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私は深く、深く息を吐き出した。
もしここで私が「違います!私ではありません!冤罪です!」と泣き叫んで命乞いをしたらどうなるだろう?
彼らは大満足し、「フハハ!反省しても遅い!」と嘲笑うだろう。それはそれで彼らにとってはハッピーエンドだ。
だが、私は悪役令嬢だぞ?
そんな普通の、つまらない反応でこの最高の舞台を終わらせてたまるか。
私はおもむろに顔を上げると、驚くほど晴れやかで、満面の笑みを浮かべた。
それもただの笑みではない。まるで聖母が愚かな赤子を見守るような、圧倒的慈愛に満ちた、完璧な微笑みだ。
「――まあ。殿下、素晴らしいご主張でございます」
「なに……?」
エドアルド殿下が毒気を抜かれたように目を見開いた。
周囲の貴族たちも、想像していた「悪役令嬢の乱心」や「泣き叫ぶ姿」とは全く異なる私の反応に、戸惑いの声を漏らす。
「証拠の捏造、事実の改ざん、そして何より『被害者』としての完璧な悲劇のヒロインの演舞……。マリアンヌ様、素晴らしい出来栄えでしたわ。前哨戦としては九十点を差し上げます。残りの十点は、目薬を指すタイミングがあまりにも不自然で、涙が頬ではなく鼻筋を伝っていた点で減点させていただきましたけれど」
「なっ……なにいっ!?」
マリアンヌ様がガタッと肩を揺らし、思わず自分の鼻を触った。実に素直な反応だ。可愛い奴め。
「貴様……狂ったのか!?己の罪状を前にして、反省の意すら示さぬとは!」
エドアルド殿下は顔を真っ赤にして怒鳴り散らした。
「ガルド!ルーク!この女を捕らえろ!反省の色なしとして、直ちに地下牢へぶち込め!」
「はいっ!」と脳筋のガルドが踏み出し、私の細い腕を力任せに掴もうとした。
その瞬間――。
「触れないでくださる?」
私が低く、だが氷のように冷ややかな声で一言呟くと、ガルドの動きがピタリと止まった。
私の全身から放たれた殺気にも似た威圧感に、さすがの脳筋騎士候補も気圧されたらしい。私はゆっくりと彼の腕を払い、ドレスの袖を優雅に整えた。
「私に触れてよいのは、高貴なる血統と、相応の知性を持ち合わせたお方のみ。筋肉で思考する猪に触れられる筋合いはございません」
「な、なんだと気安く言いやがって……!」
「黙りなさい、脳みそまでプロテインで満たされた男爵家のご嫡男。貴方が私に命令できる立場にあるとお思い?私はヴァルハイト公爵家の長女であり、この国の第一順位王位継承者の婚約者……あ、失礼。先ほど『破棄』されたのでしたわね」
私はクスクスと鈴を転がすような声で笑った。
「ええ、喜んでお受けいたしますわ、エドアルド殿下。婚約破棄、心より感謝申し上げます」
「感謝……だと……!?」
殿下が絶句する。
「当たり前でしょう?毎夜毎夜、貴方様の支離滅裂な政務の愚痴を聞かされ、上がるはずのない成績を上げるために家庭教師を調達し、貴方が社交場で恥をかかないよう後ろで完璧にフォローし続ける日々……。それが今日で終わるのですもの!これ以上の祝福がございましょうか?ああ、神よ、感謝いたします!」
私は胸の前で手を組み、天を仰いだ。
もちろん、これは本心だ。100%の純度を誇る本音である。
会場に激震が走った。
貴族たちがヒソヒソと話し始める。
「確かに……レティシア様が殿下の補佐をされていたから、殿下は優秀に見えていたのよね……」
「殿下のテストの点数、レティシア様が家庭教師を雇ってから急上昇したって噂だし……」
「というか、公爵家の支援がなくなったら、殿下の派閥って崩壊するんじゃないの……?」
貴族たちのリアルな呟きが、静まり返った大広間に残酷に響く。
エドアルド殿下の顔が、赤から白へ、そして青へと劇的に変化していく。ううん、カメレオン並みの変色能力。見応えがある。
「だ、黙れ!戯れ言を!お前は我がルークス王国の王妃となる栄誉を捨て、ただの犯罪者として落ちぶれるのだぞ!後悔しても遅い!」
殿下は必死に威厳を保とうと、声を張り上げた。
「お前のような悪辣で冷酷な女に下される裁きは、追放などという甘いものではない!明朝、王都の広場にて……断頭台にて首を撥ねてくれる!」
「「「ヒッ……!!!」」」
会場から息をのむ悲鳴が上がった。
断頭台。それは国家叛逆罪や、極悪非道な犯罪者にのみ適用される最高刑だ。公爵令嬢に対して下すには、あまりにも異常で、法を無視した私刑に等しい。
だが、エドアルド殿下は「どうだ!恐ろしいだろう!泣いて許しを乞え!」と言わんばかりの勝利の笑みを浮かべている。マリアンヌ様も「ふふん、これで私の勝ちよ」と勝ち誇った顔をしている。
(断頭台……!ギロチン……!素晴らしい!最高にキャッチーな響き!)
