18話 緑川由真の場合1
緑川由真は、緑川家待望の女の子だった。
三代前まで遡っても、産まれる子供は男の子ばかり。そういう家系だと思われていたところに、由真が産まれた。
親戚中から溺愛され、幼い頃の由真は世界で一番かわいいのは自分だと本気で信じていた。
それが崩れたのは五歳の時。
母の友達が遊びに来た時だ。
初めて会った梨本満は、かわいかった。淡い水色の髪の毛に、同色のまつげ。まつげは目元に長い影を落としていた。瞳が深い青で、初めてその色に気づいた時は吸い込まれそうだ、と感想を抱いた。唇はつやつやだったし、ほんのり染まる頬は桜色。こじんまりとした顔に品よく並べられたパーツはまさにお人形さんのようだった。
由真は『女の子よりもかわいい男の子』という存在に衝撃を受け、チョモランマよりも高くなっていたプライドは脆くも崩れ去った。
満は声も喋り方もかわいらしかった。
あどけない様子で、由真に話しかける姿を見た大人たちは全員とろけそうな顔をしていた。
かわいい、かわいいと持て囃されるのは、由真だけだったのに、突然現れた満のことを由真は敵だと定めた。
翌日、由真は熱を出した。満をどう排除するか考えた末に知恵熱を出したのだ。
熱にうなされる中、由真は夢を見た。
白い壁、白いベッド。カーテンで区切られた狭い空間が由真の居場所だった。
由真は五歳だったのに、夢の中では高校生だと自覚していた。
ほんの一年前まで、普通の子たちと同じように制服を着て、毎日電車に揺られていた。多少身体が弱い自覚はあったが、それでも体育だって参加できていたのに。
病院のベッドではやることも少なくて、よくゲームをしていた。
『花咲く乙女』は舞台が高校だったから大いに感情移入して楽しめた。叶斗ルートは、甘々溺愛ルートだったはずなのに、監禁エンドになったのが怖くて一回しかプレイしなかった。
何回もプレイしたのは、梨本満ルートだ。小悪魔な後輩くんがかわいいと思っていた。
……梨本満?
あれ?
満?!
はっと目を覚ます。
まだ暗かった。けれど、心臓がパジャマの上から触ってわかるほどの鼓動を刻んでいる。もう一度眠ることはできそうにない。
由真は自分の手を見た。開いたり閉じたりしてみる。次に、頬をつねってみる。……痛い。
夢ではない。
では、あちらがリアルな夢だったのだろうか? ……違う。あれも現実だ。起きた今も、頭の中には記憶があふれてくる。
由真は確信を持って、心の中で断言する。
——あれは前世の記憶だ。
由真は大声をあげて泣き出した。家族が飛び起き、慰め続けても泣き止むことができない。
大好きな家族に申し訳なくて、「ごめんなさい」と言い続けながら。
結局、解熱するのに三日かかった。
熱が下がった頃、由真はやっと回るようになった頭で考えた。
「ゲーム世界に転生なんて最高じゃん! 満と友達になろ!」
前世で満は最推しだった。敵じゃない。
それどころか、憧れの芸能人と仲良くなれるチャンスをもらえた感まである。
由真が満を攻略することは考えなかった。
なぜなら満の攻略は、満が小悪魔を演じているのに気づいて、『どんな満くんでも大丈夫だよ』と年上の包容力を見せる展開が魅力だ。
由真は、前世の記憶を思い出したって、そんな包容力を出せる気がしなかった。なぜなら、高校生だった前世で六歳の甥っ子と全力で楽しく遊び、『あんたたちの精神年齢は同じだね』と言われたことがあるからだ。
性格的に満の唯一になれないなら、せめて仲良くなりたいと思ったのだ。
「ママ、みーくんと遊びたい」
由真は元気になってすぐ、母におねだりした。『みーくん』と呼んだのは、幼児には滑舌が難しくて『みちゅりゅくん』になってしまうのを隠すためだ。
