昨今の最先端
周囲の騒がしさに気が付いていないハルは、クラリスとブリジットの紹介で、下町の教会を訪れていた。
「この度は誠にありがとうございます」
「いえいえ。最近はここに来てくださる旅芸人の方がいなかったので、嬉しく思います」
頭を下げたハルに、グレイ司祭は飾らぬ本音を口にする。
一昔前は庶民用の下町の教会にも旅する芸人たちが訪れたが、今現在、芸人たちは庶民ではなく上流階級のみを相手にしている。
特に劇や歌を生業にする者はその傾向が強く、極稀に庶民向けに高尚な劇をして白けるとこう思うのだ。“芸術を理解できていない”と。
この前提からして需要と供給を間違っている発想は、一部の芸術を発展はさせながらも、また別の一部では大きく損なう原因になってしまう。
「ところで劇が得意だと伺っていますが、どのようなものですか?」
「今回は光と闇の力を持つ勇者が、砂漠の遺跡で封印された魔人と戦う……という話です」
「それは素晴らしい」
一応念のためグレイが尋ねると心の中で安堵する。
(復讐者の実らぬ愛と陰謀の劇などされても困る……)
ヨハン大司祭から事前に聞かされてはいたが、それでも昨今の流行は単純明快には程遠い。
別にそれが悪いという訳ではないのだが、全ての人間がそれを見るべきだという押し付けは好まないし、下町の大多数は望んでいないものだ。
劇があるなら物珍しさから子供を連れてくる人間が多い場では、単純な方が好まれるだけの話でもある。
余談だが貴族の子弟もその傾向が強く、親も十分にそれを理解しているのだが、昨今の風潮がそれを許さない。
もし単純明快な劇を見ると、声の大きな一部があそこの家は低俗な芸を楽しんでいると言い始める、奇妙な事態が出来上がっていた。
「ハル兄ちゃん、準備できたんで確認よろしくっすー」
「おーう。ありがとう」
そんなグレイ司祭の考えは余所に、ブリジットに呼ばれたハルが教会の外で合流する。
最初は他人行儀なハルだったが、打ち合わせを重ねる最中に、ブリジットがかつてと全く変わらない口調で、どうも昔と同じような扱いを望んでいるらしいと察し、かなり砕けた接し方になっていた。
「こんな感じでどうっすか?」
「おおおお……凄いなブリジット」
「へへへ。でしょでしょー?」
「魔法の勉強とか大変だっただろ」
「天才っすから!」
「いや本当に凄いわ」
自慢げなブリジットの隣では、程よくボロボロな黒い布が浮き上がり、なにやら恐ろし気な雰囲気を醸し出していた。
「最近の流行ならともなく、俺の劇で魔法かあ」
「寧ろ、英雄譚にこそ相応しいんじゃないっすか?」
「うーむ。そうかな?」
「そうっすよ。ドロドロ愛憎劇でぶわーっと変な煙が出るのもありっすけど、魔王登場! ドカーン! って魔法を使うのもあってると思うっす!」
「なるほど」
溜息を吐くような感嘆がハルから漏れる。
高度な知識や技術が必要な魔法を劇に取り入れる試みは、西方一座などで行われているが、それは予算が潤沢で魔法使いを雇える大手だけだ。とてもではないが個人の、しかも主流から外れている末端の芸人が行なえるものではない。
(かなり馬鹿にされてたから違和感を感じるのかな)
ハルの思考が過去に飛ぶ。
『まさかまさか。高名な西方一座に子供向けの玩具があるとは』
前座長が体調を崩し始めてジョージが事実上の実権を握ったタイミングの話だ。
まだ前座長の方針で、大衆向けの芸をする人間が複数在籍していたのに、ジョージが連れて来た魔法使いが、いきなりそう吐き捨てた。
その魔法使いにすれば、自分の完璧な魔法でジョージ達の芸や劇を素晴らしいものにしてやるという思いはあった。
しかし所属する西方一座が幼稚なものを披露すれば、そんな集団に混ざっているのかという侮りを受ける可能性があるのだ。
それが許せなかった魔法使いは、まだギリギリ存続していた大衆向けの部門を敵視して、部門崩壊の一助になった。
「でもこんな感じでいいんすか? もっとこわーい感じの敵にした方がいいと思うんすけど。ほら、目とか口を百個くらい作ったら完璧っす」
「それしたら子供が怖がるし、枯渇砂漠の遺跡から出てきた化け物がこんな感じだから丁度いい」
「やっぱ実話だったんすね!」
「劇は凄い脚色してるぞ。五百年間、封印の眠りで力が抜け落ちてたー! なんて言ったら緊張感も抜け落ちる。実際、剣でポコリと叩いたら霧散したんだよなあ」
「へー。そーなんすかー」
ゆらゆらと揺らめく人型の布を、更に怖くしようと提案したブリジットは、顎を擦っているハルの言葉にやっぱりなと言わんばかりの顔になる。
それはハルが説明を付け加えても変わらず、うっす。分かってますよー。という文字が顔に浮かんでいた。
ついでにブリジットの心のメモ帳には、枯渇砂漠の遺跡という単語がしっかり記されていた。
「ハルさん、準備出来ましたよ。練習をしましょう」
「了解。それじゃあ俺も……」
にっこりと母性溢れる笑みを浮かべたクラリスが現れると、ハルは手早く商売道具を着こむ。
黒一色の鎧にボロボロのマント。白と黒が入り混じった奇妙な仮面。木剣を携える。
「キャー!」
二十年近くぶりに光と闇の勇者と対面したブリジットとクラリスは上擦った声を漏らし、拍手までしてしまう。
それは間違いなく、彼女たちにとって大事な、大切な思い出だった。




