第六話 初陣
蒼い器体が月光の下、激しく躍りまわる。一挙手一投足が研ぎ澄まされた刃物のごとき鋭さだ。包囲されているというのに、致命的な一手をこちらに打たせない。
三回目の狙撃。モーリスの乗った<グローリー>は絶好のタイミングで正確な一撃を敵器に叩き込んだ。
しかし。
「あいつ……!」
蒼い鎧人形は紙一重で魔力弾の直撃を回避した。初撃の時のような危なっかしさは一切なく、次の機動にも淀みは生まれない。
読まれていたのだ。
モーリスは舌打ちをする。最初は優勢だったはずだ。こちらの連携に相手は圧倒されていた。これは確かだ。
だが、時が進むと同時に戦闘の流れを徐々に掌握されていった。今では五分に持ち込まれ、損害は無いものの当初のペースを失いつつある。
先ほどの事もそうだ。モーリスは相手の隙を逃さず、必殺の一撃を放った。シルヴァ・ウィンチェスターの仕掛けた罠だとも知らずに。
「三番器、左に回り込め。六番器はフォローだ。射線は空けておけよ」
冷静に指示を出しながらモーリスは器体を移動させる。今の采配は時間稼ぎのためのものだ。戦闘開始直後はもっと攻めの姿勢だったのに。
(ここは攻めるべきか? だが……)
妙な気味悪さが脳裏から離れない。こちらがとる全ての行動が相手の思惑通りのような……何もかもが裏目に出そうな、そんな気味悪さだ。
「弱気になっているのか……。この俺が?」
自分に問いかける。モーリスはがっしりとした体つきに無精髭をたくわえた、どこにでもいる大男である。
元はある国の軍隊に所属しており、そこで鎧人形と歩兵を組み合わせた戦術のエキスパートとして名を馳せていた。
国がアルメイアに滅ぼされた後は反政府組織に加入し、そこでこれまで培った技術を生かしていた。幹部になるのは容易い。現場を指揮できる人間が慢性的に不足していたからだ。
高い戦果を挙げたアレット・デュプレのグループと<アヴェンジャー>を取り合ったが、結局は彼女たちの方へ器体は渡された。連携を売りにするモーリスと<アヴェンジャー>の相性が悪かったためである。
長い時を戦いに費やしてきた。なのに──
あの敵は特殊だ。戦術が今一つはまらない。流動的に変化し続けているからなのか。周囲に展開させている予備兵力も使うか、モーリスは迷っていた。
敵に取りつこうとした三番器が中破。右腕をもぎ取られた。すかさず僚器がフォローに入る。
「くっ………」
予備の戦力は<セイブ>が三体だ。投入すれば勝利できるが、相手は逃げようとするかもしれない。逃がさないという保証はなかった。
モーリスは器体の腰から炸裂バトンを抜き、頭上へ放り投げる。眩い閃光がはしり、辺りを照らした。撤退の合図だ。
「情けないな……」
蒼い鎧人形に深追いをする意思はないらしい。モーリスの器体に意識を集中させている。こちらもこれ以上やるつもりはない。安全を確保するまでプレッシャーを与え続けるだけだ。
強化された視力が、敵器の肩に何かの模様を捉える。なんとなしに注視。
(あれは……三日月か?)
