第七話 先代
小山のような巨体。あまりに大きく、見渡すには少しばかりの苦労が必要だった。
場所は荒野。シルヴァは宿代わりの車両から抜け出て、顔を引きつらせた。轟音が近づいてきたと思ったら、目の前にどでかい鉄の塊が鎮座しているのだ。
「…………」
それは船だった。人が水の上を移動すべく造った、あの船だ。繰り返すが、ここは荒野である。間違っても水の上ではない。
「でかいですねー」
リカードがのんびりとした様子で言った。彼もシルヴァと同時期にスカウトされて加入した人間なので、目の前の鉄塊のことは知らないはず。
「驚かないのか?」
「事前に知らされていたんで。シルヴァさんこそ、なんで今さら驚くんです?」
この船は、ウィンステッドではそう珍しくない一品だ。アルメイアでは見かけないが、こちらの国では軍事利用もされている。交戦した経験もあったし、沈めた経験もあった。
だが、今までシルヴァが目にしてきた船は、大きくて全長150メートルほど。目の前の鉄塊は倍近くある。外観からも重厚な威圧感が感じ取れた。
「でかすぎるだろう。いい加減にしろ」
「仕方ないですよ。この船は軍事目的のために、新規で設計された物ですから」
「また試作品か」
「だから、仕方ないんですって」
たまにはマトモな装備をくれ。シルヴァは切実にそう思った。高価で高性能な試作品などいらない。安価で標準的な性能の物が欲しいのだ。
「前に話した銃砲も持ってきてくれたそうなんで、後でテストしてみましょう」
リカードは嬉々として歩いていく。鉄塊──船の側面がいらっしゃいとばかりに開き、シルヴァを更に苦い表情にさせた。
◇
勇者を連れたゴドウィンは自分の執務室に彼を案内した。日の出からそれほど経っていない時間帯だ。小太りの中年男は重い瞼を開け、朦朧とする意識を奮い立たせる。
"上司"からの命令で急遽、今日の応対が決められた。
そのせいで昨晩はパーティーにも満足に出席できなかった上、増えた仕事も終わらせなくてはならなかった。
そういえば、葉巻も吸っていない。食事もだ。そう思うと体が急にそれらを欲しがってくる。最悪のコンディションだった。
「どうぞ、お座りになってください」
秘書の男に茶の用意をさせ、勇者を椅子へと促す。一五かそこらの少年はおどおどしながら椅子に座った。体調は万全らしく、ひどく妬ましい。
「では……早速、始めましょうか。私にも予定があるので」
そうだ。これから飯を食ってシャワーを浴びた後、葉巻を堪能してからベッドに潜り込むという、大切な使命があるのだ。
「ええと……」
勇者は少し逡巡してから、
「どうして、騎士団と軍は対立しているんですか?」
意外と際どい質問だ。ゴドウィンは回転の遅い頭を緩やかに回し、「偏見が入りますが……」と前置きする。
「まず、騎士団というのは王家の直属です。そして我々、軍部の上司は政治家──文官と呼ばれる人々」
王家と政治家。この時点で、既に優劣関係が生まれている。言うまでもなくアルメイアは王政なので、必然的に騎士団の発言力は強くなる。
「他にも違いはあります。騎士団は名家出の人間が上等な教育を受けてから入る場所。軍部は農民だろうが商人だろうが関係なく、誰でも入隊が可能です」
これも道理である。高度な教育機関で上質な教育を受けた者が高い地位に収まるのは当然だ。騎士団と軍部では年月にも違いがある。
建国時から国を守護してきた騎士団と違い、政治家が設立した軍部は些か歴史が浅い。
「ですが……」
ゴドウィンは紅茶を一口飲んでから言った。
「やはり、大きな戦も無いと、こういった組織は形骸化していきます。次第に騎士団は問題を抱え込むようになりましてな……」
予算の無駄遣い、賄賂、犯罪の隠蔽。ゴーレムの開発が加速していたのもあって、アルメイアは一度、貧困で傾きかけた事がある。
"トライ・スター"なるふざけた制度が生まれたのもこの時期だ。転換期を迎えた騎士団は内部の問題を解決する独自の機関を生み出した。
