西方一座と何十年も前の失敗
「我ら一座が大神殿にですか⁉」
「はい、その通りです」
ハルが飯屋で話題を聞く前、汚物を片付けたジョージはいきなりの僥倖で飛び上がりかけるほどに興奮した。
(王宮どころか聖虹教の大神殿! やった! やったぞ!)
聖虹教は自前の聖歌隊がいるし、なにかしらの宗教劇も自前で行なうことが殆どだ。
そのため何かしらの催しをする教会に、外部の芸人一座が招かれることはあっても、大神殿が関与することがほぼない。
だが、近年ではなかった例外が今、作り出されようとしていた。
「ここからの話は内密にお願いします。いいですね?」
「お、お伺いします」
ジョージの前に立つ恰幅のいい司祭が、酷く深刻な表情を浮かべたので、彼は思わず唾液を飲み込んでしまう。
「七色の方々がご出席されます」
「っ⁉」
その知らせを聞いた時、ジョージは自分の目玉が飛び出していないか、真剣に心配してしまった。
七色とは虹色の赤、橙、黄、緑、青、藍、紫のことを意味するのではなく、色に応じた席に座る、象徴的存在だ。
特に今代の七色は歴代で最も見目麗しい女性達で、一部では聖女と呼称されている……らしい。
というのも上流階級との交流があるジョージすら、七色の者達は未知数かつ縁がないため、どのような者たちなのか、いまいち掴みきれていなかった。
ただ絶大な権威があるのは間違いなく、もし取り入ることに成功すれば、ジョージの夢に大きく前進できるだろう。
(貴族に……貴族になるんだ! 俺はそうであるべきなんだ!)
彼を知るもので、その願いが身分不相応だと言える者はいるだろうか。
どう見ても平民とは思えぬ優れた容姿。溢れんばかりの才能と覇気。それらが合わさっているジョージは、自身を貴族の庶子だと思い生きていた。
だからジョージは、自分が貴族になるために、王宮や上流階級と積極的に交流していたが、この点ではあまり芽が無かった。
しかし、もし気に入られることがあれば、そのまま貴族の道が現れるも同然の者達と交流出来る機会に恵まれた。
「どうやら七色の方々のお耳にも西方一座の名が届いていたらしく、今までにも何度かお尋ねされたことがあるようです」
「おお! 光栄です!」
(ようやくだ! ようやく俺の夢が!)
喜ぶジョージは勘違いをしていた。
西方一座と自身の名が高まっていたからだと思っていたが……とある人物たちは一座そのもにはあまり興味がなく、寧ろジョージを嫌っているなど、想像しろという方が無理だ。
それから半月ほど。
きちんと準備を整えたジョージは、一座の者達と共に大神殿を訪れると、主役として悲劇や素晴らしい美声で歌を披露し、大神殿にいる多くの人間を虜にした。
更にその後の庭園では一座の人間が、司祭や客人たちを飽きさせないための軽業や小道具を使った芸などを行なっている。
まさに西方一座が全力を注いだ結果、惜しみない称賛を浴び、その名を高めた……の、だ……が。
奇妙な七人の人間の反応が芳しくなかった。
本当に奇妙だ。
それぞれに合わせた色の豪奢な女司祭の服を着ているのはいい。
しかし顔の部分もその色のベールを頭から垂らして、顔が見えないように遮っているではないか。
「司祭様、あちらの方々が……」
「ええ。七色の方々です」
明らかな不審人物こそ、ジョージが狙い定めている七色の人間だ。
画一的ではなく、それぞれ髪型、起伏、身長などが違うものの、全員が似た動きで誰かを探すように頭を振っている。
「ご挨拶は出来るでしょうか?」
「少々お待ちください」
この動きをジョージは、自分を探しているのだと好意的に解釈した。
幸い今はジョージの催しが終わり、談話をしているタイミングだったため、案内をしていた司祭の方も、ジョージが一座を代表して高名な七色に挨拶したいのだとしか思わなかった。
「お会いになられるそうです」
「ありがとうございます」
(すぐに決まった! やったぞ!)
しかも伺いに行った司祭がすぐ戻って来て、会えることになったではないか。
流石にいきなり貴族になれるよう口添えしてほしいと言うことはないが、これをきっかけに関係を深めてから……と、ジョージは算段した。
全ては彼の勘違いだったが。
「お初にお目にかかります。西方一座の座長、ジョージと申します」
「あ、あら……? 七色の緑でございます」
(名ではなく色で名乗る決まりなのか。しかし、はて……? 座長が死んだ直ぐ後の反応に似ている? 面識があったのか?)
挨拶したジョージは、代表して一歩前に出た、緑の司祭服を纏い、これまた緑の布で顔を隠している女の反応に既視感を覚えて首を傾げた。
それは前の座長が死んですぐの頃に座長としてジョージが挨拶すると、いつの間にか代替わりしたのかと、不思議がられた時と同じだった。
「ひょっとして前座長とはお知り合いでしたか?」
「二十年近く前。正確には十五年ほど前でしょうか。少しお話しをさせていただきました」
「に、二十年……ですか」
(流石に覚えていないぞ)
それをジョージが尋ねると、おっとりした口調の緑から、中々に予想外の年月が飛び出し、唖然としてしまう。
「その時は子供向けの劇もやっていましたね」
「いや、お恥ずかしい限りです。今はそのようなことをする者がいませんので、どうかご安心ください」
赤の言葉に、ジョージは自分の常識でつい答えてしまった。
彼の脳内変換で緑の発言は、低俗な劇をしている者がいたけれど、今はどうなっているのだ? となる。
大きな、大きすぎる勘違いだった。
「そうですか。これからも頑張ってくださいね」
「え? あ、はい。ありがとう……ございます」
ここでジョージの予想が大きく外れる。
てっきり激賞されて様々な会話をする想定をしていたのに、緑だけではなく七色全員がこの場から立ち去ったのだ。
誰かが悪いうということはないだろう。
ジョージは組織の方針と違う者を切った。
女達は個人的に推している人間がいないから興味を失った。
本当にそれだけの話だ。
もう一点付け加えるなら、薄汚いガキと言われて好感を持つ者はいないだろう。
「確認した時はいたのですけど……」
「かなりタイミングが悪かったかなあ……」
「仕方ありません。では自由行動ということで」
「まだ仕事が終わってないいいい!」
大神殿の奥で女達が喧しく騒いでいた。




