6ー3
周囲に敵影は無い。リオンは<セイブ>の操縦席に座りながら、魔力知覚を総動員して辺りを調べていた。
この<セイブ>は従来の鎧人形と違い、操縦席が野晒しになっている。動力を備えたボディと、牽引するための腕、そして歩くための脚があれば、"移動用"の器体として完成してしまう。
寝ずの番だ。シルヴァとリカードは仕事を終えて仮眠をとっているため、話し相手もいない。
リオンとて一日中、鎧人形を動かしていた。普通の人間ならば充分な休養が必要だったが、体力にも魔力にも枯渇の兆しはなかった。
「…………」
暇だった。とても暇だった。
一応は傭兵なので、待ち伏せなどはお手の物だ。だが、今は戦闘時のように精神が高ぶっておらず、さりとて欠伸が出来るほど間抜けでもない。
ひどく苦しかった。
(ん……?)
同心円状に張り巡らせていた魔力知覚が何かを捉える。
これは知り合いの魔力だ。敵対的なものではない。
『いいですか?』
リリアナの声が耳元で囁いてくる。近辺のマナが少ないためボリュームが小さい。こちらの魔力で補強してやると、囁き声はしっかりとしたものになった。
「ああ、いいよ。他の二人は寝てるし」
リリアナは近くにいる。昨晩の戦闘を間近で見ていたはずであり、リオン以外の人間が寝ているというのも分かっているはず。三文芝居だ。
(なんだかね……)
『損害は?』
「三番の大型車が大破。それと逃げる時の騒ぎでお皿が三枚割れたくらいかな。これって経費で落ちる?」
『<ライン・ラーク>は?』
リオンのウィットに富んだジョークにも耳を貸さず、リリアナは蒼い鎧人形の事について尋ねてきた。
「ほぼ無傷。リカードのお墨付きだ。シルヴァに感謝しないと」
『……なるほど』
「文句はない?」
『……そうですね』
文句など言えないだろう。シルヴァやリオンほどではないが、リリアナも戦闘術の心得がある。ケチのつけようが戦い振りだった。
「君も、いい加減にシルヴァを信用した方がいいよ」
『それは、あちらの出方次第です。私はいつでも腹を割って話すつもりでいますが……』
嘘ばっかり。リオンはそう思ったが、口には出さなかった。考えようによっては、自分などより彼女の方が、よほど誠実な対応をしていると思ったからだ。
「頼りにはなりそうだよ。……これは悪い話かもしれないけど」
『いまさら弱音ですか?』
「騙してるようなものだからね。それに、これは個人的な問題でもあるから、気は進まないよ。君だってそうだろう?」
『……迷いなど、とうに捨てました。だから<ライン・ラーク>にあのコアも積んだ』
「…………」
リオンは黙り込む。やはり彼女の方が正しい。いざという時は男より女の方が度胸があるのだろう。情けない気分になった。
『<ブーゲンビリア>があなたの鎧人形も運んでくるそうです。とても高価なので壊さないように』
荒野に木枯らしが吹いた。砂が風に混ざり、リオンは目を閉じる。リリアナからの通信が途絶えた。
「……分かってるさ」
砂色の世界を見据えて、リオンは呟く。
視線の先には遠くの方から砂埃を巻き上げる、大きな一つの影が迫っていた。
◇
早朝。来希はむくりとベッドから身を起こした。柔らかい日差しが、カーテンの隙間から漏れている。
睡眠時間は……恐らく四時間ほどだろう。思えば、この世界に来てから熟睡したことなどなかったかもしれない。
近くに置かれていた水瓶から水をコップに注ぎ、一息つく。冷えた液体が食道を通れば、後頭部にまとわりついていた眠気も消え去っていった。
(よし……)
鳥のさえずりを聞きながら着替えを済ませ、身なりを整える。勇者用の礼服に身を包んで外へ出ると、見知った顔が待っていた。
短く切りそろえられた金髪に、深紅の瞳。リエリアだ。
「どこへ?」
いつもとは違い、苛立っているらしい。事務的な声音ではなかった。
「ゴドウィンさんの所だよ。話をしに行くんだ」
気負いもせず、来希は応える。どうせ昨晩の会話も聞かれていたのだろうし、咎められるようは事もしていない。
「…………」
僅かに睨まれる。裏切りだと思われているかもしれない。
来希にはそれが腹立たしかった。そちらが何も教えないから、こうして他人に話を聞くのではないか。騎士団と軍部の軋轢など、知ったことではない。
彼女の脇をすり抜け、歩き出す。リエリアも後ろについて来た。会話も無いまま、廊下を進む。すれ違う人々が揃って恭しく挨拶をしてくるので、それに応えるのに時間を取られた。
軍本部の正面玄関をくぐると、ロビーにゴドウィンの姿が見えた。
「おはようございます。ライキ殿」
ゴドウィンは寝不足のようだ。疲労の影がある。きっと、自分のせいだろう。来希は申し訳ない気分になった。
「おはようございます。それで、話というのは……」
「その前に、例の書類を提示して頂きたい」
昨日、ゴドウィンから渡された羊皮紙の事だ。ちゃんと持ってきていたので、来希はそれを彼に渡す。
「確かに。すみませんな。手間を取らせて」
書類を近くにいた黒服の男に渡してから、ゴドウィンは笑みを浮かべる。営業スマイルというやつだ。
「あ、いえ……」
「どうぞこちらへ」
ゴドウィンの案内で来希は建物の奥に進む。リエリアも後に続こうとするが……衛兵が割り込んだ。
「……なんの真似だ」
目を細めるリエリアに、黒服の男が言う。
「恐縮ですが、貴殿にはこの先へ進む権利がありません」
「ギルドの人間が、偉そうな口をきく」
「公平な立場の人間が必要な事もあります。今などは特に」
ギルドと呼ばれる組織の男は、物怖じしない態度で言った。直後、リエリアの全身から高密度の魔力が溢れる。異常な量だ。
その場にいた大勢の人間がすくみあがる。
「私はライキ殿の護衛を任されている。邪魔するなら、この建物ごと斬らせてもらう」
リエリアは腰の剣に手を伸ばした。明らかにやり過ぎだと思い、来希は止めようと前に出る。しかし、その前にゴドウィンが口を開いた。
「これ以上の無礼は止めてもらおうか、アルハーデン」
しっかりとした、重みのある声。来希に薄っぺらい笑みを向けていた肥満の中年男が発したものだ。
「今回の件は、我らが姫の提案だ。取り消したいのなら、王家の意見が必要になる」
「なんだと……?」
リエリアが信じられない、といった様子で目を見開く。来希はなにがなんだかわからないまま、ゴドウィンに促され、
「こちらへ」
「あ………」
どうするべきか迷い、リエリアの方を伺った。彼女は眉にしわを寄せ、周囲の人間をいまだに威嚇している。怒りが収まらないようだ。
何故、あそこまで軍部を目の敵にするのだろう? そんな、当然の疑問が浮かぶ。
「…………」
きっと、彼女は答えてくれない。今までずっとそうだったし、これからもそうだろう。重要な情報を、いつも隠すのだ。
この状況を打破しなければならない。前からそう思っていた。
来希はリエリアから視線を外し、ゴドウィンの方へ向き直る。
「行きましょう」
そう言って、彼はゴドウィンの後へ続いた。