こうして、優秀な若者を重用するという意味不明な制度は意外にも組織の"膿み出し"に成功し、今も続いている。
「それでも、騎士団はなんとか立て直したのですが……また別の問題が」
「問題、ですか?」
ゴドウィンは勇者を見据え、
「あなたですよ。勇者殿」
「え………」
勇者がギョッとする。流石に今のは肝が冷えた。なにせ、王家に比肩する人物に馬鹿な物言いをしたのだ。眠気も吹っ飛ぶ。
「過度な厚遇は増長を生みます。加えて、勇者というのは総じて戦闘適性が高い」
こういった扱いは当然だが、召喚された人間に良い影響は与えない。少しばかり訓練しただけで常人など及びもつかない力量になってしまう。
いま目の前にいる少年も、その気になればゴドウィンの首を即座に──本人に気づかれることなく──はねる事も可能だろう。勇者というのはそういう、特別な人種だ。
「もちろん、あなたも含めて勇者というのは皆、善良だ。しかし、良心とは脆弱でもある」
◇
「勇者が問題を起こしたんですよね?」
来希は身を乗り出して尋ねた。最も知りたかった話だ。ゴドウィンは紅茶を一口飲み、少し間を置いて言った。
「二年前の事です。アルメイアはある国に戦いを仕掛けました。相手はエスタニアという小国。先代勇者の、ある一言が発端になったのです」
「それは?」
「簡単ですよ。あの国は魔族と通じている……そう言うだけで、アルメイアという大国が動いた」
ゴドウィンが少し古い地図をとり出し、その一部分を指差した。色分けがされているので、文字の読めない来希にも理解できる。
世界樹に近い場所に、小さいながらも国があった。現在の地図を思い出す。確かここは──
アルメイアの領土だった場所だ。
「…………」
信じられない話だと思った。勇者と言っても所詮は余所者だ。そいつが"敵だ"と言っただけで戦争になるなど、あまりにも──
「馬鹿げた話だ。そう思ったでしょう?」
あっけらかんと言い放つゴドウィンの態度に、来希は憤りを覚えた。たった二年前の事だ。彼も当事者の一人だっただろうに。
「勿論、我々も同じ考えでした。勇者といえど、確たる証拠も無しに戦争は始められません。エスタニアは国の規模の割に高い技術力を持っていましたし、侮れない軍事力も持っていた」
「なら、どうして?」
戦った場合のリスクが高いのは来希にも分かる。正当性が無ければ内外問わずに批判を受けるだろうし、信頼も失うのは明らかだ。
攻め込まれた国の人間からは大変な恨みを買い、テロが──
「そういえば……」
昨日の作業員たちが言っていた事を思い出す。ヘルトロイトという街で騒ぎが起こったらしい。これはまさか。
なんという事だ。アルメイアは国外では鼻つまみものだ。特に勇者などは汚物のように嫌われているだろう。
「どうして止めなかったんです!? 凶行でしょう、これは!」
憤りが爆発して、来希は怒鳴った。無理やり異世界に連れてこられた挙げ句、悪人の後継者をやれと言われている。
「止められなかったのですよ」
来希の反応を予測していたのだろう。ゴドウィンは冷静な様子だった。
「我々とて馬鹿ではありません。入念な下調べの後、少しばかりちょっかいを出しました。なんということはない、エスタニアの近くで演習をやっただけです」
ゴドウィンがまた地図を指差す。そこは二国の国境で、ギリギリ、アルメイアの領土だった。なるほど、これは立派な挑発行為だ。
「そうしたら、大規模な魔物の群れが出てきましてね。世論は一気に傾きました」
「……じゃあ、本当に魔族と通じていたって? あまりにも安直すぎる」
「全くですな。もっと言えば、あまりにもタイミングが良すぎた。まるで打ち合わせをしていたかのように」
「それは、一体どういう……」
ゴドウィンの言葉は嫌な含みを持っていた。来希は眉を寄せる。情報の収集。待ち望んでいたことだったはずだ。
なのに思考は堂々巡りし、頭が煮詰まる。なにか、とても嫌な感じだ。自分の預かり知らぬところで、大変な危機に巻き込まれているような……。




