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隙間産業

「よし、とりあえず生活は出来てる」


 ジョージの予想……願望が外れている一方、ハルの方はある程度上手くいっていた。

 彼の予想通り、上流階級向けに気取ったり、こねくり回した詩を好む吟遊詩人が増え、従来の酒場の客層が好むような単純な英雄譚は廃れ気味だった。

 しかし需要そのものが喪失した訳ではなかったため、ハルや一部の吟遊詩人が生じた隙間に潜り込み、酒場ではそこそこ重宝されていた。


「すいません。英雄譚を歌いたいのですが構いませんか?」

「あん? グチャグチャドロドロじゃねえやつか?」

「砂漠を越えて宝物を見つけたり、目覚めた怪物を仲間と倒す単純な感じです。昨今の流行からは遠ざかってますけど、古き良きと思っていただければ……」

「お前のような需要と供給が分かってる奴を待っていた。本当に。心の底から」


 酒場に飛び行って、店主に了承を得ようとすると、まず間違いなく歓迎してくれるのだ。

 今話している小太りの店主に至っては、わざわざハルの両肩に手を置く歓迎ぶりだ。


「そりゃあお貴族様に気に入られて、支援者も見つけて、一発逆転したい気持ちは分かるがよぉ。酒場での低俗な詩を書く時間も、歌う余裕も無いってのは……なあ?」

「俺は単純明快。勧善懲悪って言葉が好きですよ」

「こっちはその考えを持ってる奴がありがてえんだわ」


 文句を垂れ流している酒場の主人が溜息も吐きそうだ。

 彼に言わせれば、酒場で男がガヤガヤと騒いでいる中、お貴族様が好むような高尚な詩と歌を披露しようとして、必要以上に目立ちたがる今時の吟遊詩人たちは、話にならない愚か者だ。

 それよりかは、勇壮な英雄譚だったりクスリと笑える失敗談など、場の雰囲気を壊さない、悪く言えば背景になれて聞き流せるような吟遊詩人を求めていた。


「西方一座に入れてもらおうと、あちこちから吟遊詩人が来てるが、呪われた奴の愛憎入り混じった復讐劇なんぞ歌おうとしやがって。しかも、もっと単純なのにしてくれと注文したら、今はこういうのが流行りで、他はダサいから歌いたくないと文句言い始めたな。ここ、酒場だぞ?」

「あー……」

「誰がどう見ても酒場だと分かる看板があって、酒場だと分かる店名で、酒場だと分かるようなゴツい男が出入りしてるんだ。わざわざ中を見て、酒が売ってるって文句言ってるようなもんだろ。殆ど営業妨害だ」

「は、ははは」


 どうもこの酒場の主は昨今の吟遊詩人に不満が溜まっているらしく、愚痴が全く止まらない。


「やっぱりお前みたいなのは肩身が狭いのか?」

「まあ、鼻で笑われるような業界になってますね」

「あーいやだいやだ。暫く街にいるなら定期的に寄ってくれ」

「ありがとうございます」


 店主は話が分かる業界人を見つけたことで、最近の芸能に関する話を振ると、やっぱりかと言わんばかりの顔になる。

 以前にも述べたが明確に成功している者を追うのは人の本能のようなものだが、流行の外にいる者をわざわざ排除しようとするのも人の性だ。


 一部の芸人だって、大きな隙間が出来た場所に潜り込みたかった。その方が場所の確保は楽だし、使い古された手法を使えばいいだけなので準備も簡単。稼ぎだって安定するだろう。

 しかしそれをすると、流行に対応できない時代遅れとして扱われ、名を落とし、業界での名誉が著しく傷つけられてしまう。

 なおハルはこれに加えて、西方一座との関わりが悪い。


「てっきり街を離れたかと思いました」

「まだガキ向けの芸人なんすか?」

「お願いですから座長のいないとこでやってくださいよ」


 そんなハルが、偶々遭遇した西方一座の若手から侮蔑されるのはよくある話だった。

 というのも若手が考えた、ジョージに気に入られる手っ取り早い手段が、逆に彼が気に入らない者、ハルを嘲ることなのだ。

 次期座長間違いなしで実際そうなったジョージと、一座内で底辺にいて反撃を恐れる必要が無いハルの扱いに差があるのは当然だ。


(旅費が溜まったら別の街に移動しないとなあ)


 昔の同僚と遭遇する度に、面倒なことになりそうなハルも可能ならば、西方一座がいる場所から離れたかったのだが、いきなり追い出されたために色々と足りない。

 尤も幸いなことに、もしくは当然、いちいちハルの勤め先に西方一座の人間が押しかけてくることはないので、移動する準備自体は成り立っていた。


 さて、そんなある程度の生活は出来ているが、さりとて将来が明るい訳でもない。なにか新しいことをするには少々歳を重ねすぎているハルが、街を歩いていた時の話だ。


「お、おお……」

「うわぁ……」

(なんだ?)


