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野放しの怪物

 デイブという男がいる。

 四十歳ほどの男で小太りながらも動きは機敏。特に指先の動きは職人で……簡単に言うとスリだった。


(西方一座のお陰だ。お上りさんに素人の駆け出し。夢破れて注意力が散漫のカモ。選り取り見取りよ)


 今現在、西方一座のおこぼれを狙い、もしくは栄達を夢見て様々な芸人が街に集まっている。

 そしてその騒ぎに引っ張られ、街も賑やかになっているため、意識の隙間に潜り込む必要があるスリにとって、素晴らしい環境が整えられていた。


(悩むなあ。西方一座と揉めたら大事だが、若い連中は金を持ってる。逆に後ろ盾がない連中は、万が一があっても大丈夫だが代わりに金が無い。悩ましいぞぉ)


 素晴らしい環境だからこそ、デイブは勝手な気持ちを抱く。

 周辺各国でも有名な西方一座の若手は、座長であるジョージに才能があると見込まれたら、纏まった給金が手に入る。

 基本的に年功序列の業界では珍しく、これ自体はかなり先進的な考えだったが、若く未熟な人間が金を手に入れるとどうしても金使いが荒くなるので、デイブのような人間が狙いを定めるのは簡単だった。

 しかし上流階級との繋がりがある西方一座を相手にすると、万が一露見した際は言い逃れが出来ずにそのまま縛り首の可能性があるため、かなりのリスクを伴ってしまう。


 一方、そういった後ろ盾がなく、夢を見ている若者は万が一があっても口で丸め込める自信がデイブにはあったものの、実入りは全く期待できず、後を付ける時間で損をするような事態が考えられた。


(その点、あいつはいいな)


 デイブの顔が邪悪な表情を浮かべかける。

 その視線の先には、三十半ばから後半。艶を失った赤毛。中肉中背の男が歩いていた。


(上手くやってるよ。他の芸人共が、一握りしか選ばれないのにお貴族様へ取り入ろうとしてる最中、地に足付けて頑張ってんだ。偉い偉い)


 デイブが酒場で偶然見かけたその男は、流行に流されている魚と違い、賢く立ち回っていた人間だ。

 このスリに言わせたら、存在しない夢に縋っているより、隙間に潜り込む方が好みで、その点でのみ語ると赤毛の男に好感があった。


 しかし細々と確かな金銭を溜めている赤毛の男は、後ろ盾が存在せず、動きも鈍そうに見えるときたものだ。

 付け加えると安宿に貴重品を置くような真似はできず、銀行という高尚な場を利用できるような存在でもない。

 これを逃す手はないと思い、デイブは赤毛の男に狙いを定めたのだ。


(もし気が付かれても路地裏に連れ込んで、ナイフで脅せばいい)


 最後に余計な思考さえしなければ、ひょっとしたら上手くいったかもしれない。

 一瞬だけ、殺意とまではいかないが、確かな害意がデイブに宿ってしまった。


(うん? なんだ?)


 その時、デイブは突然に違和感を感じた。


(どうしてこんなに見られてる?)


 見られているのだ。

 先程まで井戸端会議をしていた主婦。走り回っていた小僧。仕事をしている大男。杖を突いている老人。

 道行く全ての人間が、デイブに視線を送っているではないか。


『あれが噂のスリか?』

『どうせ明日には縛り首になる』

『ママー、あの人がスリ?』

『見ちゃダメよ坊や』

『誰か衛兵を呼んで来い』

『あの野郎、俺から金を盗みやがって!』

『あそこにいるのはデイブじゃねえか⁉』


 しかもどこからともなく声が聞こえる。

 それは見知らぬ男の声で。

 聞き覚えのある女の声で。

 あろうことか幼子の声で聞こえてくる。


「ひっ⁉」


 まだ異変は続く。

 目が合った。有った。遭った

 店の奥に。路地裏に

 棚の隙間に。物陰に。

 窓に。暗がりに。


 夥しい目がデイブを見ていた。視ていた。観ていた

 みていたみていたみていたみていたみていたみていた。


 じーっと。じーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっと見ていた。


「ひいいいいいいいっ⁉」

「お、おい。どうした?」


 デイブの腰が抜けて地面にしりもちをつくと、近くにいた人間が心配して声をかけた。

 ここで全く関係ない話をしよう。

 広い世界では愛を耳元で囁かれようが、独自の解釈をして全く別の結論を導き出したり、そもそも意図を察することができない、勘違いと無自覚の化身がいる。


『おっと、捕まえたぞ』


 いったいどうしてそう聞こえたのか。

 デイブは心配してくれている男の言葉が、自分を捕まえたようなニュアンスで受け取ってしまった。


「や、や、やめろおおおおおおおおおおおおおおおお!」

「うわっ⁉」

「え? ひいい⁉ ひぎゃあああああああああああああああああああああああ!」


 デイブは立ち上がりながら男を突き飛ばすと、見てしまった。

 丁度男に隠れるような位置にあった太陽が……血走った赤い目と化しデイブを凝視していたのだ。


「うわあああああああああああ! あああああああああああああああああああああ⁉」

「なんだありゃ?」

「何事だ?」

「びっくりした⁉」


 デイブは走った。走り続けた。

 とにかく見ている目から、どこからか聞こえる声から逃げた。

 しかし……太陽が見ているのだ……果たしてその行為に意味はあるのだろうか?


「なんか騒がしいな」


 デイブに狙われていた赤毛の男、ハルは首を傾げながらも、色々と忙しいため再び歩き始める。

 確かに善性の男で、必要とあれば命を投げ出すことだってできる。

 しかしそれはそれとして、宿している力はどこまでも悍ましかった。

能力的には結局ヤバい男(*'ω'*)

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