23話 初めてのキス
「なっ……?なにをするんですか……っ!?」
「じっとしていなさい、七瀬くん」
「やだ、やだやだやだ!!やめてよ、頼むから…お願いだよ星宮さ~んっ!」
「こんなことで泣きべそをかく男がいるか。すぐ終わるから、じっとしてるんだ」
「あっ……ああっっっ!!!」
星宮夜風が、七瀬の病室のカーテンをシャッと開けると、
「あ、来たのか、まどか」
「夜風ちゃん、ご苦労様。あ……」
桜庭まどかが立っていた。
まどかは、夜風の持っているバケツと尿瓶に目をやる。
「ああ……今、清拭と採尿を終えたばかりだ」
「そ、そうなんだ。愛葉ちゃん、大丈夫?」
「あぁ、帰りたいって騒いで大変だけどな。じゃあ、私は仕事があるから」
夜風はそう言って、部屋を出て行った。
まどかは七瀬のベットまで歩く。
「愛葉ちゃん?大丈夫?まどかだよ」
七瀬は布団を頭の上まで被っていたが、その声を聞くと顔を出した。
さっき夜風にされた工程で、すっかり"何か"を失ったような気分になっていたのだ。
「なに?なんでっ?なんでまどかちゃんがいるの!?」
驚いてまどかを見ると、
「……愛葉ちゃん……!!」
まどかは急に七瀬に抱きついて、泣き始めた。
「ありがとう、ほんとに、ほんとにほんとうに、ありがとう、愛葉ちゃん」
「え……?な……何が……?」
布団の上から自分に抱きつき泣くまどかを目の前に、七瀬はなんのことかわからずに顔を赤くしきょとんとした。
「あのね、助けてくれた子供……私の働いてる園の子だったの。私が受け持ってる組の子で……愛葉ちゃんが助けてくれなかったら……と……思うと……」
まどかはそう言って、大粒の涙をぽろぽろ流した。
「そ……そうだったんだ。そんな偶然もあるんだね。でもほんと良かったよ。僕もこんなんで済んだし」
七瀬は吊るされて固定された自分の左足を見てにっこりする。
「ほら、ティッシュ」
そして枕もとのちり紙を素早く三枚取って渡した。本当に、色気も何もない。
「ありがと……」
まどかはズズ……と鼻を啜りながら涙を拭き、少し微笑んで見せた。
「女の子に泣かれると、こんなにドキドキするんだね。初めて知ったよ」
七瀬がそう言うと、まどかは今度「えへへ」と笑う。
「うん、やっぱりまどかちゃんには笑顔だね」
「……愛葉ちゃん」
……!?
……!???
七瀬は一瞬、何が起きたのかわからなかった。
目を見開く。
「ま、まどかちゃ…」
「愛葉ちゃん、これは、お礼だよ」
まどかはそう言って、恥ずかしそうに顔を赤らめた。
彼女は突然、キスをしてきたのだ。
それは唇と唇が重なるだけの優しいものだったけれど、七瀬にとっては前代未聞の衝撃だった。
やわらかい。
あったかい。
やわらかい、あったかい、やわら…。
脳がフリーズした七瀬は、完全に石化する。
その時、
「はいはいはい、ご飯の時間だよー」
2人のその雰囲気を打ち壊すかのようにぶっきらぼうな声で、夜風が部屋へ入って来た。
そう、夜風は偶然そのワンシーンを目撃してしまっていたのだ。
「じゃあ、また来るね、愛葉ちゃん。夜風ちゃん、それじゃあ、お仕事頑張ってね。愛葉ちゃんを、宜しくお願いします」
「……あぁ。おつかれ」
夜風は食事の乗ったおぼんを持ちながら、そう言って横を通り過ぎるまどかとは視線を合わせなかった。
そして無表情のまま、ガチャリと音を立て介助テーブルにそれを置く。
それから、
「おい七瀬」
と呼び捨てで呼び、
「イテテテテッッ! なんだよいきなりっ」
七瀬の頬を思いっきりつねった。
「アホづらこいてる場合じゃない、ご飯だ」
「……え……あぁ、ども、ありがと……」
七瀬が礼を言っても、夜風は何も言わず動かない。
「な、なんかした?」
夜風は相変わらず無表情すぎて何を考えているのかわからない。
七瀬は顔を引き攣らせながらそう聞くと、
「……べつに」
と言って、ぷい、と向こうを振り返り夜風は部屋から出て行った。
七瀬の心臓はバクバクと音を立て、暫くおさまりそうにはない。
さっきまで感じていた足の痛みも、脳から出るアドレナリンのせいだろうか。
もはや感じなかった。