 妙に大通りを歩く人間が騒がしいと思ったハルがそちらに注意を向けると、ああなるほどと足を止める。

 美しいものに注意を向けてしまうのは習性だ。それが絶句してしまうそうなほどの美しさなら猶更だろう。


 両者共に、二十歳を超えて数年と言ったところか。

 一人は腰まで流れる鮮やかな緑髪の女。

 少々垂れ目で目尻は柔らかく、エメラルドの如き瞳は溢れんばかりの母性と慈愛を湛えている。

 平均的な男性とほぼ同じ身長で肌は驚くほどに白く、簡素な司祭服では隠し切れないスタイルが衆人の注目を集めていた。


 もう一人はかなり短く切り揃えられた紫色の髪の女。

 ぱっちりとした紫色の目はキラキラと輝き、こんがりと焼けた肌、少々低い背丈、平べったい体と合わさってどこか少年の様な印象を強く与え、やはり司祭服を着ている。


 両者共に果たして同じ人間なのかと思えるほどに造形が整っており、目、鼻、口、眉に至るまでが完璧なバランスで配置されていた。


「西方一座にいたハルさんでしょうか?」

「え? はい、そうですけど……」


 そんな緑の女に声を掛けられ、ハルは酷く戸惑う。


「もう二十年近く前ですけど、エリンの街の孤児院にいた者です。五年程、よく遊んでもらいました」

「わーわー群がってたガキンチョっす!」

「エリン……孤児院……いいい⁉」


 その街の名も、孤児院も、ガキンチョも心当たりがあった。

 危うく死にそうになった出来事と強く関連していることを忘れていたら、酒場ではなく医者のいるところに行った方がいいだろう。

 しかしながら、孤児院のガキンチョと目の前の美女を結びつけるのは、百人いれば百人全員が不可能だろう。

 それだけ孤児院の子供達と今の美女たちは容姿が違うのだ。


「いやぁ確かにエリンの孤児院で騒いだ覚えはありますけど……」

「光と闇を束ねし力。世界の一滴」

「黄昏時の聖魔剣っす!」

「じ、自分の劇ですね……申し訳ない、その、イメージが固まってて。鼻水、いや、なんでもないです」

「お、お、思い出というものは綺麗にした方がいいかもしれませんね」

「そ、そうっす……」


 まだ納得できていなかったハルは、女性の艶やかな口から紡がれた言葉を聞き、なんとか事態を飲み込もうとした。

 尤も彼の脳裏にある孤児院のガキンチョの外見は、鼻水垂らしながら走り回り、ハルの服に擦り付けていた頃で止まっているので、見目麗しい女性達とのギャップに強い違和感を感じてしまう。

 ちなみに緑と紫の女性はそれを覚えているらしく、きめ細やかな肌が一瞬で朱に染まっていた。


「ということは……クラリスとブリジット⁉」

「は、はい!」

「そうっす!」

(あの鼻水垂らしながら、馬糞を枝でツンツン突っついてたガキンチョが立派になって……その枝で俺に襲い掛かってきたことは……うん。なにも無かった)


 ようやく現実を認識できたハルが、もう二十年近く口にしていない名を紡ぐと、名前を憶えて貰えているか怪しいと思っていた女、緑のクラリスと紫のブリジットを喜ばせる。

 基本的に同年代や年下がジョージを慕っていたハルにとって、誰かと遊んだ記憶は孤児院の子供達だけなので、強く印象に残っていた。


「遅れましたが、あの時は助けていただいて本当にありがとうございます」

「感謝いたします!」

「ああ、いや、自分もよく分かってないままでしたので……!」


 クラリスとブリジットに頭を下げられたハルが慌てる。

 彼女たちが言っているのは、間違いなく攫われそうになった例のあの件だろう。

 だがハルに言わせると、何が何だか分からないうちに終わって気絶し、結局よくわからないまま……というのが本音だ。


「他の五人は元気ですか?」

「はい。皆もお会いするつもりだったのですが……」

「かなり忙しいっす。でも司祭様が結構理解あって、若い時から色々勉強漬けだったから、ちょっとは羽伸ばしていいって言ってくれたっす!」

「ああ、その司祭服といいやっぱり教会でお勤めされてるのですね」

「はい、そうなのですよ」


 ハルが世間話をするように話題を振ると、やはりかと納得した。

 教会で暮らしていた孤児が紋様持ちになったのだから、教会が手放す筈はない。そして身に宿した力に相応しい教育を受け、最近になって一人前になったのだろうと思った。


「ところでハルさん、よければ教会の方で劇をお願いできませんか?」

「え?」

「大神殿ではなく市民の方向けの教会なら、私たちがお願いすれば貸していただけると思います」

「司祭様もすぐ頷いてくれるっす」

「そのぉ、今は一座を離れてまして、人手とか物がですね……」

「まあっ。それでしたら私たちがお手伝いしますよ」

「昔、劇のお手伝いをするって約束したっす!」

「あー……それならお願いできますでしょうか」

「はい!」


 ニコニコと微笑むクラリスとブリジットに、ハルは戸惑いながらも頭を下げた。

 ここまで言ってもらって断るのは逆に失礼になりそうだし、可能な限りのおひねりを集めないと、生活が成り立たないという、現実的な問題もあった。

 それに二人の口ぶりからすれば、教会の司祭としっかりした面識があって、場所を借りるのは簡単な間柄らしい。ならばご厚意に甘える方がいいとハルは判断した。


 自分に固定のファンがいるなんて夢にも思わないし、そのファンがかなりぶっ飛んでいるなど、想像も出来ないだろう。

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