15話 青井加奈の場合2
青井家に琉馬の姿が加わって数か月が過ぎた。
まだまだ細いけど、出会った頃よりも表情が多くなり、普通の子供のようになっていた。
「加奈、遊ぼ」
「宿題、先だよ」
家に帰るなり、ゲーム機を取り出した琉馬をたしなめる。
兄までいそいそコントローラーを準備している。加奈はテレビの前に立ち塞がって、腰に手を当てた。
「しゅ く だ い」
「お前は母さんかよ」
兄が加奈に文句を言う。加奈は琉馬に対して責任がある。口うるさくなるのは仕方ない。兄には年長者としてお手本になってほしいものだ。
「宿題やる」
「うん、偉いね」
ちゃんとゲーム機をしまってランドセルからプリントを出してきた琉馬の頭を撫でた。
琉馬は気持ちよさそうに目を閉じた。……犬みたい。
琉馬は同じ学校の一学年下だった。今までよく気付かなかったな、と思ったけど加奈たちの通う小学校は一学年三クラスある。知り合いでもなかったのだから、わかるわけがないのだ。
※
琉馬のお母さんは介護士だ。
一年前琉馬のお父さんが交通事故で亡くなってから、夜勤ができなくなり、パートに雇用形態を変更されたそうだ。
人手不足で朝は遅めだけど、夜も遅い『遅番』や学校がない土日でも容赦なくシフトが入れられてしまうのだという。
必然的にご飯は惣菜やレトルトに頼らざるを得ないらしい。
……琉馬が「お父さんのご飯は、おいしかった……」と遠い目をしていたので、他にも切実な事情があるかもしれない。
「琉馬、ご飯を作ろう!」
琉馬には、栄養のあるご飯が必要だ。
エプロンを身に着けて宣言した加奈に、琉馬は首を振った。
「お母さんが、包丁とか火は使っちゃだめって言った」
琉馬のお母さんの言う通りだ。子供だけで火や包丁は危ない。しかし、今は現代。文明の利器がある。
「じゃーん、レンジを使えば大丈夫!」
琉馬はきょとんとしていた。どうやら温める以外に使ったことはなさそうだ。
レンジはとても便利だ。温めるだけではなくて、ちゃんと調理もできる。
加奈も前世では必需品だった。
「まず、このお皿に卵を割って混ぜます。混ぜたら、ラップを敷いた平たいお皿に混ぜた卵を入れます。
上に、カット済み野菜の千切りキャベツ、塩コショウ、出汁の素少し、ベーコンを置きます。
あとはまたふわっとラップをかけてレンジでチン! たまごが固まればオッケーだよ」
「チン?」
「……あたためだね。今、音楽だもんね」
加奈の前世、小さい頃は『チン!』とレンジが鳴ったりしたが、今のレンジは終われば短い音楽が鳴る。
世代がバレそうだ、と思ったがそういえば今の母親も『チン』と言っていた。
そのせいにしておこう。
——ピロリラ〜♪
「よし、お皿は熱いから気をつけてね。
こうやって、上のラップを取ったら、下のラップを持ち上げて、半分に折って……。
出来たら、上にソースとマヨネーズ、あれば鰹節や青のりを乗せてもおいしいよ。
さあ、出来上がり!」
お箸を出して、琉馬の前に置いた。
琉馬が上目遣いで、加奈を見つめてくる。
「食べていいの?」
「もちろん!」
そう言うと、いただきますと同時に琉馬が食べ始めた。無言で次々と口に放り込んでいく。
どうやら気に入ってもらえたようだ。
「……ごちそうさま!」
ぺろりと一皿分平らげた琉馬は悲しそうに綺麗になった皿を見つめている。
「おいしかった?」
「おいしかった!」
問いかけるとすぐに答えが返ってきた。
目をキラキラとさせて、レンジでご飯が作れるとは思わなかったと続けてくる。
「琉馬、こういうレンジで作れるご飯いっぱいあるよ」
「ホントに?!」
「うん。こういうご飯、琉馬がお母さんに作ったら、喜ぶんじゃないかな?」
「え?」
琉馬は驚いていた。
当然だ。小学生三年生は保護者が用意してくれたご飯を食べることがほとんどだろう。
その年齢で、料理をするというのはよっぽど好きな子だけなのだ。
「オレでも、作れる?」
琉馬も不安そうな顔で聞いてきた。加奈はそれに力強く頷く。
琉馬が嬉しそうに笑った。この日から加奈は琉馬にいろいろなレンジ調理のレシピを伝授した。
後日、琉馬が作ったご飯を食べた琉馬のお母さんに感謝された。
息子が美味しいご飯を作ってくれて嬉しい、家に帰ったら温かいご飯ができてるなんて思わなかった、と。
「こんなにしっかりした子が、うちに来てくれたら嬉しいわー」
と言われたのは意味がわからなかった。まあ、いたずらっ子のように笑っていたのでなにかの冗談だったのかもしれない。
※
加奈は学校でも琉馬を見つけると、声をかけるようになった。
琉馬のクラスには、問題児がいる。
加奈は琉馬のことは自分が守らなければいけないと思っていた。
兄にも協力してもらった。
それぞれ長い休み時間のたびに、琉馬のクラスへ行く。そして、琉馬を外に連れ出すときには必ず問題児にも声をかけるのだ。
「こんにちは。琉馬から、よくあなたの話を聞いてるよ」
あくまでにこやかに。
……目まで笑えないのは仕方がない。
「琉馬と同じクラスなんだな! 一緒に遊ぼうぜ!」
兄は単純に弟分ができて嬉しいようで、琉馬と、そのクラスメイトたちという感じで丸ごと遊びに誘っていたけど。
兄は褒め上手だ。
加奈は問題児には隠しきれないトゲが出てしまうが、兄はどの子もよく褒める。
だんだんと問題児は兄に懐き、それに伴って問題行動が減ってきたらしい。
兄いわく、問題児の家は兄弟が多いらしい。
お母さんに構ってもらえない悲しさが問題行動に走らせたのだろうか?
加奈としては、人に八つ当たりする時点で簡単には同情できなかった。
しばらくして琉馬の担任が、兄にお礼を言っていたと聞いた時、笑ってしまった。
きっと兄はなぜお礼を言われたのかもわかっていないに違いない。
こうして、少しずつ琉馬の環境を改善していった。
冬が訪れ、加奈たちがもうすぐ学年が上がる頃。梅田家では一つの転機が訪れた。




