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無自覚勘違いが小僧だった頃と恐るべき権能

似たようなの書いてましたが、問題点を解消して投稿。

 もう二十年も前の話になる。

 三十半ばの中年に突入しかけている男がまだ若い少年の頃で、旅芸人の下っ端だった時期の話だ。


「さあさあ! 教会に西方一座! 旅芸人の一座が来ているぞー!」


 十歳を超え、半ばに達しているくらいだろうか。

 ツンツンと赤毛の髪に、生命力を宿したこれまた赤目を太陽を反射させて輝かせている少年、ハルが声を張り上げる。


 各地の街を歩き、芸を披露して収入を得る旅芸人の一座は中々に複雑だ。

 暇を持て余している領主や領民には歓迎され、軍事的な視点から領内を自由に動き回られるのを嫌う貴族には疎まれる。

 それによそ者は何処まで行ってもよそ者なため、領民もなにかの不吉があればすぐ一座が悪いと決めつける。


(ふー。緊張してきたぁ! 光と闇の勇者、受けてくれるといいんだけど……!)


 そんな小さな旅芸人のコミュニティに所属する少年、ハルは胸を膨らませてゆっくり息を吐く。

 実はこの少年、若いんだからなんでもやってみろという一座の長の方針で、物語を一から作って劇をやることになっていた。

 ただし若いだけあり、十二、十三歳頃にありがちな設定がてんこ盛りだ。

 一部を述べると、左右それぞれの目に光と闇の力を宿した勇者が、世界の平和を守るために秘密の組織を作り上げ、巨悪との戦いに身を投じるのである。


「ちっ。低俗なものを……」


 ハルに聞こえるよう、わざとらしい舌打ちが響いた。

 子供向けでしかないハルの物語は万人向けというより、若年層をターゲットにしている。

 だが一座の中には、もっと高尚なものを演じて宮廷に仕える、職人芸人を目指している者がおり、彼らの言葉を借りると低俗なハルの劇は侮蔑の対象だった。


(か、肩身が狭い……)


 ハルが縮こまりそうになる。

 座長はガキのハルが主役でガキを惹きつけ、一緒にきた親が子供達への教育と見栄でおひねりをくれる……そんな明確な目的がある劇になんの文句があるんだと思っていたが、最も才能豊かで、若手ナンバーワンの人間がハルの劇を嫌っているため、彼は肩身が非常に狭かった。


(普通の人に見てもらうんだから、変に高尚な歌や劇をするよりは分かりやすい方がいいと思うんだけどなあ……)


 尤もハルはハルで言い分があり、それは正しいだろう。

 この出世意欲の強い一派と、大衆向けを意識している者達の齟齬は、後に決定的な亀裂に繋がるものの、それはまだ将来的な話だ。


「いよっし」


 街での宣伝を終えたハルは様々な人間が集まっている教会に戻ると、錆びだらけなのを黒く染めて誤魔化している鎧を着こみ、それっぽく装飾している木剣を携え、ついでにボロボロのマントっぽい布切れを纏う。

 最後に黒と白が渦巻くような色で塗っている仮面を被れば完成である。


 元々予算など無いに等しいのだから、逆に薄汚くして放浪している若き勇者……っぽいものに仕上げているのだ。

 シナリオもいたって単純で、魔王に敗れた勇者が地獄の底で悪とは違う闇の力を習得し、元々所持していた光の力と束ね、反撃するというものである。


「ええい勇者め! 地獄から這い上がってきたというのか! しかもその剣は伝説の⁉」

「これなるは世界の一滴! 光と闇を束ねし者の力! 黄昏時の聖魔剣なり!」


 一通りの話を消化し終え、いよいよ物語はクライマックスだ。

 黒い布がうねうねと蠢き、光と闇の勇者に怯え慄く。


 チビッ子たちは初めて見る演劇に釘付け。親御さんたち。特に男親は、自分も似たような話に憧れたなあと、感慨深げにしている。

 もしくは背中が痒くなるか、急な頭痛に見舞われていた。どうやら心当たりがあるらしい。


「一度振るわれれば光と闇の力が溢れ出し、悪を断つ! そしてぇえ!」

「おおおおおおおおおお!」

「正義は勝つのだああああああ!」

「ぎゃあああああああああ!」


 単純明快。

 窮地に陥った勇者が闇という新たな力に目覚め、正義の名の下に巨悪を倒す。


「わああああああ!」

(よかったぁ!)


