19話 緑川由真の場合2
由真は小学一年生になった。
緑川家では相変わらずお姫様だった。ただし、ドレスを着てサッカーをするようなタイプのお姫様。
満とはしょっちゅう家を行き来している。
幼児の頃、満の家にお邪魔したときは、思わず声を上げるほど驚いた。
動物たちが暮らすかわいらしい世界が広がっていたのだ。満の三人の姉たちがそれぞれ誕生日やクリスマスプレゼントでもらった結果、お店が開けそうなほどの量になったらしい。
上の兄弟が女の子だからか、おもちゃはかわいらしいものが多い。満も、そのたくさんのおもちゃで姉たちに遊び方を教わりながら育った。そのためか、不思議と由真の家で遊んだようないかにも男の子が好きそうなおもちゃは少なかった。
由真の家で遊んだあとから、誕生日やクリスマスに由真の家で遊んだようなおもちゃをリクエストして増えていったそうだ。
「みーくん、たたかいごっこする?」
由真の家に遊びに来た時に満に提案したら、驚かれた。
「だめだよ。悪いことだよ」
そう言って、満は由真のことを諭してくる。由真は必死な様子にピンときた。
「もしかして、アニマルファミリーでやろうとしたこと、ある?」
満の家にあった、かわいい動物の世界。あの動物たちは、微細な毛を植毛処理した繊細な作りだ。姉たちがとても大切に遊んだためか、何年も遊び続けていたはずなのに、痛みが少なくて驚いた記憶がある。案の定、満がこくりと頷いたのを見て由真は唸った。
「アニマルファミリーは怒られるよねぇ……。じゃあ、おにいからもらったヒーローの人形でやろ。これなら丈夫だよ」
由真は従兄弟からもらったソフビ製の人形を二体取り出した。何年も前の戦隊ものヒーローなので由真も直接は見たことがない。
しかし、たたかいごっこにヒーローの正確な名前など不要なのである。
二人は大いにたたかいごっこを楽しみ、満はまた新しい遊びを覚えたのだった。
由真が満にいろいろな遊びを教えていたら、満が男の子と遊ぶことが増えたのに気づいた。
今まで両親や姉たちから危ないと止められていた遊びも、由真は安全に遊ぶ方法を知っていた。由真が満や、ときには他の男の子たちに混ざって遊んでいるうちに、満も自然に男の子たちと遊ぶようになった。
前に、母同士が話しているのを聞いた。満の母は、『驚くくらい服が汚れるようになったけど、笑顔が増えた。悩ましい問題ね』と苦笑していた。
由真の母が泥汚れを落とすコツを伝授していた。……由真は、高校生の精神が入ってるはずなのに、泥だらけでごめんと心の中で母に謝った。
※
小学五年生になった。由真は最近周りに嫌な雰囲気が流れていることが気になっていた。
原因はわかっている。
由真が満と遊ぶことが気に入らない女子たちがいるのだ。
小学生でも高学年ともなると、誰が好きだの付き合っているだの色恋の話が出てくる。
そういう話が好きな女子たちは、お顔がとても整っている満が大好きなのだ。
そして、満より男の子らしい言動の由真が、隣にいるのがお気に召さないのである。
そんな女が満のことを『みーくん』と甘えたように呼び、満も優しく『由真』と呼ぶのだからなおさらだろう。
ちなみに、満の方はいつの間にかちゃん付けから呼び捨てに変わっていたのに、『みーくん』呼びは今さら変えどきがわからずそのままになってしまった。
「ん? うわぁ……」
ある日、お道具箱に手紙が入っていた。かわいらしい便せんに少しいびつな文字。
『満くんに近づかないで。呪う』
幼い脅迫状だった。従う気はないが、嫌な気持ちにはなる。犯人は大体の目星がつく。いつも聞こえるように嫌みを言う子たちがいるのだ。簡単に考えても、あの子たちの誰かだろうなと思った。
由真はこの呪物をどうしようか悩んでいると、あろうことか本人が覗き込んできた。
「由真、なにそ、れ……」
慌てて手紙をぐしゃぐしゃにするが、あとの祭り。
しっかり内容を見てしまったらしい。顔が少し青ざめているように見えた。
「気にしないで! 本当に、なんでもないからっ」
取り繕ってみるが、満の顔色は変わらない。目線が由真の手の中でぐしゃぐしゃにされた手紙から離れなかった。
「由真、それ貸して」
満の手が手紙に伸びてくる。由真は必死にその手から逃れる。満に心配をかけたくなかった。
「やだ! みーくんには関係ない!」
言い方を間違えたと気づいた時には遅かった。
満はわかりやすく傷ついた顔をしていた。そんな表情をさせたのは、由真自身だ。
「あ……、ごめ」
最後まで言い終わる前に、満は背を向けて駆け出してしまった。
伸ばそうとした手は、虚しく空を切る。
由真はその手を胸元に持っていき、ぎゅっと握った。
次の日から、満に避けられた。
由真を避けるようになると同時に、満は嫌みを言っていた女の子たちに話しかけられるまま、輪の中にいるようになった。
女の子たちは、いつも教室でおしゃべりしている印象があったが、それが満の席の周りに移動したかたちだ。
楽しそうに話す姿を見て、由真の心臓が痛くなる。
そして、気軽に満の肩に手を置く姿に、由真はわかりやすく動揺した。
「みーくんが誰と仲良くしててもいいじゃん、友達なんだから」
自分に言い聞かせるように呟く。途端、黒い感情が溢れかえる。
——違うでしょ、わたしだけのみーくんなんだから。
「——っ!?」
心に溢れた台詞に恐怖する。
紛れもない独占欲。醜い、感情。
「みーくんが、好き」
推しだから、じゃない。
小さい頃から一緒にいて、何度も手を繋いだ。満が笑顔になるのが嬉しくて、由真と遊ぶのが楽しいと言ってくれるのが幸せだった。
とっくに、友達以上の感情を持っていた。
推しが幸せになるのを、友達として隣にいるだけでいいと思っていたのに。
「わたし、そばにいちゃダメだ……」
涙とともにこぼれた言葉は、胸に深く突き刺さる刃のようだった。




