陥落
――おまえさぁ何がしたいわけ? 意味わかんないわ。
「それをあなたが言うのか……」
”私”は慟哭する。
私の誇りに思うをことを全て否定して、
夢も何もかも子供のたわごとだ、と潰して、言い含めて。
絵の賞を貰おうとも、家庭科で創った作品をみせようとも
くだらないものとして扱うのに?
周りが認めてくれても、あなただけは私を認めなかった。
目も向けず私を見ても居ないくせに、
自分にとっての都合のよい存在でないと否定するのに?
幼い私は自分を卑下していた。
父さんの言うとおりならば私はなんて馬鹿で役立たずなんだろうと。
消えた方が彼にとってよりいいのではないか、と。
消えたって何の支障もないと。
子供は親の所有物だ、と半ば無意識に認識していた頃。
私を見ようともしないその目で、くだらないと言い捨てるその口で
私が本当に頑張ったことには目を向けず、勉強の成果にしか目を向けてくれないくせに。
勉強の成果にしか目を向けないくせに満点をとっても当然としか言ってくれないその口で。
「その上で私にあなたに”希望”を語れというのか」
尊敬…はしている。
けれど好きにはなれない。
愛情を向けられているのも分かっている。
親子だからって血縁関係だからって必ずしもうまくやれるわけではないのだ。
むしろ血縁があるだけより悲劇なのだ。
けれどあなただけには言われたくない、言われたくない。
言いたくない…! 言いたくないんだ……!!
私はあなたの前では普通ではいられない。
かき乱される。
自分の嫌な所しかあなたの前では見えないんだ……
それで胸を張って何がしたいなんていえる人がいればそれは鋼鉄の心臓の持ち主だ。
ボケが!
***
おい…、おいっ
芽衣…!
(何だ。身体が重い)
(前が見えない。……あぁ、まぶたを閉じているのか)
「夢、か」
目を開けると、ペチペチと頬を叩く音と、見目麗しいカイトの顔がある。
蝋燭に照らされた顔、そして昼にワックスか何かで固められていた髪はおりて少しあどけない。
どこか緊張感のない格好。けれどその顔は厳しく、けっして柔らかくない。
朝から心臓に悪い。というか朝……か?
「もう朝……?」
「いや、真夜中」
「何で起こした」
「うなされてたからに決まってんだろ」
「あぁ……」
「で、何の夢だ?」
「そうだな、背中の下でセミが幼虫から孵る様子を肌に近に感じながらも、それが夢だとわかりながらもどうしても起きることのできない夢だ。おぞましい……」
うん、本当にそれくらいおぞましい夢だ。吐きたくなる。そして寝たくない。
基本的に私は夢を見るのが好きだ。
だからといって夢の世界へ言ってみたいとは思わないが。
けれど私にとって夢というのは映画のようなエンターティメント。
手軽に体感できるなんてすごいクオリティだ。
だからそこから強制的に夢から覚まさせる目覚まし時計のような無粋なものは嫌いだ。
「まぁ、だからカイトに起こされるほうがよりましだ、ということなんだが」
「……? 本当に嫌な夢だったんだな」
これでいい夢のあとなら尚よかったんだけどな。
悪い夢だと、自力で起きられないから嫌いだ。
逃げ場がない。殺されようが、汚されようが、どうにもできないのだから。
「けど、真夜中に何で起きてるんだ、カイト?」
「いや、たまたま目が覚めただけだ。俺はもう寝る」
「……そうか。」
私はもう少し気がまぎれてから寝よう。真っ暗だけど。
このまま寝たら、印象が強かった所為で続きを見そうだ。
は、とため息をつく。
帰れなくなった。日本に。というか地球に…?
だけどそれでどこか…私は、
「ぅぶっ」
「で、何で寝ない」
顎でぐりぐりとカイトが私の頭を突いた。私を腕の中に収めながら。
私は反射的に抜け出そうとするも、抜けない。
「そしてなぜ逃げようとする」
とカイトは言いながらもまた蝋燭に火を灯した。ほんのりとお互いの顔が照らされる。
目が合うも私は眼をそらした。
「帰れなくなったのが分かってから。というかその前からもか…?」
「………」
「ま、いいや。この際寝られないというなら、今問おうか。
なぜ、うろたえて帰りたいと言わない
そしてなぜ俺から逃げようとする」
私の顎が捉えられ、目を無理やり合わされる。
けれどきっと私の目は泳いでいるだろう。
そうではないと、私がおかしくなるからだ。
カイトの腕の中は温かすぎるからだ。
何かが決壊してしまうことを予感していたからだ。
逃げて逃げて逃げて、自分で何もかも最後には自力で片付けてしまいたかったからだ。
甘えたくなんて…なかったからだ。
情けない自分を見せたくなかったからだ。
自分の嫌な所なんて処理できない感情なんて表に出してしまいたくなかったからだ。
「いや…だ」
「何がだ」
「言わ、ない」
崩れてしまう。
「ふぅーん………」
「もう少しで、何とかなるから」
「うなされてるくせにか?」
耳を引っ張られる。
「眠れないんだろ? 眠らせてやろうか」
カイトの目が怪しく光る。
「うん? 何を……」
***
カイトは芽衣の唇をを奪い、口内を蹂躙した。
「んっ。うあ……」
「鼻で息しろ」
「む、うえ」
頭を真っ白に、何もかもを忘れてしまえるように。
どうせ芽衣が考えたって何の解決策も出ないんだろう。
忘れてしまえばいい。
考えなければいい。
忘れてしまえ。
逃げる舌を追い、捕まえ。神経の弱い所を突く。
腰が抜けたところで耳をくちゅ、と音を立てて犯し、もう片方の耳を押さえて反響するようにしてやる。
「っも…むりぃ」
「無理じゃない」
声が甘く響く。
あつ、い……。
何がどうなって。
「なんでちゅーしたわけ」
しかもべろちゅー。
「色々吹っ飛んだろ」
「吹っ飛んだけど」
逆に眠れそうにないわ。
「まぁ、同意がないからヤらなか…「いや、ちゅーも同意いるからね。そしてやめい!」
は、と甘ったるい息が漏れることに驚きながらも、カイトの首にしがみ付いた。
「ほら、な。だいぶすっきりしたろ。逃げなくなったし」
ぐ、と更に強く抱きしめられる。
「半ば脅しに近いだろ、これ」
「で、帰りたくないわけだ。」
「うそーん、バレバレ?」
「で、俺に甘えたらやばいわけか」
「……あー。うーん、ねぇ」
ヤバイですよね。
「甘えればいいのに」
「いや、だ」
「……ほう」
「もう、駄目だからね。無理だからね、刺激が強すぎるからね!」
「俺は楽しいけどな」
「私は自分の単純さに涙が出そうだ」
ちゅーで宥めすかされるとか。髪をなでられるのが気持ちいいとか。
ちょろすぎる。
「いーじゃん。別に。この際甘え倒しとけば」
ちゅ、と今度は軽く口付けられる。泣きそうだ。
「深夜のテンションって怖い」
「…いや、そういうわけじゃないんだけど。つってもお前も大概だな」
甘えてしまえばいい、忘れてしまえばいい。
――堕ちてしまえばいい。
「まぁ、ちゅーだけですんだ俺の理性に感謝しろよ」
「うん、怖いから聞かない」
(いいや、もう。帰る時まではこの際忘れてしまいましょう。
彼はこちらの世界にはいないのだから。
むしろ帰らないままでいられたらいいのに)




