最高のお祝いには、最高の自爆を
豪華絢爛なシャンデリアが眩い光を撒き散らし、最高級のシルクとレースで装飾されたドレスが擦れ合う音が、大広間にさざ波のように広がっている。
王立学院の卒業舞踏会。十代の若き貴族たちが自らの青春の終わりと新たな門出を祝う、人生で最も輝かしい夜――のはずだった。
私は、会場の隅にある壁際で、氷が少し溶けかかった冷えたシャンパンのグラスを片手に、じっとその時を待っていた。
絢爛たる絨毯の上に落とされる影を見つめながら、心の中で静かにカウントダウンを刻む。
(……三、二、一。はい、暗転からのスポットライト!)
バアァン!と、腹に響くような重々しい音を立てて、大広間の巨大な両開き扉が左右に弾け飛んだ。
歓談していた貴族たちが一斉に息を飲み、視線を入口へと向ける。オーケストラの優雅な演奏はピタリと止まり、完璧な静寂が空間を支配した。
光り輝く扉のフレームの真ん中に立っていたのは、我らが第一王子、エドアルド・フォン・ルークス殿下だ。
プラチナブロンドの髪を完璧にセットし、金糸の刺繍が施された軍服風の礼服を身に纏った彼は、まるで神話の英雄のような美貌……のはずなのだが、今の彼の顔は興奮のあまり朱に染まり、額には綺麗なY字の青筋が浮き出ている。素晴らしい。実に健康的で血行が良い証拠だ。
そして、彼の腰には、小動物のように震える可憐な少女がしがみついていた。
男爵令嬢マリアンヌ。ピンクブロンドのフワフワとした髪に、これでもかとフリルをあしらった桃色のドレス。彼女は大きな瞳に涙を溜め、怯えた様子で私――レティシア・ヴァルハイト公爵令嬢を指差した。
「レティシア・ヴァルハイト!貴様との婚約を、只今この時をもって破棄する!!」
大広間に響き渡る、エドアルド殿下の朗々とした怒声。
素晴らしい声量だ。声楽科の教授もきっと絶賛するに違いない。声の伸び、通り、そして観客を惹きつけるドラマチックなタメ。完璧である。
周囲の令嬢たちが「きゃあ!」と悲鳴を上げ、扇子で口元を覆いながら青ざめる。
「まあ、婚約破棄……!?」「あんなに仲がよろしく見えたのに……」「やはり噂は本当だったのね……」と、ヒソヒソ話の嵐が瞬く間に会場を駆け巡る。
私はというと、持っていたシャンパンを一口含み、その芳醇な泡が喉を落ちていくのを優雅に楽しんだ。
(ああ、最高。待ってました!この一瞬のために、私は退屈な貴族の儀礼と、くだらない社交界の狸合戦を耐え抜いてきたと言っても過言ではないわ!)
胸の内で湧き上がる狂喜を押し殺し、私は完璧な公爵令嬢の作法でゆっくりと歩み出た。
私のドレスは、漆黒に極めて近い深いネイビーのシルク。装飾を最小限に抑えたシックな装いは、派手さだけが取り柄のマリアンヌ男爵令嬢とは対照的だ。私の一歩一歩に合わせて、周囲の群衆がまるでモーセの十戒のように割れていく。
殿下の前、およそ五歩の距離で足を止め、私はしとやかにスカートの裾を持ち上げた。美しい膝折りのお辞儀。完璧な角度、完璧な背筋のライン。
「殿下。この晴れやかな卒業舞踏会という場で、何とも劇的な余興をご用意してくださり、感謝に堪えません。ですが、私の浅学をお許しください……ただいまのお言葉は、具体的にどのようなご冗談でしょうか?」
「冗談だと!?惚けるな、この悪毒な女が!」
エドアルド殿下はバッと右手を掲げ、私を激しい指取りで指した。
その隣で、マリアンヌ様が「ひっ……!」と小さな悲鳴を上げ、殿下の胸元に顔を埋める。
……ちょっと待ってほしい。マリアンヌ様、今、チラッと私の方を見てニヤリと口角を上げませんでしたか?
