第7話 光は闇に手を伸ばす
「皆の憧れのお前らが……生者を殺すのかよ!!」
あの言葉が、ずっと耳に残る――
耳を塞いでも、胸の奥から響いてくる。まるで、自分自身の心が責めているかのように。
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幼い頃、私は両親を目の前で魔物に殺された。
血の匂い、肉が裂ける音、父と母の叫び声――
世界が崩れる音を、私は確かに聞いていた。
あの瞬間から、世界は音を失った。
耳に届くはずの悲鳴すら、遠く霞んでいった。
気がつけば、私は光に包まれていた。
暖かく、優しく……けれど、どこか悲しい光だった。
その光にすがるようにして、私は初めて“救い”を知った。
その日、私は“聖なる力”を手に入れた。
ヴァチカンはそれを“神の奇跡”と称え、私は特別な存在になった。
選ばれし者、神の子、救世主――
世界は私に、光の名を与えた。
訓練の日々は過酷だった。
心を殺し、涙を捨て、ただ“正しさ”を学び続けた。
「弱き者を守るために」
「闇を払うために」
――そのためならば、自らの感情すらも切り捨てろと教えられた。
でも、私は忘れられなかった。
困っている人を見るたび、あの日の自分を重ねてしまう。
泣きながら助けを求めていた、あの時の“私”を。
震える手を、私は無視できなかった。
たとえそれが規律違反であっても。
その手を振り払うことが――どうしても、できなかった。
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「セレナ、貴女は優しすぎる。それは規律違反に繋がる」
ヴィザの冷たい声が、胸を突いた。
彼は間違っていない。
私たち聖騎士は、秩序を守る存在でなければならない。
――けれど。
光では救えなかった。ならば私は――あの闇に、手を伸ばす
あの時の屍鬼の叫びが、何よりも“人間らしかった”。
私の中の“聖性”が、軋んでいた。
……もう、割り切れない。切り捨てられない。
「間違っていたのは……私だったの?」
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「……あの日、私が助けられたように……
彼らにも、光を与えられたはずだったのに……」
胸の奥が、焼けるように痛んだ。
私のこの手は、聖なる力に満ちているはずなのに。
なのに救うことは――できなかった。
正しさとは、いったい何だったのか。
救いとは、誰のためにあるのか。
――あの場で、最も“正しかった”のは、あの屍鬼だったのではないか?
下位のアンデッドに意思はない。
それが、私たちが教えられてきた“常識”だった。
だが――彼は違った。
あの屍鬼は、異形を庇った。
痛みを感じ、傷を負いながらもだ。
誰よりも、真っ直ぐに。
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「……私たちこそ、間違っていたの?」
その問いが、胸の奥にずっと居座っていた。
揺らぐ信仰、崩れる正義。
聖なる光は――本当に“救い”だったのか?
私には、もうわからない。
「……これで、終わり……か……?」
意識が朦朧とするなか、口をついて出た言葉だった。
身体の感覚は、もうほとんど残っていなかった。
焦げた肉体はひび割れ、砕け、風にさらわれるように崩れていく。
魂までもが、太陽の熱に溶かされ、空へと還ろうとしていた。
――不思議と、怖くはなかった。
あまりにも静かな、死。
焼け焦げる音すら、もはや遠く感じる。
光に包まれ、視界の端に、揺れる木々の影だけが残っていた。
それは、かつて見た“理想の世界”に似ていた。
血も争いもない、ただ風が通り、葉が揺れるだけの、静かな場所。
(……母さん……ごめん……)
自分が信じた“正義”も、“愛”も、“希望”も、何ひとつ救えなかった。
(……それでも……)
どこかで、まだ誰かが――誰かだけは、生きていてくれたらと思った。
そうして、ゆっくりと、すべてが白く染まり始めた。
――だが、その“白”の中に、ふと――
ひとすじの“銀”が差し込んだ。
「……お待たせ。」
微かに、耳に届いた声。
柔らかくて、優しくて、けれど、どこまでも悲しげだった。
それは夢か、幻か――
(……誰……?)