 たったそれだけの話だが集ったチビッ子たちは歓声をあげ、目を輝かせている。

 これには初の大仕事でドキドキしていたハルも安堵し、木剣を天に掲げることでチビッ子たちに応えた。

 とは言え彼の仕事はこれで終わらず、暫くは勇者の格好をしたまま教会の敷地を歩き、チビッ子たちにファンサービスをする必要があった。


「母ちゃん、勇者様だよ!」

「ええそうね」


 その効果はあったらしく、劇を見ていたチビッ子たちが再び目を輝かせてハルを指差す。


「勇者様ー!」

「勇者様だー!」


 特に熱心にハルの傍にいたチビッ子たちは……妙だった。

 髪色や瞳に統一感がなく、親戚とは思えないのに一塊でしかも親がいない。


「どうした子供達よ?」


 ある程度の想像が出来たハルが、役からはみ出さないように尋ねる。

 チビッ子たちは全部で七人。鼻たれでわんぱくそうな、世界が目に入るものだけと思っている年頃だ。


「光と闇の力つかってー!」

「ぶわーって!」

「みたいみたいー!」

「光と闇の力は封印されている……つまり、悪の親玉と戦う時しか使えないのだ」

「えー⁉」

「使えないのー⁉」

「ああ。そして君達は正義も正義だから、この力を解き放つことができない」


 チビッ子たちからリクエストされたハルは勿論そんな力を使えないので、それらしい理屈を考えてやんわりと断る。

 もし使えるなら、旅芸人の一座ではなく王都にいただろう。


「じゃあ今の勇者様って力が使えないんだ!」

「僕らが勇者様を守ってあげる!」

「俺も俺もー!」

「そ、そうか……礼を言う」


 ここでまさかの発言がチビッ子集団から飛び出す。

 どうも勇者様が力を使えないらしい。なら守る人がいる。自分たちの役目だ。

 そんな可愛らしい理屈に思わずハルはたじろくが、勇者としての役割をきっちりこなす必要がある。


「ならばそうだな……役割を終え解散したが、光と闇を身に宿し、悪に対峙する秘密の組織に入れてあげよう」

「っ!」

「称号も与える。寛容。慈愛。分別。忠義。節制。純真。そして勤勉。皆には内緒だぞ?」

「うん!」


 ハルは尺の都合上、切り捨てるしかなかった設定を漏らすと、チビッ子たちは秘密の組織という単語に目を輝かせた。

 彼はこのチビッ子たちと、随分長い付き合いになるとは夢にも思っていなかった。


「えっ⁉ 暫くこの領地を中心にして活動するんですか?」

「言いたいことわかるよ。旅芸人が一か所を拠点にねえ……」


 一仕事終えたハルが一座の拠点に戻ると、年の離れた先輩から妙な話を聞かされた。

 通常、旅芸人が拠点を構えて腰を据えるのはまずなく、飽きられる前に遠方へ行かなければならない。そのため天候や戦争などが関わっていない状況で、一か所を拠点にするのは非常に珍しかった。


