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「な……なに……?」
エドアルド殿下はポカンと口を開けた。
「何を言っている……?王家の口座を凍結だと……?そんなことが許されるはずが――」
「許されるのだよ、愚者めが」
冷ややかな声が、観覧席の裏手から響いた。
重厚な車椅子の音が聞こえ、そこから姿を現したのは、顔色こそ悪いものの、鋭い眼光を蘇らせた人物――ルークス王国国王陛下その人であった。
その脇には、御医者様と、王家の近衛騎士団の本隊がズラリと控えている。
「ち、父上……!?意識が戻られたのですか!?」
「ああ、戻ったとも」
国王陛下は深く、深い吐息をついた。その瞳には、実の息子に対する哀れみと、狂おしいほどの憤怒が宿っていた。
「わしが胸の病で倒れていたわずか半日の間に……お前は我が国の功臣であるヴァルハイト公爵の令嬢に冤罪を着せ、無断で処刑を行おうとしただけでなく、王家を経済的破滅の深淵へと叩き落としたのだな、エドアルド」
「違います父上!これはレティシアの悪行を裁くための正当な儀式で……!このマリアンヌが、彼女に毒を盛られ、階段から突き落とされ――」
「黙れ、この愚か者が!!!」
国王陛下の雷のような怒声が広場に響き渡った。
「その男爵令嬢の言い分とやら、すべて我が暗部(隠密)を使って調査させてもらつた!
三月十日の階段落下の件は、男爵令嬢が自らドレスの裾を踏んで転んだ自作自演!
私物の破壊は、すべて男爵令嬢がレティシア嬢の私物を盗み、隠滅するために自ら破り捨てたもの!
そして毒殺未遂と称する事件……!ただの激辛唐辛子菓子を盗み食いしてのたうち回っただけではないか!!」
国王陛下が調査書をエドアルドの顔面に叩きつける。
広場の市民たちから「だと思ったぜ!」「盗み食いで処刑かよ!」「どんだけ意地汚いんだあの女!」という爆笑と嘲笑が湧き起こった。
マリアンヌ様の顔が朱に染まり、次いで青ざめていく。
「ち、違います……!私、私はただ、殿下に守っていただきたくて……!」
マリアンヌ様は涙をポロポロと流しながら、エドアルド殿下の腕にしがみつこうとした。
しかし、エドアルド殿下はその手を冷酷に振り払った。
「触るなこの泥棒猫が!!お前か!お前が俺を騙したのか!?『レティシア様が恐ろしい、私を殺そうとしている』と泣きついて、俺を利用したんだな!?」
「なっ……!なんですって!?殿下だって『あの生意気な女をギロチンに乗せて、俺にひれ伏させたらスカッとするぞ』ってノリノリで計画立ててたじゃないですか!!」
「な、なんだと!?口を慎め、この下賤な女が!」
「下賤!?私のことを『僕の天使』って呼んでたくせに!この役立たずのバカ王子!甲斐性なし!」
「貴様ぁぁぁっ!」
観覧席の上で繰り広げられる、王族と男爵令嬢の見苦しい醜い大喧嘩。
愛を誓い合っていたはずの二人が、保身のために互いの恥部を暴露し合い、取っ組み合いの喧嘩を始めたのだ。
「あは……あはははは!」
私は思わず、お腹を押さえて高らかに笑ってしまった。
「素晴らしい……!実に素晴らしい演目ですわ」
私が手を叩いて絶賛すると、観客である市民たちも大爆笑し、二人に向かって腐ったトマトやキャベツを一斉に投げつけ始めた。
「バカ王子引っ込めー!」「盗み食い女!」「お似合いのバカカップルだぞー!」
バシッ!ボカッ!
