欲求不満でじたばたする。
目の前には珍妙な返しをする女。
名前はメイとかいっただろうか。
育ちがよさそうなくせにこちらを同じ人間だ、とでもいうように俺達を扱う。
少し恐る恐るではあるが。それと同時に死ぬ時は死ぬのだとでもいいたげな諦めも浮かんでいる。
確かに、マリアが手を出せば彼女には抵抗も出来ない。
ただし、後ろの奴も黙ってはいないだろうが。
マリアはこぎれいにしていれば見目がいいせいか、楽しそうに身づくろいされていた。
彼女は不思議そうにメイを見詰め、成すがままである。あとはメイの国の話の紙芝居をしてやったりしていた。
飯を食べさせ、俺の素質を見て教養を与え、何か粗相をすれば理を説明し嗜める。
しかもその理由がなんともこれが正しいことだから、とかではなく、あとあと面倒になるだとかその将来陥るであろう状況を事細かに想定し提示する。しかも何だか御伽噺調。何でだ。
そんで面倒ってアンタ……。
この女情緒とかの教育をするのではなかったのか。
そういう考え方って情緒とはかけ離れてないか?
愛着や倫理観とかそういうものからはかけ離れてる。
まるで自分にとって優先すべきもの以外は単なる選択肢がただそこに並んでいるとでもいいたげな論調。妙に冷めた言葉。けれど俺達を扱う手は温かく、くすぐったい。
威嚇に対しては、ぬらりくらりと遠まわしな言葉を。
子供らしく同情を誘えば、むしろ甘やかされるどころかスルーされる始末。
ほんとに何だコイツ。ふつー子供が泣けば何とかしようとするだろう。
そのうち泣き止むとでも言いたげに俺のウソ泣きは放っておかれた。
いや。泣き止むけどさ。ウソだし。
もう一人この部屋には居る。そういえば名前は聞いていない。
ただし、単なるコイツの護衛なのか2人の間には距離がある。
話はときどきしている。ふっと気が付いて、独り言を片方がこぼすのを切欠に。
内容はメイの両親の結婚にいたる過程だとか、男の最近店で見つけた上手い酒だの、最近何だか欲求不満ーっ泳ぎたい…だのどうすればこうまで話が色んな方向に飛ぶんだかとポンポンとリズムよく続く。
男は欲求不満という言葉にギョッとするも話のオチにがっくりしていた。
聞いてる限りこの人を食ったようなのらりくらりさ、は彼女の母から来ているようである。
しかしそんな女とよく結婚したなお前の親、と俺が口を挟めば。
「あぁ、好みの顔だったんじゃない?
んでもってプライドも高い人だから離婚というバッテンがつくのが嫌だったんじゃないかな」
と言う。
「昔は彼らが喧嘩するたび離婚の危機…! どっちについていこうか、と弟とよく話していたものだ」
と更に言う。
オイオイ、お前そのとき一体何歳だよと青い眼の男が突っ込む。そして夢がなさすぎる、と。
「でも母さん結婚なんて若い頃のノリだ。年老いたら頭固くなって許容範囲が狭くなるから結婚なんてできないよって言ってた」
そしてお前の母さんも夢という言葉から遠いな、と俺は思った。
「じゃあお前結婚とか考えてないのか?」と男が聞けば
まあ、縁があればするんじゃない? ともなんとも他人事だ。
特に自分から望んでるわけでもなく、そういう適齢期がきても焦らないような様子。
「縁があればって? いい人が居ればってことか?」
「まあいっかって思えば、かな」
俺まぁいっかーで結婚決めるとか始めて聞いたんだけど。
この2人は俺が見る限り気安い関係のように思われる。
じゃなきゃこんなどうでもいい話を楽しそうにはできないだろうから。
けれどだからこそ彼らの距離の取り方というのが不思議なのだ。
ちょっとずつ男が距離を詰めれば、ささっとメイも足を男から遠ざかる。
一気に詰めれば、メイも一気に逃げる。
仲がよさそうなのに近くによることはできないようだ。おい青い眼のお前、何かやったのか?
でもその顔には疑問符しか浮かんでおらず特に思い当たる節はなさそうだ。
メイも恐怖からの逃走ではなさそうだ。じゃあ何で逃げてるんだ。
(うーん。この男メイに振られた……とか?)
の割には気安そうで気まずさは皆無である。
「オイ、いつもくっついてくるくせに何だそれ」
え、くっ付いてんの?
「あー。今は駄目、無理無理」
「今は?」
「まあ正直、けっこうあー…魅力的ではあるけども。今は駄目」
「えー。俺もなんかこう腕が淋しいものがあるんだが」
青い眼の男は彼女が胸に飛び込めるように両腕を手前に出している。
オイ、子供の前だぞ。俺は気にしないけど。
「だっから今は駄目なの!」
「嫌。俺にそれは関係ないよな?」
と駄目の一点張りのメイにじりじりと男は距離を詰める。
男が本気になれば力量の差は見ればわかる通りアッサリ捕まえられるだろう。
俺、退散した方がいいんじゃないか?
「マリア、行こうか。隣の書庫なら行っていいって言われてるし」
「うん、シンこの本の続き読んで」
「お前、字習っただろ? 練習に自分で読めよ」
「面倒」
「……半分だけな。後は自分でやれ、俺も教えるから」
「わかった」
「ちょっと待って!」
とメイが俺らを引き止める。
「痴話げんかに子供は不要だろ」
「違うから!」
とメイがいいその後ろでえー?と不満そうに男が声を上げる。
「ていうかシンまじで賢い。賢すぎて気を回すの上手すぎ。……余計だけど。
私が教えんのって教養と最低限のラインだけ教えとけばいいんじゃないか?
とりあえずできるだけ殺すな、とかいう感じで」
うん、お前の最低限のラインの引き方も大雑把すぎる。俺のほうが気をつかえそうだ。
「殺さなければ後は何とか意外と誤魔化せるかもしれない」
そしてそんなテキトウさじゃ足を掬われると思う。
「えーだって、もう大分仕種とかはカイトのスパルタのおかげで、私もシンもマリアも大分綺麗になったし。もうけっこう大丈夫じゃない?
頭もいいしカラクリの仕掛けもできちゃうし」
「覚えてると便利なんだよ。俺力弱いし」
「おー…。じゃあ知識が力ってのはアンタのほうが分かってるかもね。」
何だほんとに教えられること少ないじゃんと彼女はぼやく。
正直食べ物の心配もなく生きるための知識を得られるなんてすごい楽なんだけどな。
マリアに手を汚させる必要もないのもいい。
そうすれば生きていけないとはいえ、何か嫌だ。
俺には力がない、マリアを守りきれるだけの力が。
「しかし、けっこう遅くなったな。そろそろ寝るか」
「あぁ、じゃあ明日」
「うん、チャキ呼んでくるから」
「わかった」
俺らの夜の番はチャキとかいう人物で。そいつはコイツラと違って声はかけてこない。
無言で監視されるのはどうにも居心地が悪い。
「はい、じゃあメイはこっちなー」
「え、ちょ」
あ、カイトとやらにメイが捕まった。じたばたと暴れるがそれを軽く押さえられている。
「じゃ、おやすみー」
と楽しそうにカイトという男はこの部屋を出て行った。メイを今度は肩に乗せて。
メイはと言えば何かを耐えるかのようにして、できるだけ彼の腕に触れないようにふんばって、無駄な頑張りを見せていた。
まぁ…あっちは俺には関係ないし、いっか。
と妙に大人びた少年はアッサリと教育係を見捨てたのである。