「どうもここのご領主様が芸能を支援してる人らしくて……な?」


 先輩の最後の単語は、分かるだろう? という意味を含み、ハルも正確に把握できた。

 彼らの所属する一座には上昇志向が強い若手が混ざっており、ここで有名になれば王宮の職人芸人になる取っ掛かりになるのではという、素晴らしい野心に火がついていた。


「まあ、気持ちも分からんでもないし、座長だってお上との繋がりが出来たら嬉しいとは思ってる」


 その先輩から見ても、若手は歌、踊り、劇。更に容姿の全てを兼ね揃えている才能の塊だ。

 子供向けの劇でひーひー言っているハルとはモノが違い、その野心だって無謀ではなく、きちんと勝算あってのことだ。


 それから数か月。

 ハルに伝えられた通り、一座は滞在している街を中心にして活動することになったが、些細な揉め事が起こった。


 一座の若手筆頭で、ハルとは立場が全く違う、ジョージという名の少年がいる。

 ご婦人を虜にするような金髪碧眼の美少年で声も素晴らしく、どこで歌っても人々が聞き惚れ、足を止めてしまうような存在だ。


 しかしながら、感性はかなり俗……というより良くなかった。


「薄汚いガキが、邪魔なんだよ」


 あろうことかこの少年、拠点として利用させてもらっている教会。そこで暮らしている孤児たちに悪態を吐いたのだ。


「ジョージ……!人には真摯であるべきだろ!」

「あんなクソガキどもが俺の生活をマシにしてくれるのか⁉ 将来召し抱えてくれるってか⁉ 孤児如きの口から飛び出た評判が、お上に伝わって痛い目をみるって⁉ このことを覚えてたガキ共のせいで、将来苦労する羽目になる⁉ そんな訳があるか!」

「どうして難しい話にするんだ! わざわざ人を傷つけるなと言ってる!」


 偶然か。それとも因果か……必然か。

 数か月も滞在しているため、勇者というより兄貴分として、チビッ子たちに振舞っていたハルがそれを聞いてしまい、口論に発展してしまう。


 ジョージがどうしてこうも苛立っているのか、ハルには十分わかっている。

 孤児で一座に拾われたハルだったが、ジョージも同じ立場だった。

 しかし容姿や才能に恵まれたジョージは、生まれが悪いというコンプレックスを肥大化させ、自分は周囲の人間とは違うのだと強く思い、現実との折り合いが付かないのである。

 そのエゴは特に本来なら同じ立場の孤児に強く発揮され、ハルにもそうだし、教会の子供達に強く当たる原因もこれだ。


「俺には相応しい場があるんだ! 薄汚いガキ共に裂くリソースなんてねえ!」

「待てジョージ!」

「失せろ!」


 吐き捨てるジョージを追うか迷ったハルだが、一座が世話になっている教会で暮らしている孤児との揉め事だ。このままジョージと話していてもらちが明かないし、座長に説明して司祭に詫びる必要があると思い、歩く方向を変えた。