飛んできた腐ったトマトがエドアルド殿下の顔面に命中し、赤い汁がべったりと伝う。マリアンヌ様のフリフリのドレスにはキャベツの葉がくっつき、悲鳴を上げながら逃げ惑う。
その横で、側近のルークとガルドは「私は殿下に命じられただけです!」「俺は警護をしていただけだ!」と、必死に国王陛下と公爵に命乞いを始めていた。
「見苦しいな……」
父上・ヴァルハイト公爵が冷ややかな目で見下ろす。
「国王陛下。我がヴァルハイト家に対するこの度の屈辱、そして娘レティシアへの命の危機……到底、言葉だけで許せるものではありません」
「分かっている、公爵」
国王陛下は深く頷き、恐ろしい勅令を口にした。
「只今をもって、第一王子エドアルドの王位継承権を完全に剥奪し、平民へと落とす!さらに、今回の暴挙によって生じた王家の損害および公爵家への慰謝料として、一生涯、北方の極寒の鉱山にて無給で強制労働を命じる!」
「な……北方鉱山……!?そんな、寒くて死んでしまいます!」
エドアルド殿下が叫ぶが、近衛兵たちにガッチリと取り押さえられた。
「そして男爵令嬢マリアンヌ!貴様は王家を狂わせ、虚偽の罪で公爵家を陥れようとした罪により、家格を断絶!身分を剥奪し、王都の最下層にある街頭清掃員として死ぬまで街のドブ掃除を命じる!」
「いやぁぁぁっ!ドブ掃除なんて嫌ぁぁぁっ!私の爪が汚れちゃうじゃないのぉぉっ!」
マリアンヌ様が泣き叫びながら、兵士たちに引きずられていく。
「ルーク、ガルド!お前たちも同罪だ!家督相続権を剥奪し、エドアルドと共に北方鉱山へ送る!」
「「そんなぁぁぁぁっ!?」」
かつて学院で威張り散らしていた「ヒロインとハーレム側近たち」が、見事に全員、悲惨で惨めな末路へと叩き落とされた瞬間であった。
観客の市民たちからは、割れんばかりの拍手と歓声が沸き起こった。
「レティシア様万歳!」「正義は勝ったぞ!」「ヴァルハイト公爵家万歳!」
騒動が一段落し、嵐のような熱気が去った広場で、父上が私のもとへ歩み寄ってきた。
「……レティシア。怪我はないか?」
「ええ、父上。髪が一筋乱れた程度でございますわ」
私は優雅にお辞儀をした。
「まったく……お前の度胸には呆れる。ギロチンの下に自ら首を差し出すなど、一歩間違えれば本当に命がなかったのだぞ」
「ふふ、大丈夫ですわ。あのギロチンを作った大工の棟梁に、あらかじめアンを通じて極秘裏に『寸止めできるように支柱を歪ませておいて頂戴』と、多額のチップを渡しておきましたもの」
「……お前という奴は」
父上は呆れたように眉間を押さえたが、その口元にはかすかな満足げな笑みが浮かんでいた。
「さて、レティシア。バカ王子との婚約は無事に破棄された。王家は我が家に填補しきれぬほどの貸しを作った。……これからどうするつもりだ?」
私は真紅のドレスの裾をふわりと広げ、青空を見上げた。
「そうですわね……。これからは、王家の支柱としてではなく、ヴァルハイト家の次期当主として、思う存分ビジネスと社交界を支配させていただきますわ。……あ、それと」
私はクスッと悪戯っぽく笑った。
「北方の鉱山、ヴァルハイト家が所有している事業所がございましたわね?エドアルド殿下たちの労働ノルマ、通常の三倍に設定するよう、現地に手紙を書いておきますわ」
「……我が娘ながら、恐ろしい奴だ」
父上はくすりと笑い、私に手を差し伸べた。
「帰りましょう、我が家の誇り高き悪役令嬢。今夜は、王家から分捕った最高級のヴィンテージワインでお祝いだ」
「ええ、喜んで!父上!」
私は父の手を取り、漆黒の豪華な馬車へと乗り込んだ。
広場に残されたのは、壊れたギロチンの瓦礫と、腐ったトマトの臭い、そして愚か者たちの泣き叫ぶ声だけ。




