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広場を包み込むのは、数千人の市民による怒号と地鳴りのような不満の声だった。
その中心で、異様に歪んだ木製の処刑台――突貫工事で作られた粗悪な断頭台の首枷に、私は美しく漆黒の髪を流し、すんなりと細い首を乗せている。
「さあ、殿下。何をなさっていますの?早くそのロープをお切りなさいな。皆様が今か今かと待ちわびていらっしゃいますわよ」
首を挟まれた状態のまま、私は観覧席で顔を土気色に染めているエドアルド殿下へ、極上の笑みを投げかけた。
ドレスの真っ赤な裾が秋風になびき、まるで血の海の上に咲いた一輪の薔薇のような光景を作り出している。
「ひ、ヒッ……!クソッ、狂女め!死ね!死んでしまえ!!」
追いつめられたエドアルド殿下は、半狂乱になって身を乗り出すと、処刑人が放り出した斧をひっ掴み、刃を吊り下げているロープを目掛けて振り下ろした。
ブツンッ!と重い音を立ててロープが切断される。
「きゃあああああっ!」
市民たちの悲鳴が広場に響き渡った。
マリアンヌ様が両手で目を覆い、ルークとガルドが青ざめた顔で固まる。
――ガコンッ!!
鈍い、何とも間抜けな金属音が響き渡った。
見上げれば、巨大な鉄の刃は私の首の三十センチほど手前、ギロチンの支柱の途中で斜めに引っかかり、ギチギチと嫌な音を立てて停止していた。
突貫工事で作られたために木の柱が歪み、刃のガイドレールが途中で噛み合わなくなっていたのだ。さらには、刃を固定していた木製の枠組みから「メキメキ……」と不穏な亀裂の音が聞こえてくる。
広場全体が、一瞬にして静まり返った。
「……あら?」
私は首を挟まれた姿勢のまま、上をチラリと見上げた。
「まあまあ。急ごしらえの突貫工事とはいえ、あまりにも酷いお仕事ですわね。刃の重量計算と摩擦係数の見積もりが甘かったのではありませんこと?これでは首が切れるどころか、私のドレスが木の屑で汚れてしまいますわ」
私は溜息をつくと、首枷のストッパーを自ら手で『カチャリ』と外し、まるでサロンの椅子から立ち上がるかのように優雅に身体を起こした。
そして、ドレスについた目立たない埃を払うと、引っかかったままの刃を指先でチョンと突いた。
グラリ。
「キャッ!?」
その刺激に耐えかねたのか、欠陥品である断頭台は「バキバキバキッ!」と凄まじい破壊音を立て、台座ごと横倒しに崩壊した。
激しい煙と土埃が舞い上がり、重い鉄の刃が石畳に激突して「ゴスッ」と間抜けな音を立てる。
私が無傷で、粉じんの中から漆黒の髪をなびかせて現れると、広場の市民たちから「うおおおおおっ!」「神の御加護だ!」「レティシア様万歳!!」という地鳴りのような大歓声が巻き起こった。
「な……な……なんだそれは!?」
エドアルド殿下は腰を抜かし、観覧席の床に無様に四つん這いになった。
「なぜ死なん!?なぜ刃が止まる!?貴様、魔女か!?魔術を使ったのか!?」
「いいえ、殿下。単なる『職人の手抜き工事』と『準備不足』ですわ」
私は優雅に歩み寄り、崩れ落ちた処刑台の瓦礫を踏み越えて観覧席の前まで進み出た。
「昨夜、無茶な日程で大工たちを呼びつけ、暴力で脅して徹夜作業をさせたのでしょう?疲弊した職人たちがまともな仕事などできるはずがありません。安全基準も無視、試運転もなし。自らの無計画さと横暴さが招いた、極めて必然的な失敗でございます」
「う、うるさい!黙れ!ガルド!剣を抜け!その場で斬り捨てろ!」
エドアルド殿下が叫んだが、脳筋のガルドは剣の柄に手をかけたまま、ガタガタと震えて動けなかった。
なぜなら、広場の外縁から、地響きのような馬踏の音が近づいていたからだ。
ズシン……ズシン……ズシン……。
重装騎兵の鎧が擦れ合う、冷酷で圧倒的な軍の足音。
広場を囲んでいた王宮警備兵たちが、悲鳴を上げて散り散りに逃げ出していく。
群衆が左右に割れ、そこから現れたのは――漆黒の甲冑を纏った、三千人の『ヴァルハイト公爵家私兵軍』であった。
その先頭に立つのは、黒い毛皮のコートを羽織り、氷のような眼光でこちらを見下ろす男。
私の実父であり、この国の経済の根幹を握る男、アルベルト・フォン・ヴァルハイト公爵。
「……我が愛娘を、そのような見窄らしい欠陥大工道具で殺そうとしたのは……誰だ?」
地獄の底から響くような父上の低い声に、広場全体の気温が五度下がったかのような錯覚を覚えた。
「ひ……ひぃぃぃっ!ヴァルハイト公爵……!?」
エドアルド殿下は完全に怯えきり、ガタガタと歯を鳴らした。
マリアンヌ様は殿下の背後に隠れようとしたが、殿下自身が逃げ出そうとして彼女を突き飛ばしたため、派手に床へ転がり落ちた。
父上は馬から下りると、ゆっくりと観覧席へと階段を上ってきた。その一歩一歩が、エドアルド殿下たちの寿命を削っていくかのようだ。
「こ、公爵!貴様、私兵を率いて王都へ立ち入るとは国家叛逆だぞ!即座に兵を引かなければ……!」
エドアルド殿下が必死に虚勢を張ろうとするが、父上は彼を視界にすら入れず、懐から一冊の分厚い皮の書類ファイルを取り出し、エドアルド殿下の目の前のテーブルへ「バサリ」と叩きつけた。
「第一王子エドアルド殿下。そして、そこにいる宰相の愚息ルーク、騎士団長の愚息ガルド。貴様たちに、我がヴァルハイト家より『最終通告』を届けてやった」
「つ、通告……?」
ルークが震える手でその書類を開いた。
ページをめくるたび、ルークの顔から血の気が引いていき、最終的には真っ白を通り越して土色へと変化していった。
「な、なんだそれは!?何が書いてある!?」
エドアルド殿下が叫ぶと、ルークは絶望に満ちた声でそれを読み上げ始めた。
「第一条……ヴァルハイト中央銀行は、王家に対する全ての融資および貸付金、計三億ルピナスを即時全額回収する……。
第二条……王都への食糧供給ラインのうち、ヴァルハイト領を通るすべての物流ルートを即刻全面封鎖する……。
第三条……王宮の運営資金口座を、支払不能につき永久凍結する……」