私の心の中のテンションは、ついに最高潮に達した。
普通なら、ここで絶望に打ちひしがれるのだろう。
普通なら、自分の死を思って涙を流すのだろう。
だが、私は知っている。
このバカ殿下が、父上(現国王陛下)やヴァルハイト公爵(私の父)に何一つ相談せず、自分の独断とこの場の勢いだけで『断頭台』などと言い出したことを。
そして、明日の朝、王都の広場に断頭台を設置しようとして、どれほどの混乱と自爆が巻き起こるかを!
国王陛下がこの知らせを聞いたら、間違いなく胃に穴があいて倒れるだろう。
私の父上がこれを聞いたら、即座に王家への資金援助を停止し、私兵を率いて王宮を包囲するだろう。
そして、この国の民衆は「優秀で慈悲深かったレティシア様が、バカ王子と泥棒猫の濡れ衣で殺される!」と大暴動を起こすだろう。
つまり。
彼らが用意した「悲劇の断頭台」は、彼ら自身の首を絞める「史上最大の自爆装置」なのだ!
「ああ、なんて素敵なご提案でしょう!」
私は両手を打ち鳴らし、心からの歓喜の声を上げた。
「断頭台!なんと伝統的で、ドラマチックで、市民の皆様のエンターテインメントにふさわしい処刑方法でしょう!殿下、貴様は最高の演出家ですわ!」
「な……何を言っているんだ、お前は……?」
エドアルド殿下が引きつった顔で後ずさる。
悲鳴を上げるでもなく、命乞いをするでもなく、狂喜乱舞して処刑を喜ぶ私に、周囲の貴族たちも「あ、あの令嬢、頭がおかしくなってしまわれたのでは……」と恐怖の目を向けている。
ふふふ、違うわ。狂っているのではない。
私は今、最高にハイなのだ。
「いいでしょう!受け入れますわ、その処刑宣告!明朝の断頭台、楽しみにしております!」
私はマリアンヌ様に向かって、ニッコリと極上の微笑みを向けた。
「マリアンヌ様。明日は最前列で、私の首が飛ぶ瞬間をしっかりとご覧になってくださいね?目薬ではなく、本物の恐怖で涙を流すことになるかもしれませんが……ふふ、せいぜい頑張って『悲劇のヒロイン』を演じ続けてくださいませ」
「ひっ……!狂人……!この女、狂ってるわぁぁっ!」
マリアンヌ様が悲鳴を上げてエドアルド殿下の背後に隠れる。
「ガルド!ルーク!何を企んでいるか分からんが、この狂女を地下牢へ連れて行け!今すぐにだ!」
殿下が狂ったように叫ぶ。
私は兵士たちに挟まれながらも、優雅に背筋を伸ばし、ランウェイを歩くモデルのように歩き出した。
去り際、私は大広間の全員聞こえるような大きな声で、こう言い残した。
「皆様!明日の朝は、王都中央広場へぜひお越しくださいませ!ルークス王国史上、最も愚かで、最も滑稽な『悲劇(笑劇)』の幕が上がりますわ!」
高らかな高笑いを残して、私は大広間を後にした。
冷たく湿った地下牢へと連行される道中、私の頭の中はこれからのプロデュース計画でいっぱいだった。
さて、明日の衣装はどうしようかしら?
白いシンプルな罪人服?いいえ、それじゃ面白くないわ。
せっかくだから、最高級の真っ赤なドレスを着ていきましょう。首を切られた時の血が目立たないようにね。
そして、愚かな王子たちが自分たちの仕掛けた罠に落ちていく様を、特等席で見物してあげようじゃない。




