幕間 西方一座座長ジョージ
「あの子供向け、下町の教会でうろちょろしてるらしい」
「なんでそんなこと知ってんだ?」
「遠い親戚が下町にいてな。様子を見に行った時になんかしてた」
「ああね」
西方一座の若手たちが雑談に興じている。
子供向けとはつい最近まで一座に所属していたハルのことで、彼らにとって侮蔑の対象だった。
それにわざわざ妨害をする必要性は感じられないが、少し暇になると話題になるような扱いでもある。
「ま、庶民相手に小遣い稼ぎするのがお似合いなんじゃね」
「そうそう。分相応って感じ」
「俺、貴族のご婦人に気に入られてドカンとおひねり貰ったぜ」
「俺も俺も」
「そういやジェフの奴は?」
「お貴族様の屋敷に招かれてる。美人だったから、いい思いしてるかもな」
「マジかよ」
彼らの話題が次第に自分達の方向にシフトする。
庶民から少しの金銭を貰う発想はなく、大金を持っている人間から頂戴するのが彼らの生き方だ。
ついでに述べると、上流階級を相手にするに相応しい容姿を持っている者達は、ご婦人の愛人として扱われることもある。その場合、運が良ければ財産の一部に寄生できるが、相手の当たり外れが大きいため、見定めをしくじるととんでもないことになるだろう。
「あの子供向けには逆立ちしたって無理だな」
「よくて屋敷の雑用係だろ」
「下男だよ下男」
「西方一座で雑用やってたんだから、案外簡単に仕事先が見つかるかもよ」
「そんなことで一座の名前を遣ったら袋叩きだよ、フ、ク、ロ」
「だな」
自分より下の人間を嘲笑し安堵するのは、どうしてもやめられない人の性か。
自分たちが成功するのは間違いないと思っているが、心の何処かで本当にそうなのか? と疑問が生まれ、それを打ち消すために嘲笑の対象が必要なのだ。
「しかし子供向けも残念だな。もう少しだけいたら、七色にお会いできたのによ」
「ばーか。座長がそんなところに連れてく訳ねえじゃん」
「お声を聞けたから一生自慢できるわ」
「震えそうになったよな」
「一度でいいから歌声を聞いてみたい」
次に若手たちは、大神殿にいた七色を話題にする。
彼女たちと直接の面識はないが、布で隠された顔から発せられた声は、様々な芸人を見てきた若手たちでも覚えがない、背筋を震わせるような美声だった。
「やっぱ座長って、七色の誰かを狙ってるのかな?」
「ひょっとしたら全員かもよ」
「なるほどー」
若手たちが顔を近付けて小声になる。
彼らから見ても座長のジョージは野心に燃えており、七色に取り入ろうとしているのは間違いない。
だが需要と供給が複雑なように、一方が求めているからと言って、もう一方がそれに応える義理はなかった。
数日後、西方一座が噂に違わぬ高尚な存在だと伝わり、大神殿では更に高貴な人間が集っていた。
(あれ? 七式の数が……)
そんな中、若手の一人が七色の欠員に気が付いて首を傾げる。
具体的には緑と紫がいないのだ。
「劇を少し遅らせましょうか?」
座長のジョージもそれに気が付き、傍にいた司祭に提案した。
七色に取り入ろうという打算もあったが、場の主役とも言える人間が全員いないなら、劇を始められないという、座長としての判断もあった。
「え? ああ、いや、緑と紫の方は忙しくてな。というか、七色が一か所に集まっている方が珍しい。前回はあくまでも、奇跡的な特例だと思ってほしい」
「そうなのですか……」
尋ねられた司祭とジョージの間には、大きな認識の差があった。
司祭にすれば社交の場とは言え、芸人一座が芸を見るのも見ないのも個人の自由で、忙しい七色が全員揃う必要は無いと思っていた。
一方のジョージは、自分がいるのだから七色全員がいるのは当然という思いが存在し、二名だけでも欠員がいるのは、予想外の事態だった。
と言ってもこれはジョージの自惚れとは言い難く、前回出席した他の上流階級は、再びジョージの美声と容姿、劇を目的にしていた。
(思った以上に教会の象徴は多忙か……)
ジョージはそうやって自分を納得させる。
神がいれば失笑しただろう。
『あんなクソガキどもが俺の生活をマシにしてくれるのか⁉ 将来召し抱えてくれるってか⁉ 孤児如きの口から飛び出た評判が、お上に伝わって痛い目をみるって⁉ このことを覚えてたガキ共のせいで、将来苦労する羽目になる⁉ そんな訳があるか!』
まさか二十年近くたってこの言葉が返って来て、自分の首を締めているなど思いもしない。
とは言えそのクソガキ共も、わざわざジョージへちょっかいをかける気など無いため、破滅には繋がらない。
しかし……関わる気もなかった
皮肉な話だろう。
ジョージの望みを最も叶えやすい位置にいる者達が、そんな義理などないと思っているのだ。
(俺の腕なら容易い!)
この個人的関係以外でもジョージに問題があるとすれば、一部の芸術家が陥りやすい病。
すなわち自分の作品は評価されて当然で、理解できない者がいるとしたらそいつが間違っている……という思考に至り、趣味嗜好の多様性を無視していることだろう。
彼の野望がどう行き着くかは、誰にも分からなかった。
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