上目遣いからの「チラ見せドヤ顔」。大根役者の大根演技だが、その一生懸命さは評価したい。悲劇のヒロインを演じるには少々顔の筋肉が素直すぎるのが玉に瑕だが、そこがまた味わい深い。
「お前の数々の悪行、すでに全て調べがついているのだ!マリアンヌに対する陰湿で残虐な嫌がらせの数々……今日こそ、その罪を白日の下に晒し、裁きを下す!」
殿下が叫ぶと、彼の背後からぞろぞろと「側近候補」の男たちが踏み出してきた。
一人は騎士団長の息子で筋肉だけが発達した脳筋、ガルド。もう一人は宰相の息子で、眼鏡の奥の目をギラギラと輝かせている自称・頭脳派のルーク。
彼らもまた、マリアンヌ様の毒(という名のわかりやすい媚び)にやられた哀れな被害者……失礼、愚者たちだ。
ルークが誇らしげに羊皮紙の巻物を広げ、朗々と読み上げ始めた。
「第一の罪状!去る三月十日、講義棟の階段にて、レティシア嬢はマリアンヌ嬢を突き落とし、重傷を負わせようとした!」
(あはは!出た、定番の階段突き落とし事件!)
私は心の中で大爆笑していた。
覚えている、覚えているわ。三月十日。あの日、マリアンヌ様は私の前で『きゃああっ!レティシア様、押さないで!』と叫びながら、勝手に自分のドレスの裾を踏んづけて派手に転げ落ちていったのだ。
しかも、転がり落ちた先が運悪く(あるいは計算通り)エドアルド殿下の腕の中だったという、あまりにも出来過ぎたラッキースケベ劇。
あの時、彼女は膝にほんの小さな擦り傷を作っただけだったが、殿下は『なんと凄惨な事故だ!命に別状はなさそうだが、心の傷は計り知れん!』と大騒ぎし、学院の保健医を総動員させたのだった。
「第二の罪状!マリアンヌ嬢の教科書を破り捨て、私物を池に投げ捨てたこと!」
(それも覚えてるわ!破れていたのは私のノートだし、池に浮いていたのは私の刺繍入りハンカチだったもの!)
マリアンヌ様が『誤って持ち帰ってしまいましたぁ……』と泣きついてきたので、『いいえ、どうぞお納めください』と優しく差し上げたら、翌日なぜかそれがズタズタに引き裂かれて女子トイレのゴミ箱に捨てられていた。
そしてなぜか『レティシア様が私の宝物を破ったんですぅ!』とすり替えられていたのだから、彼女のIQの低さには頭が下がる。自分の所有物と他人の所有物の区別すらつかないなんて、きっと前世はカラスか何かだったに違いない。
「そして第三の罪状!最も恐ろしい罪……マリアンヌ嬢に対する、毒殺未遂である!!」
ルークの叫び声に、会場全体から「ひぇっ……!」「毒殺……!?」という大きな動揺が広がった。
「去る四月五日、お茶会にてレティシア嬢が提供したクッキーを食べたマリアンヌ嬢は、激しい呼吸困難と顔面の赤熱を起こし、一時は生死の境を彷徨った!これは紛れもない毒殺未遂である!」
(ああーっ!あのデス・クッキー事件ね!)
私は溢れ出そうになる笑いを必死に噛み殺した。
あれは私の趣味である『異国の超激辛唐辛子(ハバネロの十倍の辛さを持つと言われる地獄の悪魔ペッパー)』を練り込んだ、私専用の特製激辛スナックだったのだ。
私は辛いものが大好物で、自分の机の引き出しに『極秘・激辛注意』と赤字で書いた箱に入れて保管していた。
それをマリアンヌ様が勝手に盗み食いし、口に入れた瞬間『ギャアアアアッ!口から火が出るぅぅぅ!毒よ!毒を盛られたわぁぁっ!』と叫んでのたうち回ったのである。
自業自得という言葉を絵に描いたような出来事だったが、殿下たちの脳内では『嫉妬に狂った悪役令嬢が、可憐なヒロインに猛毒を盛った』というロマンチックな悲劇に変換されたらしい。脳みそがピンク色の綿あめでできているとしか思えない。
「……以上が、貴様の犯した恐ろしい罪の数々だ!レティシア・ヴァルハイト、何か反論はあるか!?」
エドアルド殿下は胸を張り、勝利を確信したドヤ顔で私を見下ろしている。
マリアンヌ様は彼の陰からチラチラと私を見て、「どう?まいったかしら?」と言わんばかりの小悪魔的(自称)な笑みを浮かべている。




