22話 帰還
「やめて」
「頼むよまどか、お前の事が忘れられないんだ」
「お願いだから、もうやめて下さい!」
桜庭まどかは昼休み中、元彼の只野宏に呼び出され保育園『大樹の子』の園門横でしつこく言い寄られていた。
「子供達の親御さんが見てたらどうするんですかっ」
宏は嫌がるまどかの腕を無理矢理掴み、抱きしめようとする。
「誰も見てねーよ。まどか、もう一度俺と一日過ごしてくれよ。俺達相性よかっただろ、あっちの方も」
「や、やめて!!」
バチン!!
耳元で囁かれ、まどかは思わず頬を叩いた。
「この野郎……っ!!」
まずい、また宏に叩かれる、まどかは咄嗟に腕で頭を庇いきつく目を閉じた、その時、
「ちょっとそこで何してるんですか!」
保育士仲間の先生が来て、宏は舌打ちをし、帰って行った。
「大丈夫? まどかさん」
「……はい、すみません……」
優しく声をかけてくれるこの先生は、まどかより十個年上のベテラン先生で、上村恵美という。常に優しくそれでいてしっかり者で、まどかは慕い尊敬していた。
上村恵美は震えているまどかの手を優しく両手で握り締めると、言った。
「こんな時になんだけど……裕也くんがね、事故ったんだって。裕也くんは幸い軽症で済んだみたいなんだけど、助けに入った男の人が代わりに車に轢かれたらしいのよ。たった今連絡が入って……」
「えっ!! 本当ですか!? そんな……。裕也くん、本当に大丈夫なんですか?」
「えぇ、かすり傷で済んだようだけど、園はお休みしますって」
「そうですか……」
三上裕也くんは、まどかの受け持っている『三つ葉組み』の園児だ。
少し知能に障害を持っているが、ユーモアで優しい子で、まどかは大好きだった。
「じゃあ、仕事帰りに私、その方にお礼を言いに行って来ます。無事だといいんですけど……。病院の名前、教えてもらえますか?」
***
七瀬は夢を見ていた。
空を飛んでいる夢だ。
隣には、黒いハットとタキシードを身に纏い、赤い傘を持った「「豚」」が、一緒に飛んでいる。
その豚が、話しかけてきた。
「やぁ七瀬くん。空を飛ぶのは気持ちがいいかね?」
「……うん、爽快だね」
「そうだろう、もっとずっと遠くまで行ってみよう」
「どこまで行けるんですかね?」
「ずっとずっとずっと遠くまでだよ。ほら、あの地平線のそのまた向こうだ」
「ずっとずっとずっと?そんなに遠くまで行っていいのかなぁ」
「行っちゃだめ!!! 七瀬くん!!!」
背後から呼び止める声が聞こえて、後ろを振り返る。
「あ、みんなどうしたの?そんな格好して」
そこには、まるで魔法少女の姿をした、あの、四人の美女が飛んでいた。
「ダメよ!!! こっちに来なさい! 七瀬くん!!!」
「え……でも……」
七瀬はうろたえながら、豚の方を見る。
すると、豚はいつの間にか真っ黒く焦げていて、黒く穴の開いた目がこちらを見てにたりと笑った。
「う、うわあああああああああああっっっっっ!!!!!」
七瀬はそのまま、地面に落下していった――。
***
「………くん………ななせ……くん………」
「……ん……」
「先生、七瀬く……愛葉さんの、意識が戻りました」
七瀬は朦朧とする意識の中、ゆっくりと目を開いた。
―――ここは―――?
まだ夢の中なのか現実なのか、わからない。
白い天井と光、が、ぐわんぐわん揺れて見える。
「七瀬くん!聞こえる?!」
……ん? ……誰だ……?
呼ぶ声……、これは……。
誰かが自分の名を呼び、手を握っているのがわかる。
徐々に意識がはっきりしてきて、
「あぁ………れ? ほし……みや……さん………?」
星宮夜風の顔が目の前に見えた。
「そうだよ、七瀬くん、ここは、病院だよ」
病院……。 そうだ、そういえば、今朝。
「そうだ! 子供、だいじょ……っつ!」
起き上がろうとして体が酷く痛んだ。
「うん、子供は掠り傷で済んだよ。君は、左足骨折と脳震盪。幸い出血も脳に異常もなく…意識が戻れば大丈夫だろうって、先生が」
子供は無事だったのか――。
七瀬は安堵した。
すると、夜風は握っていた手に力を込め、ぎゅっとして、目に涙を溜めて、
「本当に……良かった……」
そう言って、顔を伏せた。
意識がはっきりした頭で見ると、彼女は白いナース服を着ているのがわかる。
なるほど、担ぎ込まれたのは夜風の勤める病院だったのか――。
しかし……。
手、手、手、手ーーーっっっ!!!
手を握り締められている事に気づいた七瀬は、もう一回意識を失いそうになっていた。




