16話 青井加奈の場合3
ある日、琉馬とお母さんが二人で加奈の家に来ていた。
加奈は、琉馬が来ることを聞いていなかったので驚きながら、琉馬のハグを受け入れる。
「青井さん、何から何まで本当にありがとうございます」
「なんとかなったの?」
「はい」
母親同士の会話が気になって、琉馬をトランプに誘導しつつ、近くで聞き耳を立ててしまう。
琉馬のお父さんは、任意保険に入っていない高齢者の車に轢かれたことは前に聞いていた。
幸い、自賠責は入っていたそうだが、琉馬の母親は、夫を亡くした深い悲しみと生活に追われ、その請求手続きまで手が回らなかった。
遺族年金などが入ってきても、それだけで生活することはできないし、職場は人手不足でなかなか休みも取ることができない。
琉馬を学童に預けたくても、ここらへんの地域は低学年優先だし、親が迎えに行かなければならない。
遅番だとその時間には間に合わず断念するしかなかったそうだ。
加奈の母親は、少しずつそういう事情を聞き出し、必要な支援をしていたらしい。
それで、先日やっと自賠責の被害者請求をした保険金が入金されたのだそうだ。
「これで、落ち着いて転職先を探せます」
今の職場は辞めるそうだ。琉馬の母親は自身の夫が亡くなる少し前に、ケアマネジャーの資格を取得していたらしい。けれど、今の職場はケアマネの仕事はあっても資格手当がなく、夜勤もできないため給与が低い。
しかし、日々ギリギリの生活の中生きているので、転職先を探す暇も気力もなく過ごしていたそうだ。
琉馬の春休み期間は今までの埋め合わせとして親子時間を取り、それから日勤のみの仕事を探すそうだ。
そう笑顔で話す琉馬の母親は、少し頬がふっくらとしていた。
加奈は琉馬を見る。
神経衰弱をする琉馬はもう年齢相応の話し方だし、身体もすごい勢いで成長している。
笑顔でペアを見つけたと喜ぶ琉馬は、ゲームのように悲しい目をしていない。
加奈はそれだけでよかったと思えた。
※
加奈は花咲高校に進学した。ゲームの舞台となる高校で、琉馬の運命を見届けるつもりだった。
それが、琉馬の過去を変えた加奈の責任だからだ。主人公は変わった琉馬を見つけてくれるだろうか?
『今日買い物付き合って』
加奈のスマホにライムが届く。琉馬からだった。
琉馬は中学へ進学すると、正式に母親からキッチンに立つ許可をもらい、梅田家の料理担当になった。
レンジだけでなく、ガスコンロもトースターも使いこなすようになった琉馬の料理は、加奈の腕をとっくに超えてプロ並みともいえる腕前になっていた。
一人で留守番ができるような年齢になっても、琉馬は加奈と一緒に過ごしたがった。
加奈も、琉馬と一緒に買い物をしたり、料理をするのはとても楽しい。
しょっちゅう抱きつかれたり、スキンシップが多いのは少し恥ずかしかったけど。
琉馬は中学生になってすぐの頃にはもう加奈の身長を追い越してしまっていた。
その体格でふざけて加奈を押し倒してくるのだ。本当に大型犬のようだな、といつも加奈は笑ってしまう。
そうすると、琉馬はなんとも形容しがたい不思議な表情を浮かべるのだ。
「かわいいから大丈夫だよ」
「……かわいくない」
このやりとりまでセットになっている。
加奈は琉馬のライムに了承の返事をし、スマホをしまう。
加奈が琉馬と過ごせるのはあと少しだ。
最後の瞬間まで大事にしたいと思った。
※
琉馬と買い物に行き、そのまま琉馬の家で一緒にキッチンに立つ。
加奈はそっと琉馬の顔を仰ぎ見た。
加奈よりも頭一つ分背が大きくて、腕なんか加奈よりも一回り以上太い。
少し日焼けした手で規則正しく包丁を動かし、野菜を細切りしていた。
「加奈、なに?」
見つめすぎていたらしい。包丁を動かす手を止めて、琉馬が首を傾げた。
「いや、大きくなったなぁって思って」
しみじみ言うと、なにそれ、と琉馬が笑う。
「高校、楽しみだねぇ」
無理やり話題を変えた。加奈が琉馬とこうして並んで料理を作るのもあと少し。
「琉馬も高校生になったら彼女とかできるのかな?」
主人公が、隣に並ぶのだろうか?
「は?」
ずいぶんと低い声が聞こえた。横を見ると、睨みつけるような目。そんな視線を向けられたことがなくて、ドキリとした。
琉馬は包丁を手早く洗い、一度しまう。そして、加奈の手を引きダイニングテーブルに座らせた。
「どういうこと?」
「え、いや、ほら……琉馬、かっこよくなったじゃない? 実際、琉馬と歩いてると見てる女の子多いよね。
でも、彼女できたらこうして一緒にご飯作るのもおしまいにしなきゃ、っていろいろ考えちゃって」
「加奈がずっと一緒にいるんだろ?」
琉馬は一瞬嬉しそうな顔をした。しかし、話を続けると聞いている琉馬の顔は曇り、最後は露骨に機嫌が悪い顔になっていた。
加奈の話を聞き終わると、機嫌が悪い顔のまま、呟いた。
「最後まで責任持つって、言ったじゃん」
「な、なんのはな……あっ!」
そういえば、言った。初めて琉馬を連れ帰った日、母親に怒られながら反論した。
あわあわしていると、追い打ちまできた。
「俺のこと、大好きなんでしょ?」
母親の手紙だ。
言い訳に使われた内容が、琉馬の中でずっと残っていたのか。
「それとも、嫌い?」
「そんなわけない!」
少し悲しそうに言われた言葉には即座に反論していた。
好きに決まっている。前世から、ずっと好きだった。
けれど、琉馬には主人公がいる。
今、琉馬に加奈を選ばせてしまったら、琉馬は……。
「あれ?」
琉馬は、加奈が救った。苦しい環境に置かれていた琉馬を放っておくことができずに、環境を変えようと手を出した。
主人公が現れても、琉馬は救われることなどない。ただの大型犬みたいなかわいい男の子だ。
……主人公、攻略すること残ってる?
「私、琉馬の隣にいてもいいのかな?」
琉馬を救うのに必死になって気づかなかったが、攻略イベントに必要なエピソードのほとんどを潰している。
もう主人公の役割は残っていない。それなら、一緒にいても問題ない……?
「俺は加奈のことが好き。加奈も、俺のこと好きでしょ? なにか問題あるの?」
明確に、琉馬に好きと言われたのは初めてだった。顔が赤くなるのがわかる。熱い。
「ちゃんとアピールしてんのに、大型犬扱いするし、彼女できるかなんて言われて悲しかったよ」
「ご、ごめん」
今までのことを思い出したら、さらに顔が熱くなった。攻略対象だから、主人公以外を好きにならないのだと思い込んでいたのだ。
琉馬の顔を見る。
ちゃんと、熱のこもった目で見られていた。
あ、キスしたい。
そう考えたら、すぐに行動に移してしまった。
軽く触れるだけのキス。離れたら、琉馬が驚いた顔をして、一瞬で真っ赤になっていた。かわいい。
「かわいい」
「も、加奈が言うならいいよ……」
琉馬が両手で顔を覆い隠してしまう。耳まで真っ赤になっていた。
それがまたかわいくて、頭を撫でる。
加奈は、主人公に琉馬のことは渡さないと誓った。
琉馬の一生は、加奈が責任を持つと決めたのだから。




