過去 彼女たちから見た勇者
屋根のあるところで生活できて、やせ細らない程度の食事を与えられる。孤児にとってそれは十分な贅沢だったが、決して恵まれている訳ではなかった。
まず第一に、教会の司祭が全く関心を示さなかった。
西方一座など、旅芸人を積極的に受け入れていたこの司祭の目的は、人々に娯楽を提供しようとしたのではなく、場所を貸して多くの金銭を得ようとしたからだ。
勿論それは酷く当たり前の考えだったが、教会を運営する資金ではなく、自己の金銭欲求を優先するような人物だったため、クラリスやブリジットの名前すら憶えていなかった。
「なんで私がこんなボロボロの教会で……」
司祭の口癖はだいたいこれだ。
権力争いに敗れた司祭は政治の中心から遠ざけられ、多少は大きな教会に飛ばされた。
しかし大神殿で勤めていた司祭にすれば、多少の大きさでは満足できるはずはなく、いつか必ず復権してやると野心を燃やしていた。
こんな司祭だから、下で働く者の行動も大雑把で、彼女たちは、おい。とか、お前。のように、名前で呼ばれることは稀で、呼ばれても間違いだったことが多い。
そして後々は名前ではなく別の呼ばれ方をするので、まともに彼女たちの名を把握していたのは仲間と、若さに任せた劇を披露していた小僧だけだ。
「お兄ちゃん!」
「攻撃っすー!」
「いいことを教えてあげよう。鼻垂れてるぞ」
五歳と少し。
わんぱく坊主の様な表情で、鼻水を垂らしているクラリスとブリジットがハルに突撃する。
誰もが振り返る美貌など影も形もなく、寧ろ将来を心配されてしまうような言動を繰り返していた時期だ。
「本当の勇者にはいつなるの?」
「いついつー?」
「勿論、邪悪が現れた時だ。なにせ光と闇の力は普段、封印されている。発動できるのは人々に危機が訪れた時だけだ」
「おーっ!」
劇を見て以来、ハルを勇者だと思っているクラリスとブリジットが、本当の力をいつ解放するのかと小声で尋ねた。
ハルの方もわざわざ夢を壊す必要が無いと思い勇者として振る舞ったが、これが後々に笑い話。もしくはややこしい話の原因を担うことになる。
真相は全く違うが、危機的状況でとある能力が発動することは本当だったからだ。
「じゃあ私たちも勇者パーティーに入れて!」
「入るっす!」
「何を言ってるんだ。お前達は称号を持って、光と闇の会に入ってるじゃないか。そうだろう慈愛のクラリス、勤勉のブリジット」
「はっ⁉」
「そうっす!」
本当に他愛のない、子供達のお遊び。歳が経てば、背中が痒くなるような……そんなやり取り。
その筈だった。
彼女たち七人が誘拐されかけるあの時まで。
「お兄ちゃん!」
泡のようなものに閉じ込められたクラリスたちが叫ぶ。
悪漢の手で腕と足が拉げているハルの姿は、彼女たちが見ても重症だった。
だからこそハルは立ち上がる必要があった。
こんなことをする者達に、七人を渡す訳にはいかない。
絶対に、絶対に、絶対に!
「こ、これなるは世界の一滴。光と闇を束ねし力。黄昏時の聖魔剣なり」
世界が慄いた。震撼した。
あるいは騙された。
莫大なナニカがハルを中心にして渦巻き、場を完全に支配する。
紋様持ちになったクラリスたちだからこそ感じられる途方もない、単に力と表現していいのかさえ分からないモノ。
「光と闇の混合⁉」
「馬鹿な! 御伽噺の勇者でもないのに!」
悪漢たちが叫びクラリスたちは納得した。
あれがそうだ。
彼女たちには光と闇の混合とやらを見極められなかったが、今まさに打ち倒されようとしている悪がそう叫ぶなら、きっとそうなのだと思った。
「うわああああああああああああ!」
命よりもよっぽど大事な使命を果たすために若造が叫ぶ。
勇者と呼ぶには、あまりにもその力は悍ましい。だが年上としての義務を、演じる者の責務を果たそうとする姿は何処までも気高い。
天地全てが制御できない力。
それを知らないまま、死のうがどうなろうが気にせず駆ける。駆ける。駆ける。
「っ!」
どうして人型を保てているのか、世界ですらさっぱり分からない概念の化身が飛び上がり、木剣を振り下ろす。
世界の一滴。光と闇を束ねし力。黄昏時の聖魔剣。そんな高尚なものでは断じてないが、少なくともこの場では事実に等しい。
ゴスッ。と鈍い音が悪漢の頭から響いた。
勇者が持つに相応しい世界の欠片を受けて、絶命しない存在など皆無だ。
「な、なんで勇者がいるんだよ! 御伽噺の存在だろ⁉」
残った悪漢が叫ぶ。
そうとも、御伽噺の存在だ。ここにいるのは、必死に勇者を演じているだけの若造に過ぎない。
だが死を厭わずに演じているなら、本物と言ってもいいだろう。
「正義は勝ああああああああああつ!」
ハルはあるべき道理をクラリスたちに教えるため叫ぶ。
もうそれ以外は考えていない。魔法で燃え盛る炎が直撃しても、そのまま道連れにするつもりで駆ける。
「おおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
「ぎゃっ⁉」
しかしハルは炎に当たることなく悪漢の頭に剣を振り下ろし……役割を終えてぱたりと倒れ伏す。
「お兄ちゃん⁉」
叫ぶクラリスたちはハルの力なんて知らない。もし知っても、驚きはするがそれだけだ。
ハルが命を捨てる覚悟を持ったのも、彼女たちをなんとか救おうと決心したのも、全て彼自身が持つ心によるものなのだ。
もしその精神性こそが称えられるのであらば、ハルを勇者と表現していいのかもしれない。
勿論、クラリスたちにとってハルは勇者だった。
プロローグと一話で二十年近くあるもんですから、定期的に一話くらいの過去話を挟むと、ざまあしたらそれっきりの問題点を解消して、ずっと因縁を作れることに気が付きました。これで何発でも弾を補充できる!(*'ω'*)




