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英雄譚

 二十年近く前のよく晴れた日だった。


「あれ? 子供達はいないのですか?」

「少し離れたところへ遊びに出かけてるよ」


 砂漠が付近にある国家の村で、西方一座の宣伝をするために、光と闇の勇者の姿で訪れたハルは、子供達の多くが近くの遊び場にいると聞きそこへ向かった。

 そこは木陰で涼しく、砂漠が近くにはあると思えない立地だった。


「うん?」


 だが何かが……ハルの第六感に引っかかるような違和感が湧き上がる。

 それはいきなり現れた。


「ひゃあああ⁉」


 偶々穴掘り遊びをして見つけたのだろう。古びた石板のようなものを掘り返していた子供達が、驚いた悲鳴を上げて逃げ始める。

 石板からは黒い煙が漏れ、それはどんどんと大きくなって明確な形になる。


「逃げろ! 早く!」


 ただならぬ邪気に慄いたハルは、子供達を逃がすために駆ける。

 子供達が横を通り過ぎても駆け、ぼろ布と暗黒が入り混じったようなナニカが実体化してもそれでも駆ける。

 そして暗黒の波動がハルに纏わりつくと、生存本能に直結するような恐怖が湧き上がる。

 死だ。死の恐怖そのものだ。


「っ⁉」


 ハルは足元で骸骨や腐乱死体が、自分の足を引っ掴んで奈落の底に落そうとする光景を幻視する。

 その恐怖は常人なら容易くショック死して、少し耐えられたとしてもこの恐怖が続くくらいなら、自死を選んでしまいかねないものだ。


 それで?

 自分が恐怖に負けたら子供達はどうなる?


「道連れにしてやる!」


 死ぬにしても子供達のために一仕事あった。


『復活の時来たれり! 我、オルゴー五世の統治が再び始まるのだあああ!』

「聞いてもねえ! いや、枯渇砂漠の遺跡が出来てもう五百年だぞ! どうせその時の産物だろう! 過去になにがあったか知らないが今更なんの意味がある!」

『黄金の山を! 宝石の海を! 世界を我だけの手に!』

「失せろや妄念んんんんんん!」


 その時、奇妙なことが起こった。


(ご、五百年? ここが出来て五百年と言ったか? それだけ封印されていた⁉)


 大呪怨は自分が途方もない年月封印されていることを自覚し、僅かに正気を取り戻したのだ。

 普通、怨霊が正気に戻ることはなく、普通は狂気のままにひた走ることを考えると、あり得ない出来事だと断言してもいい。


(ならば我の力は見る影もないのでは? 封印した者達が我をそのままにしておくなどあり得ない。徐々に力を抜き、無力化するのが当然の行ないだ。ましてや五百年……わ、我の力は確実に抜け落ちている⁉ 現に力が上手く使えないぞ!)


 その僅かな正気で大呪怨は自分の状況を正確に把握した。

 五百年も封印されていて力が維持されている? あり得ない。

 己を封印した者達がそのままにしておく? あり得ない。

 常識的に考えて、当然、間違いなく、絶対に、恐ろしいほどに弱体化をしているだろう。


『ギャアアアアアア! ご、五百年の封印で、ち、力が抜け落ちていくうううううう! お、おのれえええええええ! な、長き封印を解いたのは我を始末できると確信したからかああああ!』


 その確信が深まったことで大呪怨は弱体化し、みるみるうちに萎んでいく。

 なぜ封印は解かれた? 自分を確実に殺せると判断されたからだ。

 目の前にいる小僧は? 大呪怨抹殺のために送られた切り札で、世界最強の一角で間違いない。


 つまり大呪怨が生き残る術はない。


「これなるは世界の一滴! 光と闇を束ねし者の力! 黄昏時の聖魔剣なり!」

『ば、ばかなぁ! そ、そんなものを束ねられるはずがないいいい!』


 大呪怨の認識の歪みは、無我夢中のハルの叫びで頂点に達する。

 光と闇。聖と魔。

 反発する力を束ねられし者は伝説で謳われる、勇者や神の如き力だ。


『ひいいいいいいいいい⁉』


 世界を光で輝かせ、闇で優しく包み込む混沌の力が爆発した。

 それは剣に、体に、世界に宿り、大呪怨の体は触れた途端に消失していく。


(無理だ耐えられない! 散々弱体化している体で聖と魔の力を受けたら、どうなるかくらいは子供でも分かる! しかもこの力は何処までも追いかけて我が息絶えるまで絶対に消えることはない待て何か変だぞどういうことだ光と闇の力が相反しないなんてことはあり得ないだろういや目の前にあるじゃないか無理だ消えるしかない……あ)

