14話 逃走中
南沢洸地と若狭颯太は、喫茶『jet'aime』に居た。
道路を挟んだ反対側の『夢庵街』という喫茶店には、今まさに星宮夜風に会う為に、七瀬が入っていったところだ。
二人はその様子を大きなガラス越しに見ていた。二人とも深く帽子を被り、片や伊達めがね、片やサングラスをかけるという変装までして。
「七瀬さん……大丈夫でしょうか……」
「大丈夫だろ、あいつはそんなに動じる奴じゃないさ。 ……ところで、若狭くん」
南沢はそう言って、若狭の胸元をちらりと見た。体にフィットした黒いセーターを着た若狭は、体育教師だけありその引き締まった筋肉が服の上からでもわかるように盛り上がっていた。
「本来ならば、担当医が患者とプライベートな付き合いをすることは、ご法度だ」
「はい……ですよね、すみません……。でも、一人じゃどうしても不安で、居ても立ってもいられず。来て下さり、ありがとうございます!」
「ふむ。 それで若狭くんは、経験は、女性としか?」
「……はい?」
「女性としか、経験はないのかな?」
「……え……ええっと……女性としか、ありませんけど……」
「そうか! 実はね、僕は、バ…」
「あっ!!!」
「あ?」
南沢が若狭を口説こうとしたまさにその瞬間、若狭が声を上げて窓の向こうに指を指した。南沢も、その方向を見る。
「げっあれは!」
「ちょちょ、なんでっ!?」
なんと、夢庵街から飛び出して走っていく、七瀬の姿が見えたのだ。
「おいおいおい、あいつなにしてんだ」
ガタガタと席を立ち、コーヒー2杯分よりも多いが千円を置いて、二人は慌てて外に出た。
すると、向こうの店からも慌てたように星宮夜風が出てきて、若狭たちと目が合い、しかも星宮はすぐに若狭に気づいたようだった。
――なんでいるの――
星宮の口元がそう動いているのがわかったのだ。
△△△
xxxその30分前xxx
「こんにちは」
「こんにちは」
七瀬はあれから一週間ぶりに星宮夜風に会うことに、少しばかり緊張していた。
「元気そうで良かったよ。心配してたんだぞ」
「うん、すまん」
「……」
「……」
「その、だな。ハッキリ言おう。若狭の事なんだが」
七瀬がそう言うと、星宮はますます黙り込んでしまった。
「あいつ、めちゃめちゃ反省してたんだ」
「……」
そう言うと、夜風は顔を赤らめた。この一言で、七瀬が全て聞いたと悟り、恥ずかしくなったのだろう。
「あいつは君と過ごした時間が楽しすぎて、それに純粋に君の事が好きなようで……ほら、男ならついついいろいろ考えちゃうだろ?」
「いろいろ?」
「つまり、抱きしめたい、とか、そういう事だよ」
七瀬もなんだか恥ずかしくなり、口篭る。
「……でも……」
「?」
「でもあいつ、急にキ……キスなんてしてきて、嫌だって暴れたのに、その……舌まで入れてきたんだぞ、それだけじゃない、それと同時にむ……胸まで……」
夜風はますます顔を赤くして、横を向いた。
「む……! あいつ、なんて事を……。僕はそこまで聞いてなかったんだ。すまん。あいつの変わりに謝っておくよ。もう嫌気がさしたかもしれんが、あいつとまた仲良くしてくれ。同じ失敗は二度としないはずだ。なんたって教師だからな。それに、泣いてたんだ、若狭くん」
七瀬がそう言うと、星宮は目を大きくして七瀬を見た。
今日は日中だからか、薄化粧だけれど相変わらず凛としていて綺麗だ。艶めかしい長い髪が着ている白いシャツの胸元のフリルにのっかり、なんとも色っぽい。
「……七瀬さん……私が話しをしたいと思ってたのは、……あなたなのに」
そう言って、また頬を赤く染め、顔を背ける。
「……?」
七瀬は、星宮夜風が何を言ってるのかすぐに理解できなかった。
すると彼女の携帯電話が鳴り、彼女は席を外す。
暫くして戻ってくると、
「実はな、あの時の女子三人と仲良くなって、連絡を取り合ってたんだ。今日愛葉に会うと伝えたら、今、こっちに来るって。4人の休みが合うなんて、レアだよな」
「……は?」
「だから、伊吹とまどかと詩穂埜がここに……」
来る? 全員? まさか。
本当か? 僕に会いに? 嘘だろ……!!!
「ご、ごめん、これ、釣りいらないから」
気がつけば、七瀬は逃げるように喫茶夢庵街の玄関を飛び出していた。