エンブレムのようだった。交差した二本の剣が三日月に刺さっている。どうやら中々に自己顕示欲の強い操縦者のようだ。
モーリスは部下達が後退したのを確認してから、自器を下がらせる。過熱状態のロッドを収納し、ジャンプ。蒼い敵器を視界に焼き付け、その場を後にした。
◇
敵の撤退を確認。自器の状態をチェック。脚の関節部を中心に熱が溜まっている他は、目立った損傷は無い。
装甲にかすり傷はあるが、明日の朝には元通りになっているだろう。高い再生力は<ライン・ラーク>の数少ない長所だ。
全身の装甲が展開し、熱を吐き出す。生み出された風が荒野の荒肌にこがらしを作った。
『どうだった?』
耳元でリオンの声が囁いてくる。風魔法の一種だ。マナのほとんど無い土地で使えるとは驚きだった。
「それは敵についてか? それとも、この器体についてか?」
胸部装甲を開き、ゴーレムから降りる。新品だった装甲には砂が付着して、その外見に威厳を持たせていた。
『どっちもだよ』
「あの敵はできるな。見事な統率力だったよ。おかげで二体しか倒せなかった」
『それはこっちでも見てたさ。嫌な敵だった。後詰めの戦力も隠してたみたいだし』
「ああ。<セイブ>が三器だろう」
シルヴァは<ライン・ラーク>の脚に腰掛け、欠伸をしながら言った。彼方でリオンが驚いているのがわかる。
敵は一キロほど離れた所に予備の戦力を隠していた。それを戦闘機動を行いながら確認するというのは並みの技能ではない。
「流石に、それを投入されたら苦しかったな」
『相手の指揮官器も珍しい装備だった。<グローリー>に狙撃用のロッドだなんて、予算に余裕がある証拠だよ』
「うちとは違うな」
<ライン・ラーク>を見上げて言う。
『まったくだね。嫌になってく……え? ああ、わかってるって』
あちらでごそごそと物音がする。
「どうした?」
『リカードが<ライン・ラーク>の事について聞きたいってさ。待ちきれないみたいだ』
「それは合流してからで良いだろう。とりあえず、問題は無かったよ」
戦闘の後にやってくる倦怠感に耐えながらシルヴァは欠伸を噛み殺す。
ひどく眠かったが、リカードは大量の質問を持ってやってくるだろう。もしかしたらリリアナも来るかもしれない。
「…………」
最悪の気分だった。仕事に疲れるお父さん達の気持ちがわかる。眠気を振り切るようにシルヴァは立ち上がり、最初の戦いを終えた乗器を見やる。適度についた汚れが、いい味を出していた。
「いいな。ハンサムになった」
まだ熱の残る蒼い装甲を拳で叩き、シルヴァは言った。
◇
大広間。今はパーティーが開かれている。元々は別の予定があったらしいが、今は勇者への顔合わせに使われていた。従って、主役は否が応でも出席しなくてはならない。
愛想笑いを振りまき、意味不明な挨拶を聞き流し、幾度となく握手を交わす。昼間の疲れも溜まっており、来希の体は疲労の極みにあった。
「はぁ……」
人知れず、深いため息を吐く。昼間の一件があって、気分が良くなるわけがない。
先代勇者が殺された。それが事実なのか、気になって仕方がなかった。どうにかして調べられないものか。
ルフォンスやヴァンプスに聞いてみる……というのもあるが、誤魔化される可能性も高い。軍の方はどうだろう? 騎士団と仲が悪いなら、それを利用できるかもしれない。歪んだ情報を渡されそうで怖いが。
「うーん……」
一番いいのは、今日のように身分を隠して行動する事だ。だがそれにも、限界がある。
(やっぱり、情報が足りないんだよな……)
この世界にはテレビのようなメディアが無い。口頭での情報集めには限界がある。言葉は通じても、文字が読めないのだ。これでは動きようがない。
せり上がってきた欠伸を噛み殺す。眠い。ひどく眠い。体の節々が痛かった。明日は筋肉痛になるだろう。嫌な予定が立ってしまった。
(どうしようかな……)
二時間近い顔合わせの儀式も終わり、来希は人気の無い場所にやってくる。壁に背中を預けると、ひんやりとして心地よかった。
それでも、リエリアの魔力を感じる。彼女は護衛兼監視なのだ。友人や恋人などではなく、どちらかといえば他人に近い。
相談できる相手がいない。というより、信頼できる相手だろうか。
来希はしゃがみ込む。背中が壁を滑って、尻が地面に着いた。うじうじとした気分。
どうしていいか分からなかった。思えば、自分は誰かに相談したことなどなかったかもしれない。小さい頃からそうだ。
何をやっても平均以上。頑張れば一番も狙える。だから特に悩んだことも、挫折したこともない。
もちろん、人並みに努力はした。高校へ進学する時は毎晩勉強したし、入学してからは部活での練習にも励んだ。
だが、それらも結局、危機感とは無縁だった。高校は有名な進学校ではあったものの、成績面で危なげは皆無。
部活もそうだ。一年で重要な試合になど出してもらえるはずがないので、特に気負いもしなかった。
(腑抜けだよな……)
膝の間に頭を乗せ、感傷に浸る。どこまでも情けなかったが、どうしようもなかった。疲れや苛立ちもある。
そんな時、足音が近づいてきた。