「でやああああああああああああああああああああああああああ!」


 まともな思考さえできなくなった大呪怨に比べ、ハルのやるべきことは至ってシンプル。

 例え死んでも前に出て、前に出て、走って、走り続けて、役者としての使命を全うする。

 先に生きている男としての生きざまを果たすのみ。


「正義は勝ああああああああああああああああつ!」


 そうあれかし。

 ハルの精神状態と共に最大稼働を果たした勘違い無自覚、発動。

 夢想と理想を現実に。

 涎を垂らし、ほぼ白目を剥き、全身の血管が浮かび上がっている無様な姿な姿だったが、ハルの木剣は確かにボコっと大呪怨の頭に当たった。


『グギギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア……………』


 必殺必中必滅の概念が自滅因子となって炸裂。

 五百年も淀み、溜まり、高まった筈の力は己の勘違いにより霧散し、大呪怨の体が叫びと共に……消え去った。


「よ、よ、よく分からないけど、なんとかなったぁ……」


 同時にハルがぱたりと倒れ伏す。

 古代の遺物。しかもド級の災厄だったが、まだ十代半ばの人間が倒せるほどに弱い悪霊として処理された件は、世間を騒がせることなく集結した。


 そして現代……。


 光と闇の勇者は古代の遺跡から夜な夜な聞こえる怨嗟の声を鎮めるため、砂に埋もれた地下深くで大巨悪と対峙していた。


「おおおおおおおおおおお!」

『ぐわああああ!』


 勇者が己を囲む、靄のような人影たちに切りかかり、ばっさばっさと打ち倒す。

 人型達は剣を受けた衝撃でくるりと一回転して倒れ伏したり、派手に吹き飛んで場を盛り上げる。


『復活の時来たれり! 我、オルゴー五世の統治が再び始まるのだあああ!』

「そうはさせんぞ暗黒の大怨霊!」


 次におどろおどろしい声と共に真っ黒なぼろ布が空中に浮かぶと、靄のようなものが漂い、周囲にほんの僅かな冷気を齎すが、仮面で顔を隠した光と闇の勇者はひるまずに剣を抜き放ち、世に混沌を齎す怪物を倒すために対峙した。


「勇者様がんばえー!」

「負けないでー!」


 子供達が小さな手をぎゅっと握り、勇者に声援を送る。

 彼らが物心ついた時期には、旅芸人や劇団の方向性は高級志向となっており、子供向けの劇は完全に初体験だ。

 しかも魔法の力が使われているため、視覚だけではない臨場感があり、子供だましとは言い難いクオリティに仕上がっている。


『オオオオオオオ!』

「ぐあああああ⁉」


 ぼろ布が叫ぶと先端が槍のように細くなり、触手じみた動きで勇者を叩く。


「おお……」


 親や大人から感嘆の声が漏れた。

 魔法と縁のない生活を送っている市民にとって、浮いているぼろ布はそれほど感動を受けるものではなかったが、槍のように丸まって勇者に襲い掛かるのは見応えがあった。


「ああああ⁉」

「だめええ!」


 一方のチビッ子観客は勇者のピンチに声を上げ、中には両腕を振り回している子供もいた。


『グハハハハハハ! どうした勇者よ! この程度で我を倒そうとするなど笑わせてくれる!』

「ゆ、勇者は……負けない!」

「勇者様ー!」

「頑張ってー!」


 怪物が嘲笑しても、剣を支えにした勇者はなんとか立ち上がり、自身の切り札を発動させることにした。


「うおおおおおおおおおお!」

『な、なんだこの力はああああ⁉』

「これなるは世界の一滴! 光と闇を束ねし者の力! 黄昏時の聖魔剣なり!」


 叫ぶ勇者の体から白と黒の光が溢れ、それに慄いた怪物がじりじりと後退していく。

 白と黒。光と闇は急速に勇者の剣に収束して輝き、ついには臨界点を突破!


「一度振るわれれば光と闇の力が溢れ出し、悪を断つ! そしてぇえ!」

『や、やめろおおおおお!』

「正義は勝つのだああああああ!」

『ぐぎゃあああああああああああ⁉』


 勇者が振るった剣は怪物に直撃!

 光と闇の力を直接注ぎ込まれた怪物は耐えきれず、体の内側から少しずつ……そして最終的には強烈な光が漏れだして……消え去った。


「悪は滅びた!」

「わああああああああああああ! 勇者様ー!」


 こうして勇者は勝利し、悪は消え去ったが……忘れてはならない。悪は人々の心の隙間に入り込み、育ち、また現れるのだ。


 しかしそれでも! 負けるな勇者! 頑張れ勇者! 正義を世界に齎すその日まで!

本日分終了。

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