のことで、ちょっとお話があるんだけど……」
彼女。
そう言われて一瞬呆ける。常に一緒にいるのは美穂だけだ。つまり、彼女とは美穂のことか。
「美穂ちゃんがなにか?」
訝しりながらも用件を聞こうと思ったのは、他でもない美穂のことだからだ。
「ここでは話せないわ。体育館裏に来てくれる?」
人けが無い場所への誘導に、ますます不信感が募る。
行きたくない、と思ったが美穂の名前を出されるとどうしても気になってしまう。
冤罪回避のため、スマホの録音をオンにしながら名前も知らない先輩の後をついていった。
先輩の名前は火村夏希といった。
人けが無い場所へ移動したのは美穂のためなのだという。
「ねえ、彼女なのに叶斗くんに怯えていること、あるでしょう? 理由、知りたくない?」
まだ付き合っていない、という悲しい事実は黙っておいた。
美穂の側には常に叶斗がいる。クラスが違うから完全にとはいかないが、それでも叶斗が名前も知らなかった火村が、美穂の事情を知っている方が気になった。
「このままじゃあの子、逃げちゃうわよ?」
そう念押しされて、避けられていた期間のことを思い出す。
あの頃に接触があったのなら、確かに叶斗には知るすべがない。
叶斗はもう、美穂が目の前からいなくなるようなことは避けたかった。
「わかりました。条件は?」
「話が早くて助かるわ。
私、付き合ってもない人に付きまとわれてるのよね。諦めてもらうために、彼氏のふりをしてちょうだい」
「え、ヤダ」
反射的に拒否してしまった。しまった、火村のこめかみに青筋が立っている。
「じゃあ、彼女、いなくなっていいのね?」
明らかに苛ついている声だ。
「それは、もっとイヤです……」
「じゃあ、今日から付き合ってね」
付き合うなら美穂がいいのに。
言質を取ったとばかりに火村が口を歪ませた。美穂のかわいい笑顔とは比べものにならないな、と叶斗は思った。
※
「美穂ちゃん、ごめん。今日は一緒に帰れない」
自分から美穂に一緒に帰れないことを伝えるのは悲しい。
「珍しいね。なんか用事? わたし、待つよ」
美穂が言ってくれた言葉が嬉しくて、誘惑に負けそうになる。
「いい! 先に帰ってて」
誘惑を振り切って、発した言葉は思いの外強くなって、美穂がとても驚いた顔をしている。
傷つけた? そんな顔をさせたことにまた悲しくなって、美穂の顔を見れなくなった。
「美穂ちゃん、ごめん」
ひと言だけ謝って、その場から走り去った。こんなに辛いのに、火村の言葉に従わざるを得ない自分が嫌になった。
翌日、いつもより早めに家を出た。昨夜、火村からライムに『家に迎えに来てほしくなかったら、早く学校に来てね』と送られてきたからだ。
美穂に誤解されたくなかった。ましてや親に見られて親同士の会話で美穂に伝わりでもしたら目も当てられない。
火村にはしょっちゅうライムで呼び出された。うんざりして断ろうとするタイミングで『桃園さんのことはもういいの?』と脅しをかけてくる。叶斗にはもう引き際がわからなくなっていた。
「桃園さんは、叶斗くんが嫌になってしまったなんて贅沢ね」
「叶斗くんの優しさに気づかないなんで、桃園さんは見る目がないのね」
「桃園さんてば、クラスの男の子と楽しげに会話していたわよ。……叶斗くんには怯えるのにね」
会話の中で、心にちくりちくりととても小さな棘を刺された。
一つ一つは小さくても、数が多ければ苦痛は大きくなる。
もうこんな辛いことは終わりにしたかった。
「火村先輩、これいつまで続けるんですか?」
「……彼が諦めてくれるまで、よ」
尋ねても返ってくるのは『付き纏う男』が諦めるまでという答えだけだ。
しかし、叶斗は肝心のその男の姿を見たことがなかった。
男の存在を疑いつつも、結局火村に呼び出されて従ってしまう。
そろそろ合法的に美穂の情報を吐かせつつ、二度と火村が美穂と叶斗に近寄らない方法はないかと考え始めた時。
「叶斗!」
愛しい人の声が聞こえた。




