6ー2
「問題は無い?」
蒼い鎧人形からリカードが降りてくる。
「はい。関節にも異常はありません。見た限りじゃ"普通"ですよ」
普通。良い言葉だと、シルヴァは思った。
「だってさ。良かったね」
「まったくだな」
ガーベラ・ポートの男三人は、焚き火を囲んで<ライン・ラーク>の点検をしていた。かなりの負担をかけたというのに、骨董品のゴーレムはびくともしていない。
(ま、これが普通なんだろうがな……)
本来、ゴーレムは高い機動性と走破性、巨大な武器による空前の破壊能力、そして人に近い構造が生み出す形状維持能力が売りの魔導拡張器だ。
補給や整備が満足に出来ない状況下でも充分な性能が発揮できる造りになっている。
だが、シルヴァの中でのゴーレムの認識は違った。
国立学院を三位の成績で卒業したシルヴァは、トライ・スターの一人としてゴーレムを与えられた。<グローリー>より遥かに性能の高いオーダーメイド器だった。
それを二度の戦闘で三回壊し、器体は屑鉄に。それからは<グローリー>を騙し騙し使う日々が待っていた。
一キロ移動しては休憩。ゴーレムが回復したのを見て、また移動。一キロ移動して休憩。その繰り返し。ちょっと激しく動かしただけで武器は折れ、四肢はもげる。そのせいで何度、窮地に立たされたことか。
思い返すと目頭が熱くなってくる。
「どうしたの?」
食事の準備をしていたリオンが尋ねてくる。彼からパンと水を受け取り、
「いや、昔の思い出を振り返ってな……」
涙ながらに語る。その様子にリオンは首を傾げた。そこにリカードが戻ってくる。
「やっぱり、排熱に問題がありますね」
「まだ熱が溜まっているのか?」
「いや、コアが高出力なんで、そのせいです。リミッターは掛かってますけど、疑似血液が循環する時に出る熱が……」
「戦闘に支障は?」
リオンが訊く。
「無いとは思います。でも、組み合わせが組み合わせですから……ね?」
「そうだね。偉大なコンビだ」
嫌味だろうか。シルヴァはパンをかじりながら思った。
「だが、まずいな」
「パンが?」
「違う。敵の規模だ。まさか一〇器も出してくるとは思わなかった」
デビュー戦だったとはいえ、敵の連携にはシルヴァも舌を巻いていた。あの手際は熟練のものだ。
「凄かったと思いますけど……。一応は追い返したんですし」
戦闘に関しては素人のリカードが言う。七対一で引き分けに持ち込むというのは尋常の技ではない。遮蔽物に乏しく、味方の助けも無いとなればなおのことだ。
「問題は、敵があっさりとあれだけの戦力を投入してきた事だ。最近のテロ屋は凄い」
ヘルトロイトで戦った敵など、ワンマン・ゴーレムを所持していた。アルメイアで反政府組織狩りをしていたシルヴァだが、あらためて今までとは違う事を痛感する。
「錬度も高かったしね」
あっけらかんと言うリオンに、シルヴァは眉を寄せた。
「見てたなら助けろ。一目散に逃げやがって」
「あの<セイブ>は移動用の奴だよ? 自殺行為だ」
確かにそうだ。リオンが搭乗していた器体は大幅に改修がなされており、戦闘にはほとんど使えない。
だが、とシルヴァは思う。リオンは手の内を見せたがらないのだ。相当な──それこそ、トライ・スター並みの──技量を誇るくせに、その全貌が把握できない。
頑なに隠している、というわけではないと感じる。事実、シルヴァとリオンは何度も共に戦っているのだ。しかし、それで分かった事といえば、彼が槍の使い手だという事と、水魔法を得意としている事くらいである。
微妙な違和感。変だとは思っていても、口に出さない程度のものだ。それが頭の中でしこりとなっている。
(まあ、いい)
とりあえず、思考を切り替える。リオンが何を考えていようと、関係のない事だ。今のところは彼と戦う予定もない。
いま考えるべきは目の前の問題についてだ。
「なんにせよ、<ライン・ラーク>だけじゃ荷が重い。手が足りないし、武器も満足に無いからな」
戦力で勝る相手と渡り合う手段は幾つもある。奇襲などは効果的だし、罠を仕掛けるのも良い。だが、残念なことに、それをするのにも戦力が足りなかった。うんざりとしてくる。
「どうします? こっちの戦力がバレた以上、相手はまた攻めてくるでしょ」
「一度、街に戻るのは? あそこならウィンステッド軍も常駐してるし……」
「市街地での戦闘は御法度だ。侵入を許した時点で無能だと思われる」
三人は腕組みし、うんうんと唸った。あとすこし、もうすこしだけましな戦力だったら出来ることもあったのに。
「なんにも上手くいかないねぇ……」
リオンの悲壮感に満ちた呟きが、夜の空気に溶けていった。
◇
コツコツと、足音が近づいてくる。暗いまどろみの中を漂っていた来希は、おもむろに顔を上げた。
「…………」
「…………」
目の前に、金髪の美女が立っている。色白の肌、赤い唇、鋭い眼光。全てが高貴だった。
「勇者か?」
氷のような声だった。冷や水を浴びせられたように来希はハッとする。
「え、と……」
「こんなところで何をしている?」
「……な、何も」
「…………」
相手の目が細められる。軽蔑の視線。まるで暗い胸の内を見られたようだった。
「……気に入らんな」
そう言って、彼女は歩いて行った。呆然としていた来希は我に返り、その背中を見つめる。
(あの人……)
横柄な口調だった。来希を勇者と認識しての、あの口振り。
「まさか……ん?」
また足音が近づいて来る。今度は早足だ。歩幅は不規則で、運動に慣れていないことが分かる。
「おお、ライキ殿。こんな所に……」
足音の主はゴドウィンだった。彼は流れ出る汗をハンカチで拭きながら歩み寄ってくる。
「あ、すみません。途中でいなくなっちゃって……」
「いえいえ。さぞかしお疲れでしょう。部屋でお休みください」
「はあ……。ありがとうございます」
そんな事を伝えるためだけに、汗だくになって走りまわっていたのだろうか。疑問に思っていると、ゴドウィンは懐から一枚の羊皮紙を取り出す。
「こちらを」
「なんですか、これ?」
あいにく、来希は字が読めない。羊皮紙は金で装飾された立派な物だったが、こんな物を貰っても困る。
「ライキ殿は、今の境遇に不満があるようで」
ようやく息を整え、汗も止まったらしいゴドウィンはハンカチをしまいながら言う。
「そりゃあ……あります。誰も、何にも教えてくれないんだから。字も読めないし……」
来希の言葉にゴドウィンは頷いてから、
「そうでしょう。歴代の勇者も同じ不満を抱えておられました。そこで、です」
一度、言葉を切る。
「明朝、私の執務室にお越しください。あなたの質問に答えましょう。その紙はアポイトメント代わりですので」
「…………」
「では、私はこれで」
ゴドウィンは肥えた肉体を引きずって去っていく。来希は受け取った羊皮紙を見つめ、
「どうする……?」
しばし迷った挙げ句、それを懐へしまい込んだ。




