13話 依存症
「あたためますか?」
「あたためんに、決まってんじゃねぇかよ~」
「お箸はおつ…」
「つけんに決まってんじゃねぇかよぉ!俺はよぉ、最近越してきたからよぉ、覚えとけよゴルァ、あたためっし、箸いれっからな」
「…はい、ありがとうございました」
その日は18時から勤務のコンビニ『SMILY』の仕事は、後十分で終わろうとしていた。早朝は酒に酔った客も多い。訳もなく攻撃的な態度をとる客も多いのだ。
ぽつぽつと、店内に入ってくる客も増えてきた。
「いらっしゃいませ」
七瀬は客とは極力目を合わせないようにしていた。さっきのような輩に絡まれる事を防ぐこともそうだが人見知りが大半の理由だった。
そうしていつものようにホットコーヒーとブルーベリー味のガムにバーコードリーダーをあてたとき、
「愛葉さん」
と客が言い、驚いてその客の顔を見た。
「若狭くん……」
若狭颯太だった。
***
若狭は七瀬の仕事が終わるのを待っていた。
朝5時、薄明るい空と澄んだ空気がだるい仕事で熱をこもした体を少しだけ冷ますようだった。
二人は近所のファミレスに入った。
「よくわかったね、僕の勤務先」
七瀬はまずそう言ってホットコーヒーを啜る。
「実は……昨日、思い切ってカウンセリングを受けに行ったんです。"ミナミ心療内科"に」
「なに?南沢の病院に行ったのか」
「まさか南沢さんが居るとは思わなかったんですけど。でも私的にはそっちの方が少し気が楽だったので、担当医を南沢さんにお願いして……」
「まじかよ、あいつインチキ精神科医だぞ」
「そんなことないですよ。有能なお医者様だって有名なようでしたし。それで、七瀬さんのお話になって」
「また、人の個人情報をベラベラ言ったわけだな」
「お陰でまた会えました。七瀬さんにラインしても返事がないから」
「おい、返事がないっていう事は話す事はなにもないと言ってるのと同じだぞ。中学の教師のくせにそんなこともわからんのか」
「それじゃあ、女の子と連絡は……?」
「とってないよ」
七瀬が病院から帰宅してから三日。 女達にラインは返していない。
「そうですか……」
若狭の顔に影が差した気がした。
何かあったから、こんな朝っぱらからここへやって来たのだろう。
「若狭くんも、連絡とってないの?星宮さんとは…」
「ああ!」
? 星宮という名前を出したとたん突然テーブルにひれ伏した若狭を見て七瀬は驚いた。
「僕はなんて事をしてしまったんだ!!」
そう言って、若狭はマジで泣いているようだった。ぐずぐず鼻を啜る音が聞こえる。
「ど、どーしたんだよ?」
七瀬がそう言うと、若狭はゆっくりと顔を上げた。
「会ったんです、実は、夕べ……僕が連絡をして、一緒にご飯を食べて……」
若狭は声をつまらせた。
目は赤く充血している。
「どうしたんだよ」
「ご飯を食べた後、バーで飲んだんです。お洒落なバーで、カクテルを。僕はマティーニ、彼女はモスコミュールを頼んで」
「うん」
「……で……凄く……楽しかったんですぅ。彼女も、あのクールな彼女も笑顔を見せてくれてて可愛くってぇ……」
若狭の目から涙が溢れ始め、きちんと畳まれたブルーのハンカチをバックから出し、その涙を拭きながら話しを続けた。
「僕の悪い癖が出てしまって……彼女を送る帰り道、暗い道を二人で歩いている時に、僕の『虫』がのそのそと這い上がってきて、つい、彼女の腕を掴み抱き寄せ、キスを……」
「き、キスをしたのか!?」
「はい……」
「まじか……」
やっぱり宇宙人だ、と七瀬は思った。
「でも、思い切りビンタされてしまって。彼女、目に涙を溜めて言ったんです」
七瀬もゴクリと息を呑んだ。
「良い人だと思ってたのに……って……」
うわぁ。
という事は、もう若狭は彼女の中では『悪い人』になってしまったのか、一瞬で。七瀬は言葉に詰まった。なんと言えばいいのかわからない。
しかし、こんな好青年に初日から襲われたら、女もびっくりするだろう。ドン引きするかもしれないな、と七瀬は同情した。
「僕の中の虫を、僕は消したい。どうしてこんなに体が欲しくなるのか、自分でもわからないんです。南沢先生は、何かのトラウマが引き起こしているかもしれないと言ってましたけど……思い当たることもないですし」
「あのぅ、そのセックス依存症って、つまり、どうなるの?ただやりたくなるってだけじゃないのか?男なら誰しもある願望じゃ……」
「突然、抑えられない衝動に駆られるんです。空腹のけものの前に生肉を置いたような感じと言いますか……かといって、犯罪は起こしてませんし起こしませんよ、それだけは誓って言えます」
「生徒とか……」
「不思議と生徒にはそんな感情は芽生えないんですよ。中学生ですしね」
「そうか、そうだよな」
七瀬は何故か少しホッとした。
「じゃあ、そういう時どうしてんの?」
「出会い系サイトを利用することが多いですね。後は飲みに出かけて行きずりとか……。今多いのは人妻です。寂しい方が多いんですよ」
「人妻か、確かに、君は物凄く需要がありそうだな」
「でも、長く会うことはありません。揉め事になるのは嫌なので」
「そうか……性欲を抑えられないって言うのも大変なものだな」
「だから、お願いがあるんです七瀬さん!!」
また突然大きな声を出し頭を下げる若狭に、七瀬は酷く嫌な予感がした。
「星宮さんに会って、僕の代わりに謝ってもらえませんか!?」
「は?」
「あの日は浮かれすぎてしまって、本当に本当に反省してます、と」
「な、僕が!?」
目の前で小鹿のように震えて泣く男のお願いを、七瀬に断れるような雰囲気ではなかった。