 しかしながら孤児は扱いがいいものではなく、この教会の司祭も直接関わっていない、いわば面倒な義務を果たしているという認識があった。

 ついでに一座からの金が入っているし、ジョージがどうも領主の耳にまで入りそうな才能溢れる若者だと知って、この件は大して問題にならなかった。

 勿論、二十年近く後で問題になるとは、ジョージも、そしてハルも……いや、全員が思っていなかった。


 それからなんと五年。旅芸人一座が五年も同じ街を中心にして活動するのはほぼないが、幸いなことに領主が西方一座を気に入り、様々な支援を受けることが出来た。

 その間、ハルは少年から大人に近づき、孤児院のチビッ子たちも成長していたが、運命は大きくうねり出す。


「最近、チビッ子たちの姿が見えませんね。いや、元チビッ子ですけど」


 ここ数日、ハルに群がっていた軍団が姿を現さなくなり、彼は不思議に思って首を傾げていた。


「なんだお前、知らないのか」

「何をです?」

「あの鼻垂れ連中、どうも紋様持ちだったらしい。それでありがたい司祭様が、下々と関わらせないようにしてるんだとさ」

「いいいぃっ⁉ も、紋様持ち⁉」


 そこへ多少の事情を知っている仲間が最近の事件を知らせると、ハルは目玉が飛び出さんばかりに驚いた。

 元々魔法と呼ばれる不可思議な力が世に存在していたが、体の何処かに奇妙な紋様が浮き出る者は、更に強力な力を発現させることで知られている。


 勿論、紋様持ちと呼ばれる者は特殊な存在であるため、国家や教会が保護し、くだらない旅芸人から遠ざけようとするだろう。


「あちゃあ……会えないですよねえ」

「無理無理。もう住んでる世界が違うって。あ、そういやお前にも紋様あったよな」

「心臓の上のあざでしょ? そんなこと言ってたら、紋様詐欺師扱いされるんで勘弁してくださいよ」


 それ故にハルと子供達の縁は断たれた……と思われた。


 ウォード、ケビン、ルークという男を紹介しよう。

 全員が四十代程の傭兵崩れで、かなりの借金を背負っている男たちだ。


 革鎧と使い込まれた武器を持つ彼らは、今まで傭兵として生きていられる程度の腕はあるのだが、傭兵だけあって将来設計が無く、その日を刹那的に生きてきた。


 そしていよいよ首が回らなくなった頃、とある噂を耳にしてしまう。

 この教会の孤児が紋様持ちらしい……と。


 裏のルートで紋様持ちの子供は重宝されており、人数によっては傭兵崩れの借金程度は容易く返済できる。

 結果、明日にどうなっているか分からないからと思い、生き続けた男たちは非常に安易な発想を抱いた。

 誘拐である。


「教会は司祭……それに、旅芸人の小僧がうろちょろしてるな」

「旅芸人の小僧?」

「どうも紋様持ちと親しかったらしい。それでなんとか会えないか、うろちょろしてるようだ」

「なんだ。おこぼれを頂戴したい俺らと一緒か」

「違いない」

「はははは」


 暗い部屋で男たちの下卑た笑みが漏れる。

 彼らの感性ではその小僧、ハルは紋様持ちになった孤児に取り入って、利益を生み出そうとしているようにしか見えないらしい。


「ならその小僧を殺したら、ガキ共も大人しくなるか?」

「ひょっとしたらな」

「じゃあ殺すか」


 むさ苦しい髭面のウォードとケビンに邪な考えが浮かび……。


 次の瞬間、ナニカが部屋の隅にいた。

 それは人型だろうか。

 それとも靄だろうか。

 あるいは純粋なエネルギーの塊だろうか。

 もし万人が認識可能ならば、人によっては男だと、女だと、子供だと、老人だと、獣だと、霧だと、雷だと、悪魔だと答えるだろう。

 

 定まった形が無いナニカはウォードとケビンに近寄ると、そっと肩に手を置く様に纏わりついた。


「そっちはお前らに任せるよ」


 二人と比べたら頬がこけているルークが肩を竦めた途端、ウォードとケビンに苛立ち、否、憎悪が浮上した。


(おかしくねえか? 俺らは前衛で体張ってんだ。それなのに後ろでバフ係してる奴と報酬が同じなのは割に合わねえだろ)


 唐突にウォードの脳内に疑問が溢れる。

 この三人はウォードとケビンが前衛を担い、ルークが魔法によって強化するチームプレイで上手く世を渡ることが出来ていた。

 しかしその活動を思い返すと、大きな引っかかり。棘が喉に刺さったような感覚に陥る。


(特に最近はバフなんて必要ないと思うことが多いのに、楽してる奴に大金を渡せってか?)


 ケビンがじっくりと過去を思い返すと、余計にその気持ちが強まった。

 ケビンとウォードは個々の技量がきちんとしたものだ。それを考えると安全なところにいる上に、最近は必要性が薄い役目の者に同じ額の金が渡るのは、少々納得できないものがあった。


(いやいや、それでもバフ係を蔑ろにするのは……するのは……やっぱ納得できねえわ。危険度に応じて分け前はあるべきだろ)


