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Article 9 永遠の愛 — それは福音なのか、呪文なのか PART Ⅱ  作者: あみれん


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第二話 結断

「では、ご質問を」


九条の言葉に、千尋の肩がわずかに震えた。

眉間に深い皺が刻まれる。


その“困難”は、ある程度想像していた。

だが九条の事務的な声音は、

音もなく内側に突き立てられるダーツのように、

千尋の中に残っていたわずかな希望の隙間を、

ひとつずつ塞いでいく。


千尋は小さく息を吸った。


「『母親の脳波や生体信号を二十四時間リアルタイムで同期し続ける必要がある』

そう仰いましたが……それは、いつまで続ける必要があるのでしょうか?」


九条は淡々と答える。


――脳が完成する時期までです。

つまり、六歳になるまでのおよそ六年間。


転写後、我々がデュプリカントに直接介入することはできません。

どう成長するかは、あなた次第。

もっとも、人間の子供が親の期待どおりに育たないのと同様、未来は保証できませんが。


一拍。


「最後に。この同期には、副作用が一つあります」


二十四時間リアルタイムで繋がっている間、

デュプリカントが感じた『痛み』や『恐怖』も、

そのままあなたの中へ流れ込みます。


彼はあなたの鏡。

そしてあなたもまた、彼の鏡です。


千尋が、わずかに身を乗り出す。


「あの……私の脳の一部を転写して、

例えば、脳を守る防衛機能を持たせることはできないのですか?」


九条は迷いなく答えた。


――可能です。

二十週目の胎児にはない『自分を守る壁』や『感情を整理する機構』を、

あなたの脳から抽出し、移植する。


ですが、それは『安全な子育て』ではありません。


あなたの脳の一部を転写するということは、

そのAIの中に“あなた自身”を埋め込むということです。


彼は、あなたと同じタイミングで怒り、

あなたと同じ癖で笑うでしょう。


それは果たして、あなたが愛したかった『あの子』でしょうか。

それとも――『あの子の形をした、あなた自身』でしょうか。


一拍。


そして、転写において最も恐ろしいのは、成長に伴う“不一致”です。


六歳に向けてAIが自己学習を重ねるなかで、

移植された『あなたの脳片』と、

デュプリカント自身の芽生えた自我が衝突する。


「これは僕の考えじゃない。お母さんの考えだ」


幼い知性が無意識に拒絶を始めたとき、

システムは自己免疫疾患のように、自らを攻撃し始める。


その瞬間、同期しているあなたの脳にも、

耐えがたい自己嫌悪と混乱が逆流するでしょう。


つまり、リスクを減らすためにあなたの脳を差し出すことは、

彼との境界線を永遠に失うことを意味します。


デュプリカントはあなたの『操り人形』になるか。

あるいは、あなたを『異物』として排除しようとする存在になるか。


自分の魂の一部を切り取り、

その空白に縫い合わせる。


いわば――

二度と引き返せない『共食い』です。


「共食い……」


呟いたまま、千尋の唇は閉じきれずに止まった。

瞳の色が、ゆっくりと抜け落ちていく。


九条とミナトは千尋を見ている。

急かすでもなく、待つでもない。

ただ、じっと千尋を見ている。


誰も動かない。

ただ時間だけが進む。

遠くで車のクラクションが鳴った。


「...お聞きして...よかったです...本当に...よかった」


千尋の瞳に色が戻る。


「すみませんが、もう少しお時間を下さい」


ミナトが長く閉じていた口を開く。


「承知致しました。ですが、猶予はあと二週間です。

それまでにご決断されなかった場合は、ご依頼は自動的にキャンセルされます」


「あの⋯」


千尋の視線が下がる。


「デュプリカントをお願いした場合の費用の件ですが⋯おいくらでしょうか」


ミナトの美しい瞳は、千尋の握られた拳を見ている。


「失礼ですが、あなたが払える額ではありません」


千尋の視線が素早くミナトに向いた。


「一千万くらいはあります!足りないのならローン⋯」


ミナトは千尋の最後の言葉を待たない。


「あなたには払えません」


千尋は身を乗り出す。


「じゃぁ、何故私の依頼を拒まなかったのですか?!」


九条が下唇を舐める。


「お金は頂きません。その代わり、条件があります」


千尋の固唾をのむ音。


「あなたの子のデュプリカントを、六年間モニターさせていただきたい」


千尋の瞳が眼振のように動き出す。


「よくお考えになってください」


九条は立ち上がり、無言で奥の部屋に戻っていく。

ミナトと千尋も立ち上がり、ドアへ向かって歩き出す。

ミナトが立ち止まる。


「“産む”という選択肢は、すでにお捨てになったのですね?」


ミナトの言葉に千尋は少し怪訝な表情で立ち止まる。

ミナトの言葉に、珍しく温度を感じたのだ。

ミナトを振り返る。


「お話ししたとおり、相手は妻子ある男です。

"認知は出来ない、おろせ"と言われました。

父親のいない子供を産むなんて......私には無理です」


「子育てに協力してもらえるご家族はいらっしゃらないのですか?」


「兄が一人おりますが、もう何年も会っておりません。

私達兄妹は...子供の頃に両親に捨てられたのです。

私が産む子には、ちゃんと両親がいないと。

じゃないと、同じ事の繰り返しに......」


千尋はミナトに頭を下げると、ドアをすり抜ける様に早足で部屋を出て行った。


すっかり日は暮れていた。

磨りガラスに、街灯の光が滲んでいる。


奥の部屋から九条が出てきた。

ミナトは九条を振り返る。


「先生……コーヒー、淹れましょうか?」


九条は小さく頷いた。


「頼む」


給湯部屋に向かうミナトの後ろ姿を、九条はじっと見つめている。


空気が――

何事もなかったように、再び静寂に沈んだ。

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