32話 彼女の真実
――二月二十三日 当日の朝――
「青葉、一日、留守にするからね。日曜の夕方には帰ってくるよ。そのままバイト直行だけど」
「はい、お忙しいですね、なっちゃん。お体に気をつけて、行ってらっしゃいませ!」
まさか、八人全員スケジュールの都合がつくなんて思ってもみなかった。土曜日で、まどかちゃんと夜風さんと詩穂埜さんはもともと休みだったらしいが、伊吹ちゃんはわざわざ休みをとってくれたようだ。
斎条の言う通り、まだ自分は誰に対しても恋愛感情のない状態で、斎条と若狭の恋愛にチャンスを与えないのはおかしいよな、と、七瀬は思いながら待ち合わせ場所に急いだ。
***
「愛葉七瀬さんですね、お待ちしていました。どうぞこちらへ」
黒服の男がそう言って黒いリムジンのドアを開ける。
(斎条すげーな)
七瀬はそう思いながらコクリと頷き、車に乗り込んだ。
「あ、七瀬さん、こんにちは」
「七瀬っち、ひっさしぶり~!」
まず目に飛び込んできたのはまどかと伊吹だ。
後のメンバーは、その後すぐにやってきた。
「全員揃ったね、じゃあ行こうか!」
孔雅がそう言うと、車は走り出した。
「まさか斎条ってあの、斎条グループの斎条だったとは……驚きだよな」
南沢がそう言って、テーブルの上の丸く白いチョコレートを摘んだ。
「斎条さん、ちょーおぼっちゃまだったんだねー」
まどかもそう言って、チョコを摘む。
「おぼっちゃまって……。ずっと家出してたから、帰ったのは最近なんだけどな。親父はなんか喜んでんのかしらねーけどいろいろはりきっちゃって…あ、シャンパンもあるよ、飲む?俺は飲まないよ、ちゃんと禁酒できてるから」
「飲む飲む~!みんなも飲むよね!?」
まどかはとても楽しそうだ。テンションがいつもに増して高い。
孔雅以外のみんなの持つ細長いグラスに、ピンク色のシャンパンが注がれた。
***
山の中に入ってから一時間ほど走ったあと、
「さ、着いたぜ」
斎条孔雅の別荘に到着した。
「うわ、凄いですねー」
先に下りた若狭が驚きの声を上げる。
目の前には、コロニアルスタイルのまるで城のような、ブルーグレーとイエローの建物が建っていた。
「なんだかこれからここで殺人事件でも起きそうだな」
夜風がボソリとそう言って、一瞬、しん、となる。いかにも、な、雰囲気だったからだ。
「やだぁ、夜風ちゃん。ちょっとぞわっとしちゃったじゃない」
伊吹がそういうと、みんな苦笑いをした。
「じゃあ中、案内するよ」
孔雅がそう言って、みんな後をついてぞろぞろ歩き出した。
***
「一階には大食堂と大広間、使用人室とか、温泉があるよ。今日みんなが泊まる部屋は、二階だ。あ、地下にはプールがあるから、後でみんなで遊ぶ、ってのはどう?」
「いーねいーねっみんな、水着もってきたよねー?」
「まどかちゃん、張り切ってるね」
若狭がそう言うとまどかは、
「当たり前だよー。こんなとこ、そうそう来れないもんっ。ね、七瀬ちゃん?」
と言って、七瀬の腕に腕を絡めた。
「え……う、うん、まぁね」
びっくりした七瀬はみんなの顔をきょろきょろ見てから、苦笑いをする。
そんな七瀬を見つめている詩穂埜を、南沢が見つめていた――。
***
――南沢の診察室――
「七瀬の弟を殺した……?どうゆうことだそれは……」
詩穂埜は立ったまま、話し出した。
「……私が高校の頃から三年前まで、とても親しい男性がいました。その人の名は、夏川累衣。私のクラスメイトだった彼はずっとイジメを受けていました。少しばかり容姿が醜く、左手が思うように動かない障害を持っている、たったそれだけの理由で。だから私はこっそりそんないじめっ子達に復讐をしていたんです。まぁ、そんな大したことはしていませんが……。それを知った累衣は私を慕い、私達はいろいろな話をしました。イジメは中学の頃からで、自分には父親がいるが恋人にも嫌がらせを受けていて、もう死のうと思っていたところに君が現れてくれた、と、言ってくれました……そして幼い頃、生き別れた兄弟がいる事も話してくれました。私は、その兄がどんな人間で今どんな風に生きているのか、興味を持ち、探してたんです」
「じゃ……じゃあ、もしかして……君は……」
南沢はその時、脊髄を這い上がるような戦慄を覚えていた。
「……えぇ。七瀬さんのこと、実は知ってたんです。彼……私、四年前から、彼の事が、好きでした」
まるで当たり前の事のように淡々と話す彼女を見て、南沢は冷たい汗が一気に流れ出るような気がした。
「七瀬さんを好きになってしまった私は……累衣に言ってしまったんです。そしたら彼、ビルの屋上から……」
「嘘だろ……」
言葉を失くし、沈黙が包み込む。
「……な……なんで今、それを俺に……」
南沢は、それを一番不思議に思った。それが事実として、何故今自分にそんな話をしたのだ、と――。
「だって、きっと南沢さんはこんな話、軽々しく七瀬さんに言ったりはしないでしょう。私がずっと七瀬さんを想っていたという事実を、まず彼の親友であるあなたに知っておいて欲しかったんです」
な………なんなんだ、この女は………。
南沢は産まれて初めて、【読めない】、恐怖を感じていた。