 一瞬だけケビンとウォードの脳裏で理性が働くが、それはあっという間に脳から洗い流され、ルークへの憎悪が強まる。


「なあケビン。ルークと俺らの報酬が同じなの……納得できるか?」

「いいや。丁度俺もそう思ってた。最近はバフが必要ないのに、体を張ってる俺らと同じなんだぞ」

「ちょ、ちょっと待てよ! 俺がバフしてるから戦えてるんだろ⁉ それにお前らの方が前に立ってるのは認めるけど、後衛は後衛であぶねえんだよ!」


 突然切り出したケビンとウォードの意見にルークはぎょっとする。

 この歳まで傭兵をやって来ているのに、今更バフが必要ないなどと宣うのは正気を失ったに等しく、普通に考えたらあり得ないことなのだ。


「そもそもお前、本気出してないんじゃねえか?」

「だな。俺も思った。仕事終わりはいつも元気そうだ」

「はあ⁉ 何言ってんだよ! 単にお前らと比べたら、運動量が少ないだけの話だろ⁉ どんな勘違いしてんだよ!」

「いいや違うね。仕事に対する必死さってのがねえ」

「そんな奴に背中を預けれねえが……俺らに秘密にしてる、なんかの能力のお陰か?」

「それだ。変だと思ってたんだよ」

「俺らが必死になってるのに、仲間に教えてない能力で楽してる奴なんざ信用できるか」


 ケビンとウォードの意見は益々酷くなり、しまいにはルークの全てが嫌いだと言わんばかりの意見になる。


(こ、こいつら、ひょっとして自分だけで儲けるつもりか⁉)


 ルークは彼なりの常識で、今の事態を飲み込もうとした。

 一番考えられるのは、ルークが知っている以上に二人の借金の額が大きく、得られる金額を三等分することすら出来ない状況だろう。


「ああ分かったよ! 好きにしやがれ!」

「……」


 捨て台詞を吐いたルークに、ケビンとウォードの目が更に鋭くなる。

 ルークにすれば、二人の既定路線に態々付き合う必要はなく、ここで縁を切るつもりでの発言だった。

 しかし……だ。


(こいつ、チクる気だな?)


 ケビンとウォードの脳裏に当たり前すぎる発想が浮かぶ。

 追い出された……追放された者が元の所属に恨みを抱き、あの手この手で邪魔をするのはよくある話だ。

 そう思った二人は、ルークが自分たちを衛兵に売り、それで留飲を下げようとしているのだと考えた。


 つまりルークは敵だ。


「っ⁉」


 心底ルークは慄いた。

 流石に殺されることは無いだろうと思っていたのに、ケビンとウォードが剣を抜き放ち、襲い掛かってきたではないか。


(野郎っ!)


