21話 革命
床も家具もほとんど白で統一され、ピカピカに磨かれた南沢の部屋はどこを指でなぞっても埃はついてこないだろう。そんな小奇麗な部屋の、紫色のソファーの上で小さくなった七瀬は一回り小さく見えた。
「七瀬、お前とにゃんにゃんしたい伊吹ちゃんも、コスプレしてきた詩穂埜ちゃんも、どちらも本気だと俺は見ている。で、お前の気持ちはどうなんだ?」
「……」
「お前がもっと話をしてみたいと思うのは、どっちなんだ」
「……」
「黙ってちゃわからんだろ」
「……はぁ……」
「なんなんだそのため息はっ」
「……なぁ、ナコチ、僕には、ずっと青葉だけだったろ?」
「あぁ、まぁ」
「僕はそれで充分満たされると思ってた。青葉が居てくれるだけで、俺は充分幸せだったんだ」
「……まぁ、な」
「ハッキリ言って迷惑だ。現実の女なんて。あの二人、僕が追いかけたとたんに逃げるに決まってる」
「それはまだわからないだろ。『絶対』などないんだからな」
「……ただ……」
「? ただ?」
「詩穂埜さんが抱きついてきた時、その……」
七瀬は急にもじもじしだし、顔を赤らめた。
「その?」
「僕の手は触れずとも、感じたんだ。あったかさと言うか、柔らかさ、とか、匂い、とか」
「おっぱいか?彼女、大きいのか?」
「バカヤロウ!」
「まぁ冗談だ。しかし普通はそこで抱きしめるがな。帰してしまうなど、もったいない事を……」
「だって失礼だろ。僕は彼女の事をまだ……好きではないのに」
「本当か?本当に、好きではない、のか?」
「あぁ。 ……たぶん」
人の長所と短所は時に紙一重だ。七瀬のくそ真面目さとうぶな鈍感さは今、実に短所として働いていると南沢は思った。
「それで、奥さんがいる、と言って帰したのか」
「う……あぁ、まぁ……」
「信じられない奴だな、本当にお前って奴は」
「……」
南沢はそう言って、氷を口に含みボリボリ噛んだ。
「でもな、俺、たぶんそれが嘘だって詩穂埜さんはすぐにわかったんだと思うぞ。だからこそ、抱きついたんだろう。彼女、推理マニアなんだろ。多分、お前のことは全てお見通しだぜ」
「えっ!?」
「おい、そんなに驚く事じゃないだろう。午前三時に恋愛ゲームのヒロインの格好で現れたくらいだぞ!?彼女はもうすでに、お前に『執着』している、と俺は思う」
「執着?」
「あぁ、きっと、何かの理由でお前に酷く興味を持ったんだろうな。で、彼女の執着の対象となった。俺が思うに、彼女は一度はまるととことんはまってしまうタイプだ。それがなんであれ、な。もしかしたら、この先もお前があっと驚くような事を仕掛けてくるかもしれんぞ。彼女にとっては、お前を驚かせる事が快感なんだからな」
「快感……って、何故だ」
「まぁ一種の特殊嗜好のようなものだろ。気に入ったものや、反対に未知のものを追いかける快感を求める者はわりと多いんだ。異常なまでにな。彼女もそれに当てはまると思われる。で、イヴにゃんの場合はまたちと違う。彼女は人間よりも動物を愛しいと感じてしまう嗜好の持ち主なのかも。まぁそこはきちんと話をしてみないとわからないが。世の中にはいろんな人間がいるんだぜ。木や車や橋と結婚した奴だっているくらいだ。猫と似てるお前を好きになったって、何も可笑しい事はない。恋愛こそ、誰にも何も言う権利はない、自由なものだと俺は思うけどね」
「……そうか……でも僕はまだ、自分の気持ちがよくわからない」
「そりゃそうだ、百年の眠りから覚めたばかりで、世の中全部知ろったって無理がある。まずは、話をする事からだ、って言ったろ」
「……話し、か……」
七瀬が一点を見つめたまま虚ろにそう呟くと、南沢はニヤリとして言った。
「貯金を下ろせ七瀬。そして、部屋中のシーツやら布団やら絨毯やら、全部リニューアルするんだよ!窓全開にして空気を入れ替えてな!女の子を入れられる部屋に生まれ変わらせるんだ!」
「お、おお、おんなを入れる!?」
「そうだ、まずはそこからだ」
***
フラフラの七瀬は南沢のマンションを出た。
南沢がいてくれて、今回ばかりは本当に救われた気がする。
早く帰って眠りたい。
幸いな事に、明日は丸一日休みで、南沢に言われた通り金を下ろそうかと考えていた。七瀬が掛け持ちのバイトでコツコツ溜めた僅かな金なのだが。
この先、もしかしたら本当に女の子が上がり込む事があるかもしれない。
ぼーっとした頭の中をそんな事が駆け巡っていた、
その時、
「キャーーッッッ!!! 子供が!!!」
信号待ちをしている七瀬の耳に突然、叫び声が飛び込んできた。
ハッとして辺りを見渡す。
すると、なんと赤信号だというのに小さな子供が目の前で道路の真ん中に突っ立てるではないか!
しかも、車がその子に向かって減速もせず走ってきている。子供に気づいていないのかもしれない。
七瀬は、考えるよりも体が先に動いていた。
咄嗟に走る。
パーパパパーーーー!!!
クラクションが鳴り響いた時、子供を突き飛ばした七瀬は、
「誰か!!! 救急車呼んで!!!」
車に轢かれ、そのまま意識を失った。




