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26話 藤城叶斗の場合5 

「叶斗!」


 美穂の声がした方を向くと、肩で息をしている美穂がいた。


「美穂ちゃん?」


 叶斗の呟きに反応するように、火村が叶斗と美穂の間に立ち塞がった。


「今、叶斗くんは私と話すのに忙しいの。遠慮してくれる?」


 忙しくない。うるさくてうんざりしていたのに。


「こんにちは、先輩。

 わたし、叶斗と話したいことがあるので、連れて行きます」


 美穂には珍しく、強気な態度だった。


「俺……」「叶斗くん、私が言ったこと覚えてる?」


 叶斗の言葉を遮るように、火村が声をかけた。


「今、あの子についていったら、今までの努力全部無駄になるわよ」


 思わず顔を歪めた。美穂のことが知りたくて火村に従っているのに、美穂と一緒にいられないなんて。

 こちらを見ていた美穂まで、顔を歪めた。


「じゃあ、この場で言います。

 叶斗。わたし叶斗が先輩と一緒にいるの嫌なんだけど」


「え?」


 美穂の言葉の意味を理解できなかった。これでは、まるで。


「わたし、叶斗が好き。叶斗がわたし以外の人と仲良くしてるのなんて見たくない。

 叶斗にとって、わたしはただの幼馴染かもしれないけど、わたしはもう幼馴染だけじゃ嫌なの!」


 隣で火村が驚いた顔をしている。「は? 幼馴染?」と呟いていた。

 でも、そんなことはどうだっていい。

 美穂の言葉だけに集中した。


「手を繋ぐのも、頭を撫でるのも、叶斗じゃなきゃ嫌! 隣にいるのはわたしだけがいいの!」


「美穂ちゃん!」


 気づいたら、火村の横をすり抜けて駆けていた。

 そのままの勢いで、美穂の身体を抱きしめる。美穂が呻いていたが、それに気を遣う余裕はなかった。


「美穂ちゃん、美穂ちゃん……」


 現実かどうかを確かめたくて、腕に力を入れる。確かな体温がそこにはあった。

 美穂が叶斗の背に手を回してきた。もう一度だけ、ぎゅっと力を込める。そろそろと力を緩めて美穂の顔を覗き込む。

 潤んだ瞳が、真っ赤な頬がそこにあった。


「俺も、ずっと美穂ちゃんが好きだったよ。美穂ちゃんが思ってくれたように、手を繋ぐのも頭を撫でるのも、隣にいるのも美穂ちゃんがいい……」


 キスしたいな、と思った。

 涙の溜まった目尻に、赤く色づく頬に、丸くて少し狭い額に、少し開いた唇に。

 そのまま顔を近づけ——


「二人の世界作るな——!!」


 邪魔が入った。

 すっかり火村の存在を忘れていた。


「なんなのよ?! 付き合ってなかったとか意味わかんない!」


 とてもご立腹だった。


「私、これじゃただの当て馬じゃない!」


 叶斗は笑った。薄々感じていたけど、やはり美穂との仲を邪魔したかっただけなのか。


「そもそも、先輩が協力するって言ったじゃないですか」


「え?」


 美穂が驚いている。叶斗がかいつまんで説明をすると、美穂はあんなに赤かったのに、顔から血の気が引いてしまった。


「もう! 叶斗くんは全然靡かないし、当て馬にされるし、面白くない!!」


 まだ火村がギャーギャー騒ぎ立てている。うるさいことこの上ないが、確かに。

 火村は立派な当て馬だった。


「当て馬だなんて。恋のキューピッド、ありがとうございます」


 嫌味を込めて叶斗が火村にお礼を言った。

 火村は失敗したのがよほど悔しかったのだろう。鬼の形相でこちらを睨んでから、足音荒く去っていった。


「叶斗、ごめんなさい。わたしのせいだね……」


 火村が去った後、美穂が悲しそうな顔で叶斗に告げた。


「いいよ。俺ももっと美穂ちゃんに伝えればよかったんだ」


 美穂が怯える隙を与えないくらい、もっと伝えればよかった。

 恋愛方面に絶望的ににぶい美穂なのだから、わかってくれるまで言えばよかった。


「叶斗は悪くないの。叶斗の隣がすごく居心地よくて、何かを変えたらその場所はなくなってしまうんじゃないかって。勝手に怯えたわたしのせい」


 叶斗が隣にいることを、美穂が肯定してくれた。感情に名前がつかなくても、美穂は叶斗を選んでくれていた。


「でも、叶斗と一緒にいられなくなって気づいたの。叶斗が頑張ってくれてたから、わたしは叶斗の隣で安心していられたんだなって」


 叶斗を真っ直ぐ見つめる美穂の瞳が綺麗だった。その瞳に叶斗が映っていることに、高揚を覚えた。


「叶斗、幼馴染だけじゃもう満足できないの。わたしの、彼氏になってほしい」


 美穂からの告白。

 夢のような言葉だ。嬉しい。口元が勝手に緩む。


「もちろん。嬉しい。俺も美穂ちゃんが大好きだよ。ずっと一緒にいてね」


 顔を寄せると、美穂が目を閉じる。この上なく幸せな気持ちで、美穂の唇にキスをした。

 柔らかい感触。応えてくれたのが嬉しい。

 そのまま顔の至る所にキスの雨を降らせる。ふふとくすぐったそうに美穂が笑う。


「叶斗、大好き」


 合間に囁かれた言葉に、幸せな気持ちになった。





 あの後、荷物を取りに教室へ戻ったら実和と綾音がまだ残っていた。

 美穂が二人に「付き合うことになりました」と報告している。

 二人はよかったねと口々に言いながら美穂を抱きしめていた。


 叶斗はその隙に、火村へライムでメッセージを送る。


『余計なことをしたら、わかりますよね?』


 音声データもつけた。

 既読がついた数日後、ライムの登録が削除されていた。これで少しは懲りるといい。





 秋の文化祭は二人で回った。

 自然に手をつなぐ。

 美穂は終始笑顔で、叶斗はすぐにキスしたくなるのを抑えるのが大変だった。

 美穂も叶斗もクラスTシャツを着ていた。仕方ないことだが、美穂と同じTシャツを身につけられる隣のクラスの男子が羨ましい。そう言ったら、美穂も同じことを思っていたという。同じ重さの思いが返されることが、こんなにも嬉しいことを叶斗は初めて知った。


「叶斗、一緒にいてくれてありがとう」


 美穂は何気ないことでも感謝をしてくれる。


「叶斗、大好きだよ」


 たくさんの言葉をくれた。叶斗がしてくれて嬉しかったことを返しているだけだと、美穂は言った。


 叶斗はもう不安を感じなかった。


最後までお読みいただきありがとうございました!


少しでも面白いと思っていただけたら、評価、ブックマークで応援していただけると嬉しいです。


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