 しかし流石は四十歳近くまで傭兵としてやってきた男だ。

 ルークはとっさに構えたナイフでケビンの目を切り裂き……ウォードに切り捨てられた。


「くそっ! やっぱり裏切ってやがった!」

「ケビン、傷を見せろ!」

「くそったれ!」


 悪態を吐くケビンの傷をウォードが確認すると、明らかに眼球が使い物にならなくなっており、このままでは予定通りの金儲けができないだろう。


「急いでガキ共を攫うぞ!」

「目はいいのかよ⁉」

「治す金もねえんだよ!」


 しかしケビンは凄惨な顔で絶叫する。

 もう本当に後が無い彼らは、一旦仕切り直すことが出来ず、そのままの勢いで夜の街を駆けた。

 しかも準備だけはきちんと行っていたので、教会が紋様持ちを管理しやすいように一か所で生活させていることも、大雑把な場所も下働きに金を握らせて把握していた。


 そこからは早かった。

 魔法が使えるケビンの力で音もなく教会へ忍び込んだ二人は、寝ていた七人の子供を捕まえ、声が外に伝わらない泡のような物体を作り出し、そこへ全員を放り込んだ。

 それは随分と不可思議な物体で、小柄とは言え七人を放り込んだのに割れることも、地に落ちることもなく、ケビンとルークはすぐさま教会の外に出ることが出来た。


 これまた単なる偶然だったのか。あるいは運命だったのか。


「な、何してるんだお前ら⁉」


 劇の練習をしていたハルが、会う約束をしていたチビッ子たちが顔を窓から突き出さないかと思って、偶々近くにいたのだ。


「邪魔だクソガキ!」

「ぎゃっ⁉」


 しかし悲しいかな。

 ハルはケビンの放った衝撃波のような魔法に巻き込まれ、なにか巨大な物体が衝突したように地面を転がる。

 その拍子に左腕と脚が拉げて奇妙な形になっていたが、幸い命には届いておらず、じっとしていれば生き長らえるだろう。


「っ!」


 ハルは霞む視界で、泡のようなものに囚われている七人の子供達を見た。

 口が、正義は勝つよね? と問うように動いているのも見た。

 勇者が負ける筈が無いという眼差しも見た。


「誰かあああああああ! 賊だあああああああああああああああ!」


 ハルが叫ぶ。

 矜持と責任がある。

 自分が作った物語を支えにして、縋って、頼っているのならば、演じている役者としてそれに応える義務がある。


 即ち、正義は勝つ。

 そんな単純な仕事を……世の道理をこなす必要があるのだ。


『いいかハル? 役だろうが劇だろうが、英雄を演じるなら死ぬまで演じ切らなきゃならねえ。舞台から降りて普通の人間です……ってのは通用しない。これが普通の劇と違うところだ』

『分かってますよ座長。それが英雄譚を演じる人間の責任ですよね?』

『そうだ。分かってるじゃねえか』


 走馬灯か、座長の言葉が脳裏に浮かぶ。

 そうとも。そうとも! 英雄を演じる人間には義務がある!

 他の劇では役者と私生活の混同はされないが、英雄のふりをしたなら最後の最後の命尽きるまで、相応しい行動を求められる。

 代わりに他の役を演じようとすると、英雄譚のイメージとの違和感が生じれば、求められなくなるだろう。

 その覚悟無くして、英雄譚を演じることはできない!


「んんんんんんんんんん!」


 ハルが呻きながら立ち上がる。

 腕と足がへしゃげた。

 それどうした。

 命がある。心臓が動いている。脳は機能している。

 ならば十分ではないか。


(神様、少しだけでいい。自分が英雄だと勘違いさせてくれ)

「こ、これなるは世界の一滴。光と闇を束ねし力。黄昏時の聖魔剣なり」


 ハルの呟きに意味などない。

 ただ自らを勇気付けるためでしかなかったが……彼の身に宿る権能と評していいかも分からない力は少々違う。


 仲間を殺した時点でやめればよかったのだ。

 それでも恐怖の渦に近寄り、害そうとするからこうなる。

 宿りし力はもっと直接的に。もっと恐ろしく。もっと悍ましい方法で……元凶を排除しようと猛った。


 超霊的な視点を持つ神ならば、世界を覆うように渦巻く力に絶句したに違いない。

 そして愚か者達にはこの言葉を送るべきだろう。


 寝た子を起こすな。


 例えばの話だ。

 どれだけ懇々と説明しても、現状を正しく認識できない。直面した危機を正確に認識出来ない。勘違いに勘違いを重ね、無自覚に無自覚を重ねる。そういった者がいるとしよう。


 神秘がある世界でだ。


 ならば当人の問題と断言できるのか? なんらかの影響を受けていないと言い切れるのか?

 呪われているのでは? 恐ろしい能力の影響を受けているのでは?


 当事者にとっての主観による事実……勘違いと無自覚。そして世界にとっての真実を把握する手段がないなら、答えは誰にもわからない。

 そして自分を正しく認識出来ない者は、己にとっての事実に辿り着き、真実から永遠に遠ざかる。


 ハルの力が炸裂した。

 名付けるなら無自覚。

 もしくは勘違い。

 対象は己を害する者。

 ……もしくは()()そのもの。


「光と闇の混合⁉」

「馬鹿な!」


 第三者がいれば、ウォードたちはなにを言っているのかと疑問を覚えただろう。

 半死半生の若造が木剣を構え、ふらついている姿を見て光と闇の混合とはどういう訳だ……と。


 しかし彼らは無自覚な勘違いに陥っていた。


(紋様持ちが七人もいて守護者がいない訳が無いと思っていたんだ! このガキ、目立たないようにこんな姿でいやがったんだ! それにここで光と闇の力と言うからには、何らかの危機に陥った時に発動できる切り札か! そうなると相反した力が掠っただけでも耐えられない! そんな訳が、いや間違いない! そんなのはあり得ない、いいや確信がある!)