母は由真が満のことをよっぽど気に入ったのだと思ったのだろう。
すぐに満の母に連絡し、次に会う日程を決めてくれた。
※
「みーくん、遊ぼ!」
「うん」
今日もかわいい顔立ちに似合う、かわいいお洋服を着た満がおっとりと返事をした。
由真は満の手を取り、リビングのおもちゃコーナーへと案内する。
前回満が遊びに来た時は、お人形やおままごとセットが多かったが、今回はラインナップが一掃している。
踏むと死ぬほど痛い細かいブロックや、マグネットが内蔵された立体パズル、ピタゴラスイッチのようなボールを転がすコースが作れるおもちゃ。
どれも前世で甥っ子が大好きだったおもちゃばかりだ。きっと満も気に入るに違いない。
ちなみに買ったのではなく、閉まってあった現世の従兄弟たちのお下がりだ。前世で高校生だった由真も甥っ子と一緒に遊ぶのが楽しかったものを厳選した。
両親にお願いして、物置に閉まってあったおもちゃたちを出してもらった。
「すごい……」
満がおもちゃを見て、目をキラキラとさせていた。その顔を見られただけで、由真は幸せな気持ちになった。
「みーくん、これ楽しいよ! こっちに騎士しゃまのお人形もあるの!」
……幼児の滑舌が悔しい。しかし、満は気づかなかったようで、ブロックの箱に手を突っ込み始めた。ガチャガチャと物色しては欲しいパーツを外へ出していく。
由真はそれを手伝いつつ一緒に遊ぶ。
隣で満が集中しているのがよくわかった。
「あら〜、満。すごいの作ったわねぇ」
満と由真が遊び始めてしばらく経った頃、満の母がおもちゃコーナーを覗き込むと満に声をかけた。
満は城のようなものに、剣や車などブロックでいろいろ作り出していた。
由真はその横でお花の形のブロックをいくつも作り、満の城を飾っていた。
満の外見は女の子のようにかわいいが、制作物を見ると年相応の男の子なのがよくわかる。
「ママ、これ楽しい」
作ったものを両手で掲げて自分の母に見せている満の頬はピンク色に上気している。
とても楽しんでもらえたようだ。
「満、そろそろ帰る時間だよ」
満が作品を一つ一つ紹介し、満の母が褒める。
そして、最後におしまいの時間であることを告げた。
「え、えー。やだ!」
片付けを促されると、満は拒否の言葉とともにがんばって作ったお城に抱きつく。
ぷくーっと膨れた頬が愛おしい。由真は心にその顔を焼き付けた。
「みーくん、これね、お片付けしたら次はもっとすごいの作れるよ?」
由真は満の顔を覗き込んで、声をかける。
まだ膨れていたが、『もっとすごいの』が気になったようで由真の顔を見あげた。
リアル上目遣い。
由真は一瞬昇天しそうになった。なんとか意識をつなぎ止めると、小指を伸ばした手を差し出す。
「もっとすごいの作る、約束しよ」
そう言うと、満がおずおずと由真の小指に自分の小指を絡めた。
それを確認した由真は思い切り腕を振り、はりせんぼんの歌を歌う。
「ゆびきりげんまん うそついたら はりせんぼんのーます!
ゆびきった!」
指を離すと、満はケラケラと笑った。無事に気持ちの切り替えもできたようだ。
お見送りの時も笑顔で別れることができそうだ。
「じゃあまたね」
母同士が挨拶をしている横で、由真も挨拶をする。
「由真ちゃん」
満が近づいてきた。タッチでもするのかな、と思い、準備した手は空振った。
ちゅ。
頬にキスをされた。
「約束、ぜったいだよ」
ゲームのスチルを思い出す。小悪魔の笑み。
「あ、こら! ごめんね〜、お姉ちゃんたちにもよくやってるのよ」
満の母が謝っているが、由真の耳には入らない。ただただ熱くなっていく頬と、満の笑顔しか見えていなかった。




