22話 藤城叶斗の場合1
桃園家が隣に越してきたのは、叶斗が産まれる少し前のことだったらしい。
偶然同い年の子が産まれる予定の母親同士、すぐに意気投合したそうだ。
叶斗が覚えている古い記憶には、いつも美穂がいた。
素朴な顔の美穂はいつもにこにこ笑っていて、それがとてもかわいらしい。
叶斗はかわいい美穂を独り占めしたくてたまらなかった。
けれど、なぜか周りは美穂を独り占めしようとすると怒ってくる。他のお友達とも仲良くしなさい! と言われてもどうしても納得できなかった。
結局、美穂が
「かなちゃん、だいすきだよ。みんなとあそぼ?」
と言ったことで落ち着いた。
叶斗はこの頃にはもう、美穂の隣はずっと自分だけのものだと思っていた。
「みほちゃん、しょうらいぼくのおよめさんになってね?」
「いいよー」
小さい頃の他愛ない約束。けれど、叶斗には絶対の未来になった。
叶斗は美穂の隣を奪われないように、細心の注意を払った。
登下校は常に一緒で、クラスが離れても休み時間にしょっちゅう顔を出した。
美穂の友達は、顔が良くて優しい風を装う叶斗のことを嫌がらなかった。むしろ、美穂と叶斗はセット扱いされていたフシすらある。
常に叶斗と一緒にいる美穂に嫌がらせをしようとした女子もいるにはいるらしい。
しかし、叶斗に近づくなと言おうとした女子は逆に
「叶斗と友達になりたいの? 大丈夫! 叶斗怖くないよ。一緒に遊ぼう!」
と言われて、あれよあれよと言う間に一緒に遊ぶことになるのだ。毒気を抜かれるうちに、美穂の分け隔てない優しさに絆されていく。
美穂は相当な人たらしだった。
そんな話を、かつて美穂に嫌がらせしようとしていた女子が告白するのだ、叶斗に。
そして、最後に「あれは手強いね。頑張れ」とエールを送られる。
叶斗は複雑な気分になった。
※
高校は当然同じ高校の同じ学科に進学した。
中学の時と比べて、バイトもできるし遠出ができるなら遊園地なども二人で行けるかもしれない。
ますます楽しい日々を過ごせそうだった。
「あ、えと、今日は無理かな……」
目を逸らして、美穂が一緒に帰ろうと言ったのを断ってくる。
入学式から様子がおかしかった。
まず目が合わなくなった。
いつもなら叶斗を見つけると花開くように笑ってくれるのに、引きつったような笑い方になった。
叶斗の家に遊びに来なくなったし、遊びに行ってもそわそわと落ち着かない。
それなのに、他の人に対してはいつもと同じ笑顔を見せるのだ。
理由がわからない。苦しくて悲しい。
そばにいるのに遠い。
でも、そばにいないともっと苦しいのだ。
叶斗にとって地獄のような日が続いた。
「なに賭ける? お菓子?」
いつものように口実をつけて、逃げようとする美穂から強引に一緒に過ごす約束を取り付けた。
びくびくしながらも、一緒に過ごしてくれるのが、嬉しい。そして、悲しい。
ゲームをする時はお菓子を掛けることが多いけど、叶斗はもう掛けるものを決めていた。
「俺、お菓子じゃなくて、質問がいいな」
「質問?」
「そ。俺が勝ったら、美穂ちゃんに何でも聞いていいの」
「いまさら、なにか聞きたいことあるの?」
首を傾げる美穂に、叶斗は俺にとってはとても大事なことなんだよ、と心の中で答える。
パズルゲームは、叶斗はかなりの手加減をしていた。いつも負けてしまう美穂が悲しそうな顔をするので、だんだんとバレないように手加減をすることを覚えた。美穂はきっと互角になっていると信じている。
「負けた!」
「勝ったね」
じわりじわりと叶斗に勝敗が上がるように調整して勝った。気づいていない美穂は本気で悔しがっている。
「なに聞きたいの? 本当にお菓子じゃなくていいの?」
「うん、美穂ちゃん食べていいよ」
少し高めのお菓子は叶斗が好きなチョコレートだった。ささいな気遣いに心が温かくなる。
だからこそ、苦しくなるのだ。
「え」
手を握った。叶斗よりも細くて小さい手。
そのまま引っ張るとあっけなく叶斗の方へ倒れ込んでくる。遠慮なく腕の中に閉じ込めた。
「ねえ、美穂ちゃん」
「ちょ」
反射的に力を入れた美穂を、逃さないように腕の力を強くする。
「なんで、俺のこと避けようとするの?」
美穂が叶斗を見上げた。
まんまるに見開いた目がかわいかった。
「叶斗……?」
「俺、なんかした?」
きっと叶斗は情けない顔をしているんだろう。それでも、これ以上苦しい思いをするのは嫌だった。
「いつもは怒っても理由を教えてくれるのに。ちゃんとごめんねって言わせてくれるチャンス、くれるのに」
親指で、美穂の手の甲を撫でる。滑らかな肌だった。
「高校に入学してから、様子おかしいよ? 俺のこと、嫌いになったの?」
なにか原因があればいい。叶斗が変えられるのなら、美穂の好きなように変えてもいいのだ。
「違うよ!」
美穂が力強く告げた。すぐに眉尻を下げて、視線をそらす。
「ごめん、ちょっと事情があって」
教えてはもらえないようだ。まさか……。
「事情って、なに?
……好きな人でもできた?」
声が低くなったのが自分でもわかる。
余計なものは近寄れないようにしていたのに、いつの間に。
「え、できてないよ?!」
予想に反して、美穂はびっくりした顔をしていた。
「あ、ごめん。大きな声出して」
慌てて謝ってくれる。
「それは、いいけど。本当にいない?」
つい疑り深く聞いてしまうと、笑われた。久しぶりの、いつもの笑顔。
「でも、そうか。好きな人かぁ……。彼氏、できるかな?」
「え」
いつもの笑顔が見られたと思ったのに爆弾を落とされた。
「美穂ちゃんって、悪魔だよね……」
思わずそう呟いたら、意味がわからないという顔で首を傾げられた。
叶斗の悩みはまだまだ尽きなさそうだ。