 ウォードの主観で事実が積みあがっていく。

 ハルは紋様持ちを守護するために派遣された存在で、窮地に陥ると光と闇の力を纏うのだ。そして万が一それを受けたらウォードたちは、絶対に、間違いなく耐えられないだろう。


 その時、これに関しては本当に偶然、雲から差し込まれた月の光がハルを包む。

 まさに光と闇に祝福された勇者のようで……否、そのものであり、ウォードたちは一歩後ずさってしまう。


「うわああああああああああああ!」


 ハルが叫ぶ。

 折れた足……いや、折れて()()足で駆ける。


 手足がへしゃげ折れ曲がっていた?

 いいや勘違いだ。全員の勘違いだ。

 世界すら勘違いしている。

 だって現に、彼の手足は異常もないではないか。


 世界を覆う力はバチバチと弾けるように狂い、猛り、蠢く。


「っ!」


 ハルがなんの技巧もない、単なる力任せで木剣を振り下ろす。

 殺せないのは分かっているから、気絶してくれという発想すら持てない、がむしゃらに一撃だ。

 勿論、プロであるウォードからすれば容易く躱せる。

 筈がない。


(フェイントだな! そのまま振り下ろすと見せかけ、本命は魔法による攻撃だ!)


 ウォードはハルの剣がブラフだと見抜き、次に来るであろう魔法攻撃に備える。

 彼の中では、そもそも剣は振り下ろされない。それが事実なのだ。


 だからハルが飛び上がり、見え見えの一撃を振り下ろす瞬間まで、ありもしない魔法に身構え……頭に思いっきり木剣が叩きつけられた。


「ぎっ⁉」

(裏の裏⁉ 剣が! マズい!)


 ほんの一瞬だけ、ウォードに思考が発生するが、それが人生最期のものになる。


 もう一つだけ例え話をしよう。

 熱いものだと思い込ませて触れさせると、実は全くそんなことはないのに勘違いして、火傷に似た症状が出る……というものだ。


 似たようなことが起こった。


 光と闇の力を纏った聖剣が頭に叩きつけられたウォードの皮膚は、脳は、脳幹は、心臓は、一刀両断されたと認識したのだ。

 

 こんなことが起こってはいい筈がない。

 だが真実とは程遠い、ウォードにとっての事実が現実となり、脳と心臓がその活動を止めてしまう。


「な、なんで勇者がいるんだよ! 御伽噺の存在だろ⁉」


 残ったケビンが叫ぶ。

 彼の中ではハルは勇者で、聖魔剣の使い手で、絶対に太刀打ちできない存在と化している。


「正義は勝ああああああああああつ!」


 一方のハルは世の道理を正すために駆ける。


「勇者め勇者め勇者めえええええええええ!」


 ケビンはここが街中であることも忘れ、火球のような攻撃魔法を放つ。

 勿論、勇者は必ず躱そうとするから、それを先読みして照準を合わせ……真っすぐ突っ走ったハルが無傷で辿り着いた。


「おおおおおおおおおおおおおおおおおお!」

「ぎゃっ⁉」


 後は死体と化したウォードと同じだ。

 聖魔剣で叩き切られたと認識した結果、全ての生命活動が停止して地面に倒れ伏す。


「せ、正義は……勝つ……」


 それと同時に精根尽き果てたハルも意識を失い、目が覚めたら彼は英雄……にはならなかった。


 紋様持ちが七人も揃って誘拐されかけたと思えば、外傷が無い死体が二つ。

 そして何があったかさっぱり分かっていない小僧のハルときたものだ。


 結果、失態にしたくない領主と司祭の思惑が強く反映され、事件はもみ消された上で、西方一座も遠ざけられた。

 ついでにこの件で座長は、王宮との繋がりが強い貴族が自分達を鬱陶しがっていると判断して素直に受けいれた。


 二十年近く後。


「西方一座の劇が行なわれるのですか? 是非出席させてください」


 いっそ寒気すら感じる美女。しかも七人がそう呟いたことから物語は動き出す。

強制ファンブル男。

主人公補正の無い敵が、勘違いと無自覚を無理矢理押し付けられたら酷い目にあうよねって話、パートツー。

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