20話 緑川由真の場合3
自分の恋心に気づいてしまった日から、由真は満とは距離を置くようになった。
よくよく考えれば、高校生の精神が入っているのに小学生に恋をするなんてどうかしている。
由真は、もう満のそばにいてはいけないと思った。
六年生のときは、クラスが離れたのをいいことに、遠くから見つめるまでに留めた。
ずっと一緒に過ごしていた分、寂しさが募ってこっそりと泣く日もあるけど、きっと時間が解決してくれると思っていた。
しかし中学校に進学しても、結局寂しくて泣く日は減ることがなかった。
満の周りには、いつも女の子がいるようになった。小学生の時と同じ、満のお顔が大好きな、近寄る女の子に牽制するタイプの女の子たち。
そういえば、五年生の時の女の子たちは持ち上がりなのに、今は満の近くには近寄りもしない。まるで避けているかのようだった。
疑問に思ったものの、結局は似たような女の子が満の周りを取り巻いている。
満がそれでよいと思っているのなら、由真に口を出す権利はないのだ。
※
放課後、教師に手伝いを頼まれ、下校が遅くなった。荷物を回収し、くつ箱へ移動する。
途中の空き教室の扉が珍しく空いているので覗き込む。
「っ!?」
満と女の子がいた。
満は笑っていた。
ゲームの中で見たスチル。
なにかを諦めたような、悲しい笑顔。
「みーくん!!」
気づいたら叫んでいた。
二人が驚いて、由真の方を見る。由真はそれに構わず、満に近づいて腕をつかんだ。
「みーくんは、連れていくから」
有無を言わぬよう女の子を睨みつけて、満の腕を引っ張る。満は抵抗することなく立ち上がったので、これ幸いと教室を出た。
一度満の教室に戻り、満の荷物を回収すると、そのまま空き教室とは反対の方向に歩き出した。
この間、由真と満はひと言も喋らない。抵抗もしなかった。
別の空き教室に入ると、由真はやっと満の顔を見た。
満は、先ほどと同じ顔をしていた。
諦めたような、悲しい笑顔。
「なんで、そんな顔してるの」
満には笑っていてほしい。それは、こんな顔じゃないのに。
「わたしは、みーくんには笑っててほしかったのに……っ」
「じゃあなんで、僕を拒否したの?」
ぽつりと漏らされた言葉に目を見開く。
小五の時の話だろうか。
「僕が気づくと、いつも逃げていたの気づいてたよ。後ろ姿ばっかり見てた」
恋心を自覚したころ、感情を持て余して満と対峙できなかった。気配を感じたら、すぐに逃げ出していた。そのくせ、満の姿を見たくて遠くからこっそりと眺めていた。
「由真じゃなければ誰でもよかったんだ。適当に合わせてれば、なんか喜ぶし。笑ってさえいれば、誰も僕の気持ちなんて考えなかった」
女の子たちは満が誘う遊びは嫌がった。好きなのは、人の悪口となにかの自慢。そんなことを延々と話すこと。
満が語ったのは、由真のいない日々のこと。
由真が離れたあと、満の周りでそんなことを話していたのかと由真は悲しくなった。
「あの子たちはもう排除したけどね。もうウザかったし……ああ、手紙のこと、カマをかけたら簡単に引っかかったよ」
あの女の子たちは満のいう『穏便なお話』で逃げるように去っていったらしい。
それからは、似たような女の子が寄ってきたり去っていったりを繰り返していたそうだ。
「ね、由真の言うことを聞かないから、嫌いになった?」
満が由真の顔を両手で包み込む。その手が震えていた。
視線を合わせた先に、満の涙がこぼれ落ちそうな瞳があった。
「由真の言うことを、ちゃんと聞いたらまた一緒にいてくれる……?」
瞬きとともに涙が頬を伝う。
その姿を見て、由真まで涙があふれる。満に心配をかけたくなかっただけなのに、こんな悲しい顔をさせていたのは自分だった。
「みーくんのこと、嫌いになったことなんかないよ! 言うことなんか聞かなくても、これからは一緒にいる!」
「……なにしても、怒らない?」
涙に濡れた瞳に、少しの期待を乗せて満が確認してきた。
それに頷くと、満はホッとしたように息をついた。そして、優しく頬を包み込むだけだった手に力が入る。
え、と思う間に満の整った顔がゆっくり近づいてくる。
ちゅ、と音を立てて唇同士が触れ合った。
「由真、嬉しいよ。大好き」
由真はスチルを思い出した。由真が大好きだった、エンディングの満。
幸せそうな小悪魔の笑み。
「僕の彼女になってね。ずっと、一緒。……約束だよ?」
攻略するつもりがなかったのに、攻略してしまった。いや、攻略されたのは由真の方だ。
だって、もう満から逃れられそうになかったのだから。




