追放
「お前はクビだ。今すぐ俺の一座から出て行け」
古今東西、どこにでもありふれた光景が起こっていた。
一人は三十代半ばの金髪碧眼の男で、身なりがいい。若者から見れば十分におじさんと言われる年齢だが、街へ出れば全てのご婦人が振り返り、思わず見とれてしまいそうになる容姿だ。
そして、どうしても手を付けられず溜めに溜めた汚物をようやく拭い去ったような開放感が顔に浮かんでいる。
「分かりました」
もう一人はくすんだ赤毛と赤目の、同じく三十代半ばから後半に突入しようとしている男だ。
覇気はなく、瞼が重そうに見えて、どこか疲れた様な雰囲気が圧し掛かっており、とっくに四十歳を過ぎていると思われるだろう。。
前者の名をジョージ。後者の名をハルといった。
「お前みたいなガキ向けの芸をする奴をようやく追い出せる。ふん。随分……本当に長かった」
つい最近、前座長が死去したことで、西方一座の多くから支持されて頂点に上り詰めたジョージが溜息を吐くように話す。
稼ぎ頭であるジョージの活躍で、関係者や家族を含めると千人以上が移動する、周辺最大の旅芸人一座になった西方一座だが、前座長は最後まで上流階級と通常の市民の両方をターゲットにしていた。
そのためハルにも居場所がきちんとあったし、前座長に拾ってもらった恩があったので、彼なりに返そうと今まで奮闘してきた。
しかし前座長が体調を崩し始めるとジョージが実権を握り、宮廷や貴族、上流階級にターゲットを絞って才能ある者達を囲い、逆に普通の市民に芸を披露していた者達を、採算が取れないとして切り捨てた。
「ガキ向けのなんて虫唾が奔るんだよ」
そして前座長が死去したことで完全に座長を引き継いだジョージはついに、二十年近く罵っているハルを完全に追い出すことにしたのだ。
その間ジョージは、一座の小道具で子供向けの備品を見かけるたびに苛つきを感じ、壊そうと思ったのは一度や二度ではないので、奇跡的な我慢が出来ていたと言える。
尤もジョージも独立を考えなかった訳ではないが、前座長は孤児の彼を拾い、そのまま芸人としての徒弟制度の様な枠組みに組み込んでいた。
もしこれで独立しようものなら、流石のジョージでも周囲から恩知らずと罵られ、最悪は芸人としての道が閉ざされることも考えた。
それに前座長はかなり経営手腕が良く、時流を見極める目も確かだったので、ジョージは博打を討つ必要性をあまり感じなかった。
「お世話になりました」
一方のハルは苛立ち混じりの長話に付き合うつもりはなく、一座全体に対して頭を深々と下げ、眉間に皺を寄せているジョージに背を向ける。
二代目の長が方針を変え、それに合わない者が去るだけの話。わざわざ話を長引かせて、無駄に口論をする理由もない。
本当に古今東西、よくある光景でしかなかった。
「あああああ……生活どうしよ……」
ただ、それはそれとしてハルが生活の危機に直面しているのは間違いなかった。
(他の一座も、西方一座の……しかもジョージが直々にクビを言い渡して男とか雇ってくれないよなあ。芸人としてやるなら、よっぽど遠くに行かないと無理だろ)
ここで問題なのは、ジョージの名が周辺に轟いている上に、有力な芸人一座が西方一座とぶつかるの恐れ、近くに全く存在していないことだ。
そしてジョージから二十年近く嫌悪され続けた男だと知られれば、よっぽど遠方の一座でもなければ雇ってくれないだろう。
(まあ、肩は軽くなったな)
ハルは若干現実逃避気味な考えを抱く。
ジョージが見込んで一座に入れた人間は皆が才能に溢れ、凡人でしかなかった彼は嘲笑の対象だった。
それにジョージが嫌悪の言葉を口にするのだから、ハルの傍にいても百害あって一利なしと見切りを付けられ、体制が変わりつつあった頃からハルは孤立していた。
それを考えるとハルが少々の解放感を感じるのは、当然のことと言えるだろう。
(個人の旅芸人としてやっていくしかないかあ)
現実逃避を終えたハルが将来を考える。
流石に犬猿の仲だったジョージも、蹴飛ばした小石の行く先々で妨害する程に暇ではないため、個人の旅芸人として活動することはできる。
もしそんな妨害があるとしたら、ジョージの頭がおかしくなったと皆が判断するだろう。
(一人じゃ劇は難しい。歌か踊り……実力は並みのおっさん……駄目かも)
なおジョージから罵られている通り、ハルの才能は大したことがないため、生活が出来るだけの稼ぎが手に入るかはかなり疑問だ。
「はあ……とりあえず飯かな」
ハルに出来ることは、目の前のことだけだった。
「うーむ……」
それから少し。
大衆向けの店で簡単な昼食を食べていたハルは、一つの考えを持てるようになっていた。
(ジョージの活躍で上流階級向けの芸が優先されて、普通の街での芸人もそっちに方向を変えてた。なら、今だからこそ街に普通の芸人の需要があるのでは?)
あらゆる分野の先駆者は偉大であると同時に、粗製濫造を招く原因でもある。
周辺各国にも名が轟いている西方一座と同じ境遇を夢見て、芸人の多くは街の市民向けから上流階級へと方向性を変え、富と名声を纏めて手に入れようとしている。
結果的に地方で活動する芸人は極少数となっているから、その空いた隙間に潜り込めないかとハルは考えたのだ。
「おい聞いたか? 西方一座が聖虹教の大神殿に呼ばれたらしい」
「なに? 本当か?」
「ああ。さっき、若いのが騒いでた」
「聖虹教の大神殿が芸人を呼ぶ……どれくらいぶりだ?」
「爺さんくらいの代じゃねえか?」
そんな時、ハルの耳が古巣の話題を広いあげる。
(凄いもんだ。どっかの王宮で芸を披露するより難しいだろうに)
聖虹教とは世界最大の宗教組織だ。
世界各地に存在する王権は、聖虹教が信じる神が授けたものとされる程、教会勢力の権威と権力は絶大だ。
つまり総本山でこそないが、大神殿に芸人一座が招かれたのは位を極めたと言ってもよく、西方一座の名は更に轟くだろう。
(俺の方はどうなるやら)
一方、街の片隅で食事する、末端の末端の芸人には関係ない話だ。
と、思っていた。
「兄ちゃんがまだ西方一座にいるのは確認済み!」
俗な言い方をすれば下っ端芸人の推し活をしようとしている人間がいるなんて、想像すらできないだろう。