もう何も見えないはずの視界に、ひらひらと揺れる銀色が映り込む。
――光の中、銀髪が揺れていた。
まるで陽炎のように、ぼやけた世界に滲んでいる。
「セ……レナ……?」
言葉にするのもやっとだった。
けれど、それでも確かにそう感じた。
彼女は、祈るように、壊れかけた僕の身体を抱き上げる。
その目に、涙はなかった。ただ――強い決意があった。
両腕で抱えたのは、首から下をほとんど失った、僕の“骸”。
だが、彼女はまるで宝物を扱うように、静かにその身体を支えた。
「もう……我慢しなくていい。」
そう囁きながら、セレナは自らの首筋を、僕の唇へと静かに導いた。
その指先に、ほんのわずか震えがあった。けれど、その瞳には、迷いがなかった。
唇が肌に触れた瞬間――
“カチリ”と、口の奥で何かが変わった。
朽ちかけた肉体の奥で、疼いていた本能が静かに目覚める。
ゆっくりと、犬歯が伸びていく。
上顎も下顎も、鋭く長く、まるで獣のように――
だがそこにあったのは、飢えではない。ただ、彼女の赦しに応える“覚悟”だった。
そして、僕はそっと牙を沈めた。
皮膚を破る感触と共に、温かな血が舌に触れる。
それは、かつて知ったどんな味よりも深く、どこまでも優しかった。
彼女の鼓動が、僕の内側に流れ込んでくる――
まるで、生きろと願われているように。
胸の奥で、何かが弾けた。
消えかけていた鼓動が、微かに脈を打つ。
“生きたい”と願ったわけじゃない。
“死にたくない”と泣き叫んだわけでもない。
ただ――この温もりが、あまりにも懐かしくて、あまりにも――救いだった。
最後にもう一度、彼女の名を、声にならぬ声で呟く。
「……頂きます。」
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そして、世界が反転する。
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溢れる。
脈打つ。
全身の隅々まで――それが満ちていく。
それは命ではなかった。
それは、祝福ではなかった。
――呪いだった。
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焼け爛れた肉体が音もなく再生していく。
骨が軋みを上げて組み直され、筋肉がひとりでに盛り上がっていく。
焦げた皮膚は剥がれ、血の気を取り戻した白い肌が露わになっていく。
けれど、それは“人の形”をなぞっただけの何か。
肉体の再生ではなく、構造そのものの“作り替え”だった。
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目が深紅に染まり、夜そのものの輝きを湛える。
視界が鮮明になりすぎて、世界が異様にゆっくりと見える。
空気の振動、音の波、セレナの脈打つ鼓動――
すべてが肌に、骨に、魂にまで突き刺さる。
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そして、髪が揺れた。
もともと黒だった髪は、音もなく、滑らかに――
まるで雪が落ちるように白く染まっていく。
それは死の象徴。
けれど同時に、夜を統べる者の印。
かつて僕を包んだ“光”とはまったく異なる、
静かで、冷たく、どこまでも深い――“闇の力”。
「……これは……」
呟いた声は、自分のものとは思えなかった。
低く、冷たく、内側で反響するような響き。
言葉ですら、もはや“生者の声”ではなかった。
「貴方は……なったのね……」
セレナの声が震えていた。
それでも、そこに恐れはなかった。
すべてを受け入れた人の顔で
僕は――感じていた。
胸の奥に渦巻く、かつてないほどの“力”。
それは熱ではなく、冷気のような静けさを持っていた。
怒りも悲しみも、すべてを凍てつかせるような、深い力。
それは、誰かに与えられたものではない。
僕自身が“選び、背負った結果”として、この身に刻まれた進化だった。
「『吸血鬼』に――」
呟いたその言葉は、祝福でも呪詛でもない。
ただ――始まりを告げるためのものだった。




