17話 美しき戦慄
「詩穂埜……さん……どうして……?」
向かい合う二人に、強くなってきた雨が降り注ぐ。
「はい、傘。なんとなく、愛葉さんの分も持って行った方がいいような気がして。やっぱり、正解でしたね」
そう言って、詩穂埜は黒い傘を差し出した。
「あ、ありが、とう……」
七瀬はそれを受け取ると、さっそく差す。
赤と黒の傘が、2つ並んだ。
七瀬は言葉が出てこない。なんて言えばいいのだ。こんな異常とも言える状態で。彼女は何故僕の好きだった恋愛ゲーム、そしてヒロインの事を知っているのだろう。いや、それ以前に…。
などと考えているうちに、詩穂埜が先に口を開いた。
「どうですか? これ、似合ってます?」
やはり、彼女もわかってて着ているのだと、その一言でわかった。
似合ってるもなにも……、瓜二つ、まるでゲームの中から飛び出してきたようだ、と、七瀬は思う。得体の知れない恐怖にすーっと体を貫かれながら。
「……すごい、ね……完コピだよ……。でも、なんで……?しかもなんでこんな時間に……なんで僕のバイトの時間知って…」
「若狭さんですよ、ほら、この前」
"この前"、僕が逃げた日、そういえばあの後若狭がどうなったのか知らなかったが、女子に捕まってたのか――。
「若狭くんか……、でも彼、バイトの時間とかその……美琴ちゃんのこととか、知らないはずなんだが」
「婚活会場で、私、言いましたよね。推理好きだ、って。……愛葉さんは、『女』を避けてる、多分、嫌ってる……。だからもしかしたら、『架空の女の子』なら……つまり、『バーチャルな女の子』ならば、好きかもしれない」
七瀬は、体中が粟立つ感じを覚えた。
「で、若狭さんに、南沢さんに聞き出してもらったんですよ。愛葉さんの好きだった恋愛ゲームはなんですか?って。そしたら、ちゅるーLove.sweetえんじぇる、って言うので。多分、押しキャラはヒロインの日下部美琴じゃないかな、って、これは、勝手な憶測ですけどね」
七瀬は粟立ちが消えないまま、そう言ってくすりと笑う詩穂埜をただただ見つめていた。目が離せない。彼女の「「異常」」なその行動に、筋肉どころか細胞までも硬直するようだった。
「あとは仕事先さえわかれば電話で出勤時間なんて簡単に調べられますから。この人気のない時間、ちょうど良かった。それにこの道、覚えてます?」
「あ…………あぁ…………」
そうだ、この道は、この並木道は、ゲーム内でのデートコースにあった、『秋の並木道』と似ている。あの場面が鮮明に七瀬の脳裏に蘇える。
「これで、逃げずにお話ししてくれます? 愛葉さん」
そう言って、詩穂埜はにこりと微笑んだ。
『逃がさずに話をする』彼女はそれを達成するためだけに、こんな手の込んだ事をしたというのだろうか。
七瀬は固定されていた視線を今度はきょろきょろ動かせ、うろたえた。
「さ、行きましょ、愛葉さん。愛葉さんのアパートまで、一緒に」
初めて詩穂埜と出会った時、七瀬は思った。
『こんな美しい人が何故、婚活なんかに』
けれど、今、わかった気がした。
彼女は、恐い。
美しく、恐い、のだ